とある男の回想
明けましておめでとうございます。
創作小説サークル用に書き下ろした作品です。冬コミが終わったので投稿します。
この世は金だ。金がすべてだ。
歓楽都市ゾディアでは金こそがすべてだ。
ゾディアの娼婦から生まれる子供は、女なら生んだ母のいる店の娼婦に、男は男娼だけを揃えた店か闘技士の訓練所に売られる。子供を売った金は娼婦のものになるから、その為に年中孕む娼婦もいた。
俺を生んだ母親とやらもそのクチだったらしい。俺の弟だか妹だかを産んだ時に死んじまったらしいが。
出産で死ぬ娼婦は多い。だから高級娼婦は孕まないように店から厳しく管理されている。その中で常に孕んでる娼婦は、まあ娼婦としても底辺だったってことだろう。
俺は男娼を扱う店に売られたが、他の奴よりもちょいと頭が良かったからオヤジから店の裏方の仕事を任されるようになった。客を取ることもあったが、育ち過ぎてごつくなってきた俺は人気がなく、裏方の仕事にありつけなければ闘技士の訓練所に送られるはずだった。
娼館から訓練所に送られたヤツの運命なんて一つしかない。男だけが狭い牢屋みたいな部屋に押し込められているんだ。そこで女として扱われる道しかない。
俺は必死でオヤジの仕事を手伝った。他にも同じようなヤツはいたが、そいつらを蹴落としてオヤジから店の一つを任されるようになったのは、もう中年と呼ばれる年齢になってからだった。
その店もなんとか繁盛させると、今度は闘技士の訓練所を任せられた。訓練所はゾディアに7つと決められている。そして訓練所の所長の中から投票で一人が、ドミオネ、と呼ばれるゾディアの支配者に選ばれる。
オヤジがそのドミオネになった時に、俺が訓練所を任されたのだ。実質、俺がオヤジの後継者となった証明だった。
訓練所の経営は、娼館とは勝手が違って戸惑うことも多かったが、闘技士も商品の一つだと思えば、それを高く売るだけで良かった。
剣の腕があるだけでも、見栄えのする顔や体があるだけでもいけない。その両方と更にはカリスマを持つ男たちが生死を賭けた戦いをするからこそ、観客はその見世物に金を払うのだ。
多少の出来レースは観客を喜ばせるスパイスだ。見どころのあるヤツは、あらかじめ観客に金を配って負けても殺させないように手配した。
パトロンがついた闘技士は、その点、金がかからなくていい。ひいきの闘技士がいる貴婦人たちは、召使をたくさん連れて試合の後の生死の判定の際にその闘技士が殺されないように手配するからだ。いつの時代も、闘技士の命を最終的に握るのは観客だからな。
俺はそうした貴婦人たちに閨の手配をするだけでいい。
そろそろオヤジがドミオネを引退するという頃。その後釜を狙う最大のライバルは、うちの訓練所と長年敵対しているところのヤツだった。しかも最近は、元騎士だったという端正な顔の闘技士を手に入れて、訓練所の人気もうなぎ上りだった。
こりゃあ、ドミオネは盗られるな、と思っていたが、俺にも最大の幸運が舞い降りてきた。
それが幸運だったのかどうだったのか、今となっては分からないが……
滅びた、北の国の王子を手に入れたのだ。
そりゃあ大枚を払ったさ。でもそれだけの価値はあるからな。
騎士としても戦っていたらしい王子は、少し鍛えれば使い物になりそうだった。それよりも、元王子という肩書がたまらない。俺の元には、閨の申し込みをする貴婦人からの手紙がいくつも届けられた。
俺はその中でも特に金払いの良いパトロンを選んだ。大事な大事な金づるだ。パトロンもあまり変な性癖を持たない婦人にしてやった。
俺の予想通り、元王子は人気の的になった。それと反比例するように、敵対する訓練所の元騎士の闘技士は人気をなくして、遂には死んだ。引導を渡したのは元王子だった。
これで俺のドミオネ就任は決まったな、と思ったが、例の訓練所との二人組での試合の時に、卑怯な手を使われて危うく金のニワトリを殺されるところだった。幸い、元王子と組んでいた男の機転でなんとかなったが、それでもその男は死んでしまった。そこそこ人気のある男だったから少し惜しかったが、元王子と比べられるほどじゃない。むしろ犠牲がその男だけで済んで良かったと安堵した。
だが、それからの元王子は腑抜けになっちまった。試合でも、危ない場面がたくさんあった。
それでも元王子が死ななかったのは、俺が金をばらまいたからだ。命をかけて友を救った美談の片割れを、こんなにあっさりと死なせる訳にはいかなかったからだ。この人気に便乗して、稼いで稼いで稼ぎまくらないといけないからな。
それなのに元王子はずっと腑抜けたままだ。いくら金を摘んで試合に勝たせていても限度がある。華々しい死に試合でも開くか、と考えていたら、とんでもない客がゾディアにやってきた。
エリザベータ・ヴァントリー。正真正銘の、神の娘だ。
神の娘は元王子に興味を持ったようだった。席を設けてやれば、取り巻きを部屋から追い出し二人だけで話をしたいと言いだした。
おいおい、いくら何でも未婚の乙女がなんていう事を言うんだ、と思ったが……とてもじゃないが言葉には出せなかった。
だってなぁ。あれは、人じゃない。人じゃなくて別の何かだ。
黒い瞳の奥の深淵に、心底ぞっとした。
神の娘を取り巻いている王侯貴族の子息は、よくあんな恐ろしいもんの近くにいれるな。いや、そうか。あの恐ろしさに気がつかないのか。
なるほど。神の血を引くだけの美しい娘としか思っていないなら、何としても取り込んで自国の力にしたいと思うだろう。かの国が神の血を引き継ぎ、繁栄を約束された前例もあるんだからな。ヘマして、破滅しちまったけどな。
ああ、それからの事はあんたたちも知っているだろう?
そうさ。あの英雄譚が始まったのさ。
元王子は神を殺し、不死身の体を得た。そして神の娘は神になった。
不死身の元王子は破竹の勢いで国を取り返し、更に他の国を飲み込んで、今じゃ大陸を統一した皇帝様だ。
ああ、そしてゾディアもこうやって飲み込まれたな。
悪徳の街。歓楽の街。金さえあれば、この世のありとあらゆる娯楽と快楽を味わうことができる街。
よそのヤツからすりゃぁ、とんでもない街だと思われたかもしれないが、それでも俺はこの街で育った男だ。この街が好きなんだよ。
だから最期のドミオネとして、この街と運命を共にさしちゃあ、くれないか。
ああ、いいさ。ここにいる。ここから見る景色が好きだったんだ。
あんたも早く逃げな。火の手がもうすぐそこまで迫ってるぜ。
今にして思えば、あいつを買ったのは俺の最大の幸運なんかじゃなかったんだなぁ。俺の金も命も、全部持ってっちまった。
けどな、それでも俺はあいつが英雄になって嬉しいとも思うんだ。不思議だなぁ。金が全てだと思ってたが、俺にも英雄に憧れる気持ちなんてもんが、まだ残ってたらしい。
じゃあな。英雄様に、よろしく伝えてくれよ。
最後の駆け足のところで、創作小説サークルの編集の方々から「当然、ここはちゃんと書くよね。連載でもいいよ」とにっこり笑顔で、……あ、いえ、提案されました。
戦記物になりそうで、書けるかどうかは謎なのですが、へぼーい作者のへぼーい戦記物ということで、あまり期待しないでお待ちください。