名も無き都市 第二節
双方が走り出し、互いの攻撃がぶつかる寸前でミトは踏み込んだ。
魔物は構うことなくそのまま食らいつこうと牙を剥く。
ミトは鞘に収まったままの刀を右手で持ち、魔物の牙で鎬を削るが如く受け捌いた。
魔物の突進した反動を利用して頭上を飛び、空中で瞬時に居合斬りを放った。
そのまま舞うかの如く、魔物の背後に着地しゆっくりと刀を収めだした。
「金盞花!」
ミトが刀を鞘に納め切った時にカチンと音がした。
それと同時に言葉を発し、魔物が鈍い悲鳴を上げた。
ユーは戦いの全てを見ていたが、あまりの展開の速さに呆気にとられていた。
そして違和感を感じていた。
(この子……もしかして……)
ミトは勝負ありとみて、武器をしまってから正面に回り込んだ。
ユーのほうを見るとはわはわと慌てている様子だったので、ミトは満面の笑みを浮かべてみせた。
「かなり効いたと思うけど峰打ちだよ、まだやる?」
「グルルルルルル……」
「これはまた……」
ミトが魔物の顔を覗き込むと、なんとしてもここを守り切るといった強い視線を感じた。
戦意は削がれておらず、今にも襲い掛かってきそうな様子だった。
念のため、ミトは再び武器を取り出した。
そして鞘から抜こうとした瞬間、その手を止めた。
「ミトさん、待ってください!」
「ユーちゃん……?」
振り向くと、ユーは一生懸命走りながらこちらへ向かってきていた。
ミトの元へとやってきたが、到着した時には既にユーは肩で息が上がっていた。
何度か深呼吸して、一旦落ち着いてから話し始めた。
「ふぅー……えっと、この子は魔物じゃない……と思います……」
「へ……?」
真面目な顔でミトに一言述べると、そのまま魔物ではないという瘴気を纏った生物の前に移動した。
ミトは最大限の注意を払い、いつでも対応できるように身構えた。
ユーが生物の正面から顔を覗き込むと鋭い目つきに怯んだが、頑張って話し始めた。
「あの……大丈夫ですか……?」
(…………)
「き、傷……治しますね……」
(……なぜこの俺を助ける?)
「え、えっと……怪我してるから……?」
(…………)
ユーはそれ以上何も言わずに治療を始めた。
手際よく、ものの数秒で完治させた。
ミトはユーの力に再び興味を示しつつ、治療の早さに驚いた。
「……はい、これで完治したと思います……」
(……ここで何をしている?)
「え、えっと……この瘴気の原因を探ってて……」
(それを知ってどうする?お前には関係のないことだろう)
「えーっと……えっと……」
ユーは少し悩んだが答えが出なかった。
怪我をしたら治療する、診療所で学んだ当然の行為。
村で治療を受けて元気になった患者はお礼を述べて帰って行った。
そのため、ユーは治療をする理由など考えたことがなかった。
(……まぁよい。だが主の許可がなければ話はできん)
「主……?」
(あの建物の中にいる。私はその護衛を頼まれているだけに過ぎん)
「た、建物には何が……?」
(自分の目で見て確かめることだ、二人にはその資格がある)
「はい……わかりました……」
ユーは会釈してからミトに話した内容を説明した。
ミトは特に何も質問せず了解したが、警戒だけは怠らないようにした。
二人は原因を突き止めるべく、円錐の建物へ向かった。
しかし、ユーはすぐに振り返り、生物に問いかけた。
「あなたは……何者なんですか……?わ、私は魔物とは話せません……でも、あなたの声は私に届いている……瘴気を纏っていると私は……声が聞けません……」
(……魔物ではなく瘴気に取り込まれているわけどもない、とだけ答えておく。治療費の代わりだ)
「……っ!ありがとうございます……!」
ユーは再び、今度は先ほどよりも深く会釈して笑みを浮かべながらミトの元へと走った。
ちなみに、動物に好かれやすいユーとは対照的にミトは動物などにあまり懐かれない。
そんなミトは、ユーのアニマル・ファクトを少し羨ましそうに眺めているのだった。