バルヘント 第二節
「それではごゆっくりと……」
宿の人が食事を運んできて、部屋を出て行った。
海が近いこともあって、新鮮な魚を使った料理が盛られていた。
ユーは美味しそうな料理を前におそらく喜んでいるものの、どこか不機嫌だった。
「ユーちゃん……まだ怒ってる……?」
「いいえ、別に怒ってません……!」
ミトの言葉に対してユーは明らかに冷たく応じた。
怒ってるやつだ、とミトは確信した。
そうはいっても食欲は隠せないので、ユーは食事に手を伸ばす。
「……いただきます」
小さくつぶやいて、まずは一口。
新鮮な魚の切り身をソイと呼ばれる液体に少し付けていただく。
口の中でほどよい味付けとなったソイの風味と新鮮な魚のぷりぷりな触感が広がる。
「すごく美味しい……」
ユーは思わず声に出した。
「美味しいでしょ!よかったぁ……ボクもこれが好きでユーちゃんも気に入るかなと思ってたんだ!」
「はい!すごく美味し……美味しいです」
美味しいご飯を食べて幸せそうな顔をみせたユーだが、はっと思い出したように愛想のない顔に戻った。
その様子をみてミトは少しほっとしたようだった。
「よかった!ユーちゃんが喜んでくれて!」
ミトが満面の笑みでそういうと、ユーは席をはずして外の景色が見えるソファーへ移動した。
「ミトさんはずるいです……」
ユーの言葉は心の声のように、誰にも聞こえない小さな声で呟かれた。
ミトもある程度食事を済ませると、ユーのもとに駆け寄った。
「ユーちゃん、あのね」
「…………」
しかし返事がない。
ミトはユーがまだ怒っているのではないかと考えていた。
「……ユーちゃん?」
ミトはそれを確かめるために顔を覗き込んだ。
ユーは目を瞑ってすうすうと小さな寝息を立てて眠っていた。
ミトは部屋のブランケットをそっとユーにかけた。
部屋を片付け、戸締りをして荷物をまとめる。
「今日はお疲れさま、おやすみ……ボクはちょっと出かけるね」
ミトは笑顔で眠ったままのユーに告げると、部屋を出て行った。
どれほどの時間がたっただろうか。
目が覚めたユーはゆっくりと伸びをする。
立ち上がると同時に、いつの間にかかけられていたブランケットが床に落ちた。
「あれ……ミトさん……?」
部屋を見回したが誰もおらず、窓はカーテンで遮られていた。
ユーはブランケットを拾上げた。
それを簡単に畳んで、座っていたソファーの上に置いてからカーテンを開いた。
夕日は沈み、すっかり夜になっていた。
「ミトさん……居ないんですか……?」
部屋には人の気配がなく、ミトの荷物もなくなっていた。
どこかにいってしまったのだろうか?
ユーは母の形見である杖を抱え、部屋から飛び出した。
しかし、部屋から出て数歩のところでユーは立ち止まった。
「部屋で待っていたらミトさんは戻ってくるのかな……?」
ユーはボソボソと独り言を呟いて、再び部屋の扉を開けようとした。
「あ、あれ……?」
しかし、扉は閉ざされたまま開く気配を見せない。
押しても引いても反応はなく、扉はビクともしなかった。
この宿では扉が閉じると自動的に外部からはキーを持っていないと開かないよう術式が施されている。
そしてキーはミトが持っている。
ユーにもキーが渡されたが、それを部屋の中に置いたままであることを思い出した。
「どうしよう……ミトさん……どこにいったんですか……?」
ユーはふらふらと歩いていき、宿を後にした。