名も無き都市 第四節
「もう入ってるけど、お邪魔しまーす!」
「ミ、ミトさん……!」
ミトは元気よく声を発して中に入った。
ユーはこっそり入るつもりだったのか、ミトの声におろおろとしていた。
ミトは若干の警戒を残しながら、術式を展開している人物に近付いた。
こちらに背を向けた状態の上、薄暗い部屋のためよく確認できない。
椅子に腰かけたままの人物は、次々と術式のコードを書き込みながら作業を続ける。
ミトは真横まで近寄って顔を覗き込んだ。
視界には入っているはずだが、こちらを気にすることなく黙々と作業を続けている。
「あのーすみません」
「……何用で?」
淡白に答えた反応に、ミトの方が驚きを見せた。
声が少し低めの成人女性で、眼鏡の瞳には術式にしか興味がないと瞳が語っていた。
「……ミトくんね……どうやって入ってきたの?」
「もしかして……ランサさん!?こんなところで何してるの!?」
「先にこっちの質問に答えてほしいんだけど」
女性の名は『マシャド・ランサ』。
騎士団と一応つながりはあるそうだが、素性があまり知られていない研究者。
ミトとは古い知り合いで、どうも気が合ったらしく時折食事や話をする仲である。
ミトはここまで来た経緯と外の瘴気について簡潔に話した。
一応ユーが魔法を使えることは伏せ、雪山で村長たちに出会ったことも省略しておいた。
「ふーん……辻褄が合わない気がするけど一応理解したわ」
「それで、ランサさんはなんでこんなところに?」
「それはこっちが聞きたいんだけどね……」
切りの良いところまで終わったのか一度手を止めて、大きなため息をついた。
ランサが言うには、この土地は私有地で研究のため買い取ったそうだ。
瘴気で満ち溢れているのはこの一帯だけで、結界を張って瘴気を漏らさないようにしていたそうだ。
だが、その結界は何者かによって破壊された上に見張りのペットまでボロボロになっていた。
念のためにかけておいた幻術も破壊され、それらの修復作業を行っている最中だったそうだ。
「お陰様で全部作業が止まったのよね」
「あぁ……ほんとすみません……」
「あの……私がいろいろいじったから……ごめんなさい」
思わぬところで迷惑をかけてしまったことに、ミトとユーは謝罪した。
同時にこの島で何をしていたのかを聞いてみた。
まず、この島自体が無人島で野生生物が多少山に生息する以外はなにもないそうだ。
交通手段はなく、人が立ち寄ることはまずない。
結界は雨風や外部の光などを防ぐ術式のみで人の立ち入りを考慮していなかった。
そのため、二人がこの街に入っただけで結界に亀裂が入ったそうだ。
次に、そもそもの研究目的が瘴気の研究と過去の再現であることを教えていただいた。
過去にこの場所が栄えていたころのデータを復元し、再現するための術式を構成している。
そのために、元より発生していた瘴気を保存して瘴気の研究も進めているそうだ。
「で、これが瘴気を遮断する術式データなんだけど」
「え、もうできてるの!?」
「ええ。でもミトくんがここまで来たってことは瘴気の対策はできてるんでしょ?それを教えて」
「あー……うーんと……」
ミトは少し歯切れ悪い返事をする。
当然魔法とは答えられないし、ランサの知識量を適当な返しで誤魔化せるとも思えないからだ。
「魔法じゃないの?」
「え……?」
「あれ、違うの?映像も入手させて貰ったけど」
ランサは当然のことのように答えた。
どうやら瘴気の観察のために辺り一帯を映像化してデータ保存しているようだ。
そして目の前の術式モニターにはユーの魔法で二人の姿がばっちり映っていた。
「どうみても術式じゃないよね、この子本当は何者?」
「あ、あの、私は……」
今度はミトが大きなため息を漏らした。
ユーはミトの横で少し恥ずかしそうに自己紹介を始めるのだった。




