プリメーロ付近 平原
時間は少し遡り、プリメーロ周辺の平原。
宵の月が辺りを照らし、夜道を彩る。
この周辺には夜行性の魔物はおらず、旅人や商人が移動する際にはこの時間が多い。
移動手段は一般的に『従術車』と呼ばれる乗り物が用いられている。
前方が操舵室、後方が部屋になっている。
高さは大人が立てるほど十分にあり、横幅も大人二人が十分に寝ころべるほどの広さだ。
後方は簡易の座席以外は一切配置されていない。
そのため、従術車の後方は持ち主によってカスタマイズされる。
基本的になにも配置していないため広々とした同乗席となる。
必要に応じて椅子や机、布団などを取り出して使う。
部屋を二つに仕切り、ユニットバスを完備しているところが多い。
運転についてだが、操舵士が術式を用いて操作する。
車体は移動の際、僅かに浮くため振動や悪路による影響はほとんどない。
術式で車体を操り、好きな方へ舵を取るのみ。
ほとんどがあらかじめ術式を組み込んでいるクリスタルを通じての操作になるため、術式適性のない子どもでも扱える設計だ。
「親方、今日は大繁盛でしたね!」
「おう!明日は都に物資の運搬して露店を開くぞ?今のうちに休んどけ!」
「了解です!」
二人の商人がプリメーロから隣の都、ベルタージュへと向かっていた。
大柄な男と、細身でまだ幼い少年の二人が夜の平原を進む。
少年は、男の言われた通り後ろの部屋で寝床についた。
窓から月の光が差し、ほんのり部屋も明るい。
物音もほとんどなく、少年は次第に眠っていった。
――トンッ――
僅かな振動で少年は反射的に目が覚めた。
いつもより瞼が重く、思うように体が起きない。
この振動は到着の合図。
しかし、窓からはまだ宵闇を照らす月の光が差し込んでいた。
到着は早朝とのことだったのであまりにも早すぎる。
「悪いな、起こしちまったか?すぐ戻るから待ってろ」
「はーい……」
男は、まだ寝ぼけたままの少年に一声かけてから従術車を降りた。
少年はなんとなく窓から外を覗いた。
そこには、少し離れたところで男が蹲って倒れている少女のそばへ駆け寄っていく姿が映った。
場所は森の付近。
夜は凶暴な魔物が出るとの噂であまり人が近づかない場所だが、商人は近道としてよく通っていた。
幸いにも周囲に魔物の気配はなく、月の光で視界も普段より良好といえる。
少女は衣服を纏っておらず、月夜に照らされて色白の肌が一層艶やかに見えた。
好奇心にそそられた少年は、男が介抱していくところをこっそりと眺めていた。
男は羽織っていた上着を少女に被せ、肩に触れて声をかける。
どうやら意識がないらしい。
少年が手伝おうかと移動しようとしたとき、少女の手がわずかに動いたのが確認できた。
男は大丈夫かと声をかけているのだろう。
だが次の瞬間、少年は蒼白くなり血の気が引いた。
少女は男の口元を手で押さえ、どこからともなく黒い霧が周囲を包み込んだ。
少女の肌とは対照的な真っ黒な霧は男の全身を包み、そして霧が晴れると同時に男は消えた。
少年はあまりの出来事に感情のわからない涙を流し、声を失い、次第に胸を貫くような恐怖心に襲われた。
そして少女はゆっくりと起き上がり、ニヤリと笑った。
少年は思わずその場で後退り、這いつくばるように操舵席へ移った。
クリスタルは座席に置いたままだったようで、慌てて舵を取り、その場から逃げていった。
後方を一瞬だけ確認すると、少女はこちらを向いて立っていた。
そして口元がゆっくりと動き、言葉を発した
「ごちそうさま……」
少女は朝日が昇る前に霧のように消えていった。