名も無き都市 第一節
「なに……これ……」
麓の街へ到着したユーは思わず口元を塞いだ。
草木は枯れ、建物は老朽化しており所々にヒビや亀裂が入っている。
人の気配はおろか、生命が育める環境とはとても言えない。
この辺り一帯が術式で空間閉鎖されているなど、不可解な点がいくつも散見された。
人工的にこの状態を維持、もしくは周囲に拡大しないように保存していることになる。
また、空気がひどく汚染され、長時間滞在するだけでも体に害が及びそうだ。
呼吸するのも息苦しく、ミトは一度出直すことを考えた。
「ユーちゃん、想像以上に状況が悪いから一旦街から出よう!」
ユーはミトの言葉ではっと我に帰った。
そして少しだけ何かを考えてユーは行動をした。
「あの、ミトさん……あまり長くは持ちませんが……」
ユーが杖を翳すと、二人を光が纏う。
その光は一瞬だけ輝いてみせたが、既に輝きは消えていた。
「これでしばらくは大丈夫……だと思います……」
「こ、これって……」
見た目はかわりないが、効果は絶大だった。
息苦しさがなくなり、気分の悪さもすっと消えていた。
「ユーちゃんはこんなことできるんだ!すごい!!!」
「あ、ありがとうございます……!」
ミトが両手をぎゅっと握ってユーの腕を大きく振った。
ユーは少し照れ臭そうに笑う。
ミトが驚いたのには理由があった。
何気なくこなして見せたが、術式では不可能な技術である。
仮に術式で同じことをするならば、事前に汚染環境を調べた上で適切な術式を施す手間がかかる。
その上、空気汚染の侵食を抑えるだけで解決策にはならないのが現状だ。
浄化となれば、術式だけでは対処できず、大掛かりな準備と用意が必要になる。
しかし、ユーはこの一瞬で二人の空気を浄化し、継続的に空気汚染から完全に侵食を防いでみせた。
まさに魔法でこそ為せる技であろう。
しかしミトはこの件に関して深く追求することなく、そういうものだと思い気持ちを切り替えた。
状態を気にせず動けるようになったため、調査を始める。
村長の話では賑やかな街で、果樹園などが盛んとのことだがそもそも人が住めるような状況ではない。
街全体も村長のいた場所とそれほど大きさが変わらないぐらいなので、ひとまず探索を始めることにした。
ミトは近くにあった建物から探っていった。
建物のほとんどが民家で、荒らされた形跡はない。
草木は枯れているが、果実や農作物の収穫はきちんとされた後のようで整備されていた。
建物のドアや窓はなぜかびくともせず、開くことができなかったが、窓から部屋の様子を伺うことはできた。
殺風景なものや、人が住んでいた後に何年も放置されたような風なものなど様々だった。
まだ憶測ではあるが、ミトは一つの可能性として推理を立てた。
この街は何者かによって荒らされたわけではなく、だれも住まなくなり荒廃していっただけなのではないかと。
しかし、それでは術式で空間封鎖は誰がなんのためにしているのかがわからない。
これだけではあまりにも材料不足だった。
ユーの方は、中央付近にあった広間や汚染状況の分析を行っていた。
こちらも荒らされた形跡などはなく、時間経過による影響で朽ちていったようにうかがえた。
空気汚染の原因だが、おそらく発生源がどこかにあることだけは掴めた。
自然発生ではなく、人為的に何者かが瘴気を生み出してここに閉じ込めているということになる。
ユーは少し離れた場所にポツンとあったへんてこな形をした建物を見つけた。
円錐のように底は丸く、上は頂点があり尖った形をしていた。
窓はなく、ドアが一か所だけあるのだが……
「ミ、ミトさん……っ!」
「ユーちゃん、なにか見つけた?」
ユーの声に反応してミトがすぐにユーの元へ駆け寄った。
少し震えながらユーは円錐の建物を指差した。
「あ、あれは……」
「あー……いかにも、だね」
四足歩行の動物が建物を守るように徘徊していた。
狼というには大きすぎる程の体格をしており、その体格に劣らない鋭い牙が遠くからでもはっきりと確認できた。
この空気汚染の影響で、瘴気に当てられている姿はもはや魔物そのものだった。
「とりあえず、原因はあそこにあるとみて間違いないね」
「ど、どうするんですか……?」
「んー、ユーちゃんは自分に結界とか防御魔法とかで自己防衛できる?」
「あ、はい……ある程度なら……」
ユーは全身を包むように魔法をかける。
僅か数秒の内に青く光る結界がユーの周囲を包み込んだ。
「思ってたより頑丈なものができました……」
「一応確認なんだけど、どのくらいなら耐えれそう?」
「術式ならほとんど大丈夫だと思います……物理耐久もそれなりに自信があるので……」
「試していい?」
「え?……は、はい……?」
ミトは素早く抜刀、即座にぽかんとしたユーの目の前にある結界めがけて斬りかかった。
金属がぶつかるような甲高い音が響き渡る。
ユーが小さな悲鳴を漏らしたが、結界には傷一つなかった。
「よし、問題なさそうだね!」
「ビ、ビックリしました……」
ユーはその場で屈みこみ、若干涙目になりながら応えた。
ミトは結界の強度を確認すると同時に、ユーの反応を間近で堪能して満面の笑みを浮かべていた。
「ユーちゃんはここで待っててね」
ミトが気持ちを切り替えて建物の方を見ると、魔物はこちらに向かって一直線に走りだしていた。
恐らく先程の金属音に反応したためだろう。
ミトは気を引き締めて、軽く素振りをしてから刀を鞘に収めてから握りなおした。
真剣な表情になり、相手の出方を伺いながら走り出した。
「グルルルルル……!」
「比較的まともな相手でほっとしたよ……!悪いけどボクのリハビリに付き合ってもらうよ!」
ミトと魔物の一騎打ちが始まった。