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半妖精戦記 〜不吉の子と亡命の姫と女神の剣〜  作者: 近藤銀竹
第十九章  故郷ふたたび
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第百十八話 『五王家の矜持』

 大陸暦六二四年葉月六日、夜。

 緯度の高さ故、いつまでも陽光が名残惜しそうに空を染めるイルグナッシュの街。ようやく闇が訪れた頃、一頭の青いドラゴンが高空より飛来した。

 ジオ帝国魔獣軍大将軍レサーレが駆るドラゴンである。街を堅牢に守護する城壁を軽々と越えたレサーレは、上空で火の精霊を召喚し、金属粉が詰められた小瓶とともに放り投げる。火の精霊は金属粉を燃やし、闇夜に様々な色に輝く火球が散った。

 それに反応して、イルグナッシュ城の前庭があるとおぼしき闇の中に四本の松明が灯る。松明は正方形の頂点を作るように闇の中で広がった。

 レサーレは(はしばみ)色の瞳に微かな満足感を浮かべると、正方形の中心に向けてドラゴンの飛行高度を落としていく。

 ドラゴンが着地して翼を閉じると、兵士が駆け寄ってきた。


「長旅お疲れ様です、閣下」

「誘導ご苦労。急で済まないが厩舎の用意を頼む」

「承知いたしました。既にご来訪については承っておりますので、全てつつがなく」

「私が戻るまでドラゴンはここで待機させてもらう。念のため、他の将兵には驚かぬよう周知してくれ」

「承知いたしました、閣下」


 レサーレは兵士の対応に頷きを返すと、優雅な身のこなしで鞍から飛び降りた。彼女はドラゴンの顔を見上げ、気遣わしげに主人を見下ろすその首を撫でる。


「エムロット、長時間の飛行ご苦労様。私が戻るまで待機してくれ」

「わかった」


 エムロットと呼ばれたドラゴンは、前庭に伏せると首を翼の方に曲げて目を閉じる。稲妻の息を吐かないという意思表示だ。

 レサーレはドラゴンが目を閉じたのを確認すると、黒いマントを翻して館へと向かった。





 レサーレ来訪の知らせを受けたとき、イルグナッシュを守護するヘルゲ・サンバース公爵は、街の運営に関する書類に目を通しながら、ジオ南部を北限とする貴重な炒豆茶を楽しんでいた。

 あと一刻少々で日付が変わるというのに、ヘルゲが身につけているローブは執務用のものである。夕方前に、風の精霊による『長距離伝言』でレサーレの出立を把握していたヘルゲは、前庭、厩舎、応接、客室と準備を終えていた。ドラゴンの休憩を考慮した移動速度からすると、到着は今日の夜から明日の朝と予想される。そう踏んで職務の出で立ちで待ち続けていたヘルゲではあったが、いよいよ夜着に着替えて明日の接待かという考えがよぎり始めたところで、ようやく家宰がレサーレ到着の知らせを持ってきた。


「お嬢様が……待たせてくれたものよ。だが御婦人を待つのも紳士の責務か」


 ヘルゲは微苦笑して執務椅子から立ち上がる。かなりの長身だ。しっかりと整えられた白髪は家柄のよさを外見からも体現している。

 頭半分小さい家宰は同意する代わりに頭を下げた。


「して……ヘルゲ様、いかがなさいますか?」


 ヘルゲは答える代わりに首を傾げた。


「お前……今回のレサーレ殿の来訪、どう思う?」

「魔獣軍は、どちらかと言えば駆逐に特化した作戦行動が多うございます。現在我が帝国は分裂状態にあるとは言え、同胞に魔獣軍をぶつけるとは考えにくいです」

「つまり……ウインガルド残党に関わる問題、だと?」

「御意」

「私の予想と合う。だが、殿下も慎重であらせられる。このイルグナッシュには麾下の五千の兵を駐屯させているというのに」

「なにか大きな変化が起こったのでしょうか?」


 家宰の疑問にヘルゲは溜息で答える。


(私がここで朽ち果てても家門が残るよう、次男に半数の財と兵を与えて帝国に留まらせたが、裏目に出たか……?)


 逡巡は一瞬で終わり、ヘルゲの目は元の精力的な光を取り戻した。


「応接に通せ」

「承知いたしました」





 レサーレとヘルゲがソファに腰掛けると、間髪入れずにパーラーメイドが茶と茶菓子を並べた。

 互いがカップを持ち、唇を湿らせたところで、早速レサーレが口を開く。


「まずは夜分の到着になってしまったこと、詫びさせていただく」

「いえ、火急の用向きであろうと認識しておりましたよ」

「流石はサンバース公。これは機密情報なのだが……」


 レサーレはカップを置き、居住まいを正した。その変化と「機密」の言葉に、穏やかな表情を浮かべたヘルゲの意識が研ぎ澄まされる。


「機密ですと?」

「ええ。フォラントゥーリ殿が特殊な方法で観測したところ、イルグネで戦が起き、我が軍に大きな被害が出た可能性があるとのこと」

「ほう、ほう」

「そこで殿下から、イルグネにおける被害の確認と、現在脅威の種となっているウインガルド残党を協力して殲滅せよとの命が下された」


 レサーレが懐の小物入れからヴォルワーグからの命令書を取り出し、ヘルゲに手渡す。

 ヘルゲは封蝋が確かにヴォルワーグ皇子のものであると確認すると、開封して目を通し始めた。


「ふむ……」


 読み終えたヘルゲは命令書を静かに机に置くと、視線を上げた。


「皇子殿下が直筆の命令書をお出しになって殲滅とは、かなりご立腹のようですな……たかだか五百の兵が統治できる町で」

「五百の兵に被害が出た程度なら指揮官の職務怠慢で済んだのだが……リアノイ・エセナへ移動中だった魔獣軍にも損害が出たようなのだ」

「それは一大事ですな。イルグネ駐屯部隊も精兵ですが、魔獣軍といえば一騎当千。それに被害が出たとなると、()()対応せねばなりますまい」


 危機感を見せるヘルゲに、レサーレは頷いた。


「魔獣軍は全軍を出陣させた。八日後に到着するゆえ、そのまま南下してイルグネを叩きたい。公爵殿も麾下の将兵に出陣準備をお命じいただきたい」

「承知しておりますよ」


 ヘルゲは大きく頷くと、残った茶を飲み切った。


「明朝より準備に掛かりましょう。レサーレ殿もまずは長旅の疲れを癒やされるがよいでしょう。手狭かも知れませんが部屋を用意しておりますよ」

「助かる」


 ヘルゲが鈴を鳴らすと、先程のパーラーメイドが現れた。レサーレはパーラーメイドの案内で用意された客室へと去った。

 ヘルゲはレサーレが部屋からある程度離れたであろうことを確かめると、先程とは違う調子で鈴を鳴らす。間髪入れずに家宰が姿を現した。


「大将軍殿にはゆるりとお寛ぎいただけるよう、おもてなししろ」


 家宰は恭しく頭を下げた。

 ヘルゲが続ける。


「我が軍も出陣の準備にかかる。手持ちの五千の内、四千人動かしたい。出陣までにどのくらいかかる?」

「五日もあれば」

「輜重部隊と伝令に報酬を積んで四日で終わらせろ」

「……よろしいので?」


 魔獣軍を待たず、というよりはレサーレを出し抜くという意図を感じた家宰が珍しく問い返した。


「構わん。この辺りでヴォルワーグ殿下に、五王家を擁した旨味を味わっていただきたいと思っていたのだ。じきに王佐の家門はひとつになるかも知れないがな」

「では、早速取り掛かります」


 有能な家宰の背中を、ヘルゲは満足気に見送った。

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