表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
半妖精戦記 〜不吉の子と亡命の姫と女神の剣〜  作者: 近藤銀竹
第十七章  ふたたび祖国へ
110/149

第百九話 『イルグネ攻城戦』

「築城橋から光が上がりました!」

「同じく兵舎からも上がりました!」


 屋根の上で見張りをしていた構成員が叫んだ。

 報を受けたリーシが頷き、義勇軍の面々に向き直る。


「諸君、いよいよだ。住民に要らぬ不安を抱かせぬよう、戦闘が始めるまで私語は厳禁。予定どおり、五カ所の隠し通路を使って分散して出撃し、城に上る坂の下で合流する。それぞれ大隊長の指示に従って移動してくれ。それでは、健闘を祈る」


 義勇軍の面々は無言で頷いた。五つに分かれて廃倉庫から退出していく。

 アルフリスはリーシ率いる本隊に編入されていた。全身を板金鎧に包み、狭小地での戦闘を考慮した戦斧と地面から胸まで隠れる方形盾を身に着けている。

 百人の隊は声を立てることなく、家と家の間や店の裏口などを通って城へと向かう。

 市街を抜けて城への道に入る直前、リーシが隊を止めた。


「あれ」


 城門と坂が見渡せる集合住宅の陰から、リーシが指さした先をアルフリスが確認する。

 落とし戸が開いていた。

 疑問を呈する間もなく、城門から四騎のウインガルド騎士と二十人の兵士が吐き出される。彼らは坂を下りると、騎士は二騎ずつ、兵士は十人ずつに別れてそれぞれ北の築城橋と東の兵舎へと駆け足で消えていった。


「好都合だ。敵兵力が一割近く減ったのではないか?」

「その通りよ。いよいよ運がいい……行きましょう」


 薄暮の中、リーシ隊は城の上り口へと近付く。

 周囲から他の隊が現れ、上り口で合流した。


「陽動で足止めされている隊に挟まれなうよう、速攻で行くぞ。カールメの首はすぐそこだ!」


 落とし戸が下ろされたのを見計らって、リーシが進軍の命令を下す。

 義勇軍は鬨の声を上げたいところをぐっと堪えて城門への坂を上った。

 城門が近付くと、側近の大柄な男が懐から笛を取り出し、鳥の鳴き声を真似て奏で始めた。


「この笛の音が開門の合図になっている」


 リーシがアルフリスに囁いた。

 落とし戸がゆっくりと持ち上がる。

 義勇軍の面々は突入に向けて駆け出す構えを取る――


 突然、落とし戸が落下した。音と振動が一同の鼓膜と心を揺らす。


「いかん……」


 アルフリスは我知らず呟いた。


「な……なに……?」

「退却! 坂の下まで走れ!」


 訝るリーシを遮ってアルフリスが叫んだのと城壁の上にクロスボウを構えた兵が湧くのは、ほぼ同時だった。

 太矢の雨が降り始める。

 義勇軍はアルフリスの命令をよく聞いた。しかし、全部隊が整然と退却できるほどの練度は持ち合わせていなかった。瞬く間に十数名が太矢の餌食になる。足が無事だった者はそれを引き摺り、また転がるようにして城門から離れる。運悪く重要器官に太矢を受けた者は城門前に取り残され、倒れたまま藻掻いていた。そこにクロスボウの二射目が降り注ぎ、息の根を止められていく。


 義勇軍は坂の下までの後退を余儀なくされた。

 リーシは幸運にも傷を負わなかった。無傷であることに感謝する暇もなく、彼女は眼を逸らしたくなるであろう惨劇を必死で凝視する。


「なん人、やられた?」

「四人です」


 震える声で問うリーシに、大柄な男は無念さをを押し殺して答えた。

 方形盾に刺さった太矢を払い落としながら、アルフリスが坂を下りてくる。彼は義勇軍を後退させつつ、自身は巨大な方形盾を掲げて殿しんがりと囮を務め、被害の軽減に当たっていた。

 リーシはアルフリスの無事な姿に胸をなで下ろした。


「アルフリス、なにが起こったと思う?」

「俺の予想では、内応するはずだった門番がやられたと見ている」


 唇を噛むリーシ。


「この戦、二度目はない……破城槌を使って強襲する」


 建物の陰から、先を尖らせた丸太が運び込まれた。左右には間隔を開けて取っ手が付いており、そこを持って門へ激突させるという至極簡単な作りの破城槌だ。


「ありったけの盾を掲げて前進し、破城槌を守りつつ城門に取り付く。途中でこちらもクロスボウを射掛け、敵の攻撃を引きつける。なあに、『いまは』こちらの方が兵数が多いんだ。速攻を決めるぞ!」


 義勇軍が鬨の声を上げる。未だその士気は高い。


「ただいま!」


 場違いな子供の声と共に、フィスィアーダとメイハースレアルが帰ってきた。次いでロベルクとセラーナが駆け戻る。


「築城橋は氷の山に埋めてきた。明日までは溶けないだろう」

「兵舎も似たようなもの」


 ロベルクとフィスィアーダの報告に、緊張で強張っていたリーシの頬が僅かに緩む。


「ありがたい。これで攻城に使える時間が少し増えた」


 リーシの感謝の言葉にロベルクは頷きを返し、城門を見上げた。


「ところで、城門が開いていないな。なにか不手際があったのか?」


 ロベルクの問いにリーシの表情は余裕を消す。


「内部の者と呼応して開門するはずだったが、先ほど開きかけた落とし戸が落ちた。どうやら内通者の存在がばれて、やられたらしい」

「そうか。不憫な……」


 ロベルクたちは暫し哀悼の意を表した。

 義勇軍は怪我のなかった者を中心に慌ただしく隊列を組み直している。

 祈りを終えたロベルクたちは、行き交う義勇軍の邪魔にならないように少し本隊から離れ、その様子を見守っていた。

 義勇軍の面々は皆、この一戦に己と祖国の命運を賭けている。皆、王国奪還の同志だ。

 ロベルクは腹を決めた。


「もう少し手を貸そうと思う」

「そうね。ここまでやったら最後まで付き合いたいわ」


 セラーナの考えも同じだった。黒曜の瞳に強い意志が漲っている。

 セラーナの反対側の隣に控えていたフィスィアーダがロベルクに視線を戻した。


「門ごと壊すの?」

「いや、この戦いは義勇軍のものだ。ここは城壁に氷で階段を掛けて、僕、セラーナ、フィスィアーダの三人で内側に入り、落とし戸を開ける。その間にメイハースレアルは負傷者の治療をお願いしたいんだ」

「わかった!」

「間怠っこしい。三人いれば、簡単に敵を全員倒せるのに」


 フィスィアーダが唇を尖らせた。

 感情が芽生え始めたフィスィアーダに、ロベルクは微笑む。


「フィスィアーダ、確かにそのとおりだ。でもこれはウインガルド独立のための戦。そういう政治的な意味合いのある戦は、ウインガルド人自ら勝利を勝ち取らなければならない」

「よくわからない。なぜ?」


 フィスィアーダは首を傾げた。


「それはね」


 セラーナが説明を引き継ぐ。


「例えば、あたしが夜中に敵陣営に忍び込んで千人の兵の首を刎ねたとするわよね? でもそれは戦の全体にとって『急に兵が千人減った』だけであって、負けたことにはならないの。なぜなら……」

「……戦争は外交の最終手段だから」


 フィスィアーダの答えに頷くセラーナ。


「だからね、ウインガルド人は自分の手で領土を取り戻さねばならないし、ジオ人が敗北を実感するためにはウインガルド人に戦で敗れなければならないってわけ」

「わかった」


 納得したフィスィアーダを見て、四人は再度頷きを交わす。


「よし、じゃあ行こうか」


 ロベルクの宣言で行動を開始する。

 メイハースレアルは隊の最後尾で寝かされている怪我人の元へ走った。


「太矢は抜いてあるね? じゃあ一気に傷を塞いで身体機能を活性化させるよー!」


 その姿を確認した三人は城門へと走る。

 ロベルクは走りながら風の精霊を召喚し、三人の周囲に結界を張った。次いで氷の王シャルレグに命じて城門の横に階段を作った。


「クロスボウの太矢は風の結界で弾かれるから気にするな。一気に上るぞ!」


 三人は氷の階段を一気に駆け上がる。

 歩廊でクロスボウを構えていた兵士が槍を引っ掴み、慌てて城門の方へ殺到してきた。

 氷の階段の頂点で、最初に到達した兵士が槍を振り上げる。練度の低い動きだ。だが彼はそれを振り下ろすことなく、回転しながら仰け反った。肩口に投げ矢が刺さっている。ロベルクが魔法を放つより一瞬早くセラーナが投げたものだ。


「ありがとう!」 


 ロベルクは歩廊に降り立つと、よろけている兵士を殺到する群れの方へ蹴り込む。

 こちらに迫ろうとしていた隊列が乱れた。

 その隙にセラーナとフィスィアーダが城壁の上へと到着する。城門棟の扉に向かうロベルクとセラーナ。それを守るように、フィスィアーダが立ち塞がった。素人でも感じ取れるほどの剣気を迸らせるフィスィアーダに、スピコ派の兵士たちは後退る。


「フィスィアーダ、殺さないで!」

「わかった」


 セラーナの叫びを聞いたフィスィアーダが大剣を一振りすると、彼女と敵兵との間に氷の壁がそそり立った。氷壁の向こうでは罵る叫び声が聞こえるが、フィスィアーダはそれを無視してロベルクたちの後を追った。


 内部はちょっとした武器庫になっていた。

 壁面にはクロスボウや太矢、油の壺や竈などがあった。

 床には複数の穴が開いている。穴からは太い鎖が生えており、いちど天井の滑車を通ってから部屋の中央に鎮座する大きな車輪状の装置に繋げられていた。


「落とし戸の巻き上げ機よ」


 セラーナの言葉を合図に、三人は装置に近付いた。


「ある程度巻き上げたら、横に立っているつっかえ棒を倒して車輪を固定するの。天井の滑車の数からすると一人でも上げられそうだけど、時間がないからみんなで回すわよ。せえ、のっ……」


 少しずつ、鎖が巻き上げられていく。

 少しずつ、鬨の声が大きくなってくる。

 階下の通路を駆け抜ける足音が響く。


「義勇軍は城内に入れたようだね」

「ええ。あとはスピコ伯爵を捕らえれば、兵士たちは抵抗を止めるはずよ」

われらも加勢に行こう」

「そうだね。スピコはどこだろうか……館か、主塔か……先日の奴の様子からすると、主塔で防備を固めるようなことはしないと見た」


 ロベルクたちは城門棟を後にし、館へ向かった。





 前庭では散発的な戦闘が続いていた。


「武器を捨てれば命は取らない! 投降しろ! いたずらに同胞の命を奪いたくはない!」


 義勇軍はそう叫びながら攻め入っている。主に館と主塔に分かれて組織的に侵攻する義勇軍に対して、スピコ派は指揮らしい指揮が為されておらず、各自がバラバラに抵抗していた。


 最初に落ちたのは館の方だった。

 ロベルクたちが館に歩を進めている間に早くも歓声が上がり、捕縛された敵兵がぞろぞろと館から姿を現した。


「何があった?」


 ロベルクが館から出てきた義勇軍の男に声を掛けた。男は新年でも迎えたかのような晴れやかな笑顔で答える。


「スピコが! 逃げた!」

「そうか」


 ロベルクも笑顔を返す。だが、内心では別の感情が湧き上がっていた。振り返ってセラーナに首を竦めて見せる。


「スピコを取り逃がしたのは惜しかった。アルフリスとリーシは面倒事が増えたね」

「いいえ。真っ先に逃亡する領主の為に命を張って戦う気なんて起きないでしょ」

「ああ、それもそうだな」


 主塔を見ると、攻め手の義勇軍は領主逃走の事実を宣伝するとともに投降を呼びかけており、既に攻撃の手は緩めていた。既に館と城壁の兵士たちは投降して前庭に座らされており、義勇軍の勝利は揺るがない。

 暫く待つと主塔の扉が開け放たれ、武器を捨てたスピコ派の兵士が列を作って出てきた。


 戦闘が終わった。

 イルグネ城は義勇軍のものとなった。

 首都リアノイ・エセナ陥落より二年の月日を経て、ここに傀儡ではない独立したウインガルドの体制が復活しようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ