フリオ・グルタ 第九節
「うぅ……くすぐったいです……」
「ちゃんと洗ってから!」
真っ先に湯船へ入ろうとしたユーは、ミトに引き留められて泡だらけとなっていた。
ほとんどミトが全身をくまなく洗い流している。
ミトの指が体に触れる度、ユーはくすぐったそうに体をくねらせた。
その度にミトに怪しい笑みがこぼれていたことはユーに知る由もない。
二人は温泉の正面に位置する場所で岩場に座っている。
ミトはユーと話しながら、体のあちこちを触ってユーの反応を楽しみつつ体を洗う。
ユーは勝手がわからないこともあり、ミトに一任して好き放題されていた。
お風呂や銭湯といった場所にはシャワーや石鹸などがなく、座る場所がいくつか用意されているだけだ。
一般的には、まず空いている席に着き、術式で頭上に雲のような容器を作る。
簡易術式で水を生み出し、各自で好みの温度に調整したものを雲のような容器に注ぎ込む。
そしてその容器から適量の水を雨のように降らせ、シャワーとして用いる。
どれも幼少期から修得できる簡単な術式ばかりのため、必要なものは座る場所だけということになる。
上がり湯として、人工的なシャワーが数ヶ所設置されているところもあるが稀有なケースだ。
ちなみに、この温泉にはシャワーや石鹼などの用意がされているため、常設設備だけで十分済ませられるようになっていた。
また、広い空間の中央に数人が座れるようになっている珍しい構造であるため解放感があった。
余談だが、ミトは術式を一切使わないので、こういった設備の整っている場所にしか普段は行かないそうだ。
「これでよしっと!」
「わぁ……あの、ありがとうございます!」
ミトはユーの体の泡を流し終えた後、ユーの髪を頭の上で可愛らしく結んだ。
タオルでくるくると髪を巻いて、肩から垂れないようになっている。
「今はボクたちしか居ないけど、公共の場所だから髪の毛が湯船に浸からないようにしなきゃね!」
ユーは普段髪を結ぶことがなかったため、自分の髪型の変化に好奇心がいっぱいだった。
恐る恐る触ってみたり、鏡に映った自分を眺めたりして目を輝かせていた。
十分に体を洗え、やっとこさ湯船に浸かる二人。
肩まで湯に浸かると、全身の疲れが抜けていく。
熱すぎずぬるすぎずな湯加減で、いつまでも浸かっていられそうだ。
「極楽じゃー!」
「あったかくて気持ちいいです……」
二人はしばらく目を瞑ってゆっくりとした時間を過ごして疲れを癒した。
そしてミトは何気なく自分の背中に受けた傷を確認したのだが、見事に傷口が塞がれていて内心驚いていたが口には出さなかった。
ミトは頃合いを見計らって湯から上がろうとしたが、ユーは既にのぼせていたため一緒に上がることにした。
都市に戻ると村長が出迎えてくれた。
「どうじゃった?ここの温泉はなかなかのものじゃろう?」
自信たっぷりと言わんばかりの様子で村長が尋ねた。
「最高の温泉でした!ありがとうございます!」
「温泉……すごく気持ちよかったです……!」
村長は二人の言葉にうんうんと頷き、満足そうにしていた。
「さて、時間も遅いのもんじゃから寝床も勝手に用意させてもらったぞい」
「何から何までありがとうございます!」
ミトがお礼を言っている横でユーは既にうとうととしていて、半分眠っていた。
村長が何を言うでもなく、杖で床を突くと一瞬にしてどこかの部屋に転移させられた。
二人分の布団が敷かれており、空調も整えられており、騒音もない。
「え……!?」
「あー、頭が回っとらん時に説明しても効率が悪いから説明や解説が聞きたければまた明日にでも聞きにくることじゃ。今日はもうねるぞい」
ミトが質問する間もなく、村長は杖を突いて再びどこかへと消えていった。
「……ボクも疲れたし、とりあえず今日はもう寝よっか!」
「んー……」
ほぼ寝ぼけているに近い状態のユーはなんとか自力で布団に入り、床についた。
ミトも隣の布団に入るが、なぜかユーに抱き着くように移動し、そのまま瞼を閉じるのであった。
「人と一緒に寝るのっていつぶりだっけ……?」
ミトの独り言はユーの小さな寝息にかき消された。