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半妖精戦記 〜不吉の子と亡命の姫と女神の剣〜  作者: 近藤銀竹
第十七章  ふたたび祖国へ

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第百八話 『陽動作戦』

 緯度が高いウインガルドは夏の日暮れが遅い。それでも夕刻になれば日光は徐々に輝きを弱め、空は徐々に僅かな緋を溶かし込んだ群青色に染まっていった。


 北の築城橋は、町の中心部から四半刻も歩くことなく見に行くことができる。川を跨ぐ築城橋は堅牢な石造りで、外側に城塔、内側に城門棟を備える厳重な構えだ。幅は大型の馬車が一台通れるかといった程度で、有事の際は大軍の移動を物理的に制限することができる。橋全体に素焼き瓦の屋根がかかっており、北方からの侵攻が想定されるジオ軍に対する砦としての機能を持たされていた。三年前の相手がレイスリッド率いる魔法軍でなければ、大いにジオ軍を苦しめ、首都リアノイ・エセナの陥落は年単位で伸びたか、あるいは成らなかったであろう。因みに領主の城は中心より若干北東にずれた丘の上に築かれているため、イルグネの中心にあるのは先日騒ぎを起こした庁舎ということになる。


 日暮れの鐘の音を確認し、二人は築城橋を見上げる河岸に下りる。門番から見える位置を選んで焚き火を始めた。火が安定すると、セラーナは懐から小袋を取り出して中の粉末を火中に投じる。すると焚き火は毒々しい緑色の煙を上げ始めた。

 見咎めた門番の一人が駆け寄ってくる。


「おい、そこで何をしている⁉」

「石橋の……中に……異変が……」


 セラーナが絞るような声を作って築城橋の屋根を指さす。

 門番が胡乱げな眼を屋根へと向けた。

 同時にロベルクが光の精霊を呼び出して焚き火の炎を橋に刻まれた矢狭間へと投影する。

 狭間の内部から炎が吹き出す景色が出来上がった。


「た……大変だぁ~!」


 門番はロベルクたちのことなど忘れて城門棟へと疾走した。


「大丈夫ですか」


 ロベルクとセラーナは門番を追い、城門棟へと向かう。築城橋の周囲は不安そうに幻の炎を眺める者と、そっと鎧戸を閉める者とがちらほらと出始めていた。

 慌てて城門棟に駆け込んできた同僚を見て、もう片方の門番が椅子を蹴倒して立ち上がる。


「どうした?」

「築城橋の矢狭間から火が!」

「なんだと⁉」


 門番たちは慌てて剣を取る。


「ま……まずは招集。次に伝令。そして橋の両端に向けて二正面の隊形」


 門番の長は緊急事態の行動を口に出して確認する。

 先ほどの門番は城へ伝令に走り、三人目の門番はラッパを鳴らし始めた。


「侵入者かも知れない。僕たちも助太刀します」

「かたじけない! 応援が来るまでよろしく頼む!」


 門番はロベルクたちが何者かも確認せずに感謝の言葉を述べる。


「橋の防備を固めねば!」


 表門と裏門で都合六人の門番がそれぞれの跳ね橋を渡って橋にやってきた。


「な……なんだ、あれは⁉」


 橋の中央では、透明な物体が石畳から立ち上がり、天井に迫る大きな人型をとろうとしているところだった。


「いけない……氷の魔導像だ……」


 セラーナが跳ね橋の手前から兵士の危機を煽る。

 いけなくもなんともない。ロベルクが精霊魔法で作り上げた、ただの人形だ。命が吹き込まれているわけでもなく、ロベルクが常に命令していることで動いている。


「な……何が起こっているのだ⁉」


 恐慌を来した兵士たちは、どこかが燃えているという情報で集まったことすら忘れて、震える手で槍を握り、氷像と対峙していた。

 ラッパを聞きつけたウインガルド兵が続々と橋に詰めかけ、その人数は二十人ほどに増えていた。


「あ……あとは軍で対応する。冒険者は危険だから下がって!」


 ひとりの兵士が、場慣れしていなさそうな身のこなしでロベルクたちを庇うように立つ。

 ロベルクたちは感心しながらも、橋を封鎖するためにその場を後にした。

 築城橋から十分に距離を取ったところでロベルクは振り返る。氷の王シャルレグを召喚し、目立たぬようこっそりと命令を下した。


「築城橋を氷に閉じ込める。両端の城塔と城門棟もまとめて囲め」


 シャルレグは頷くと、橋に向かって音もなく吼える。次の瞬間には地面や川の水面から分厚い氷の壁が立ち上がり、瞬く間に築城橋をまるごと覆い尽くす巨大な半球が出来上がった。


「いい感じ。リーシの話では、これで五十人は足止めできたらしいわね」


 セラーナは全てを拒むような美しさを見せつける氷の半球を満足そうに眺めると、懐から小さな球を取り出した。


「……で、これを空に投げ上げると光を出して合図になるんだって」


 リーシから預かった魔導器だ。セラーナは球に一瞥をくれると垂直に投げ上げる。上空に飛んだ球は光を発しながら暫く無軌道に動き回ると、音もなく消え去った。


「……これでいいはずだ。リーシたちと合流しよう」


 ロベルクとセラーナは頷きを交わすと、暮れかけた町中を領主の城へ向けて駆け出した。





 日暮れの鐘が鳴ったとき、フィスィアーダとメイハースレアルは兵舎の向かいにあり、店を閉じた建物の壁により掛かりながら兵舎に続々と帰ってくるジオ兵たちを眺めていた。


「リーシの言ったとおり、ジオ兵は夕方で仕事が終わり。夜回りはウインガルド兵士しかやらない」

「占領軍はいいご身分だね」


 二百五十人が駐屯しているという情報だったが、鐘の音が聞こえたときには既に二百以上の兵が戻ってきたのをメイハースレアルが命の数で探知している。

 二柱が行動を開始しようとしたとき、眼の前を二つの人影が遮った。


「よう、姉ちゃんたち。暇そうだなぁ?」


 服装からすると、ジオ兵のようだ。種族は人間。二人は下卑た笑いを浮かべると、無遠慮に距離を詰めてくる。


(われ)らは用事があってここに立っている」


 冷たくあしらう二柱にもめげず、兵士は言い寄ってくる。


「そう言うなよ、旅の人だろ? 旅の話を聞かせてくれよ。酒ぐらい奢るぜぇ?」

「お嬢ちゃんにも、果物買ってあげるよぉ?」

「酒は間に合っている」

「果物も間に合ってるよ」

「美人がそうツンツンすんなって。俺たちジオ兵だから、金をたくさん持ってるんだ。旨い酒を出す店も知ってるんだぜぇ」

「…………」


 なかなか引き下がらない兵士たちにフィスィアーダとメイハースレアルは辟易し、眼の前の障害について思念を飛ばし合う。


(しつこい。困った……そろそろ始めないといけないのに)

(命、取っちゃう?)

(今、騒ぎになりそうなことはしたくない)

(我、身体が子供型だから、誘われるの久しぶり!)

(数千年前から、おかしな趣向の者はいたのね。さて、どうしたものか……)


 フィスィアーダは兵士たちのしつこい誘い文句をよそに、どうしたら穏便に相手を生かしたまま立ち去ってもらえるか散々考えを巡らせた。そして――


「我ら、これからあの兵舎に用事がある」


 事実をそのまま伝えてみることにした。

 その途端、兵士たちは嬉しさに口笛を吹いた。


「お、慰問かい? 嬉しいねぇ! じゃあ、折角知り合った縁で、最初に俺の相手をしてくれよ!」

「馬鹿、最初は隊長だろう。お前は二番目にしとけ」

「お前こそ、こんなお子様はお供に決まってるだろう。十年我慢しろ」


 兵士たちはよからぬ妄想を巡らせつつ、へらへらと手を振りながら兵舎へと去って行った。


「慰問の到着が遅れたら隊長にどやされるところだった……」

「身なりが綺麗すぎると思ったんだよ……」


 ジオ兵が兵舎へ消えたのを確認し、安堵の息を吐く二柱。揉めごとは起きずにやり過ごすことができたようだ。


「ようやくあるじの頼みを実行することができる」


 フィスィアーダは兵舎をちらと見ながらまばたきすると、次の瞬間に建物は巨大な氷塊によって閉じ込められていた。


「中は空洞。命は寒そうだけど無事。さすがだよ!」

「雪のひとひらを溶かすより容易い」


 急に聳え立った氷の山に驚く町の人々をよそに、メイハースレアルは懐からリーシに貰った小さな球を取り出して、空に投げた。光を発する球を見上げ、一連の作戦行動を無事に終えた二柱もまたその場を後にした。

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