フリオ・グルタ 第八節
帰路は実に快適だった。
ミトは視界が悪いうえに雪山の寒さを耐えながら歩いてきたのだが、今はそれがない。
視界も明瞭で、なにより暖かい。
ユーは眠ったままなのだがムンドの影響下に入っているようだった。
この同時にミトには疑問が生まれる。
術式には大きく分けて『依存型』と『自立型』の二種類に分けられる。
一般的に術者が攻撃や強化等を行う際に使われるのが依存型で、ほとんどがこれに分類される。
術者の力に依存されて保たれている力のため、術の使用者が意識を失った際にその効果は消失する。
一方の自立型はそれだけで術式が完成されているので、術者が意識を失っても効果が消えることはない。
少量の水や火を起こすといったものが一般的だ。
生物や物質を生み出すときに使われる、いわば錬金術に近いものだ。
ミトの推測では、ムンドの場合だと恐らく前者に当たるだろうと考えていた。
しかしそれではミトがムンドを視認できていることが矛盾する。
そのうえ行きとは違い、視界良好で効果が向上していることにも説明がつかない。
つまり、術式と魔法では根本的にモノが違うということになる。
一人で考えていても拉致が明かないので、ミトは眠ったままのユーを抱えながらその寝顔を愛でることにした。
ほどなくして、門の入り口までたどり着くとユーは目を覚ました。
「ユーちゃんおはよう!」
「おはようございます……」
ユーはしばらくきょろきょろとしてから自分がどういう状況かを考えた。
そして、寝起きで頭が回らずにしのままでボーっとしていた。
二人が何をするわけでもなく、門はひとりでに開いた。
「よくぞ戻った。病み上がりじゃというのに、元気じゃのう」
「このぐらいでへこたれてちゃ騎士なんて務まらないからね!」
出迎えてくれた村長の言葉にミトが元気よく答えた。
一方のユーは、少し眠っていたとはいえ、疲労困憊で今にも眠ってしまいそうなほど疲れているのが見て取れた。
常に明るいためまだ昼間のような気もするが、時刻は既に深夜を回っており、ミトにも眠気が訪れ始めていた。
「ふむ、もう夜も静まる刻じゃな。秘湯があるんじゃが、湯浴みをしていくかの?疲れも全部吹っ飛ぶぞい」
「秘湯!?温泉があるの!?」
「うむ、そうじゃな。疲れた時には秘湯で湯浴みをすればぐっすりじゃよ」
「行きたい!ぜひ!」
「秘湯……?温泉……?」
「ユーちゃん温泉って知らない?」
「あ、えっと……はい……」
「えっとね、簡単に言うとお風呂だよ!でも自然にできたお湯を使ってるから普段のお風呂とは違ってすっごく気持ちいいの!」
「お、お風呂……!」
「ふむ、では案内するかの」
少し歩いたところに森林があり、その中に温泉が湧いているそうだ。
策などはないが、森林が塀代わりになっていた。
そして湯気がもくもくと昇っていくのが少し離れていてもわかった。
案内された脱衣所は簡易設置された棚に籠が置いてあるだけのシンプルなものだった。
男女で分けられているわけでもなく、混浴のようだった。
今は時間も遅いため、ミトとユーの二人しかいない。
一般的にこういった入浴施設は個室の脱衣所が男女で分けられている。
そこで脱いだ衣服や持ち物を今回のような籠の他、ロッカーのように一人ずつに設けられたスペースへ一時的に収納した後、術式で盗難防止の鍵をかける。
しかし、この脱衣所は室外にあり、そのまま温泉が目の前にある。
脱衣所に温泉の湯気が入ってこないことを不思議に思っていたが、どうやら魔法で湯気を遮断する壁が張り巡らされているようだ。
「ふむ、ではわしは先に戻るとしよう。湯浴みが終わったら寝床はわしの建物を好きに使ってくれてよいぞ。これを二人に渡しておくから後はゆっくり疲れを癒しとくれ」
村長はそういうと二人に新たなクリスタルを渡した。
「え、これって……」
「ん?おぉ、そうじゃったな。このクリスタルは使い捨てじゃから一回わしの建物から出るともう使えんぞ。記念にとっておくもよいし捨てても構わんぞ」
「いやいや、捨てるのはさすがに……」
「あ、あの、村長さん、ありがとうございます!」
「うむ、ではのぅ」
村長はクリスタルを二人に渡すとそのまま帰っていった。
ユーはクリスタルをしまったが、ミトはとても驚いた様子で渡されたクリスタルを眺めていた。
「これ……確かにクリスタルなんだろうけど……使い捨て……?宝石だよねこれ……高そうだし……」
ミトは一人でつぶやいて、とりあえず受け取ったクリスタルを大切にしまった。
ミトは自分の衣服を脱ぎ、綺麗に畳んでから籠に入れる。
そして右手に銀色の指輪をはめ、籠にかざす。
この指輪を用いることで術式が使えない人でも、術式で籠に鍵をかけることができるすぐれものだ。
一般的にはまだ術式を使いこなせない幼少期の者が使うものなのだがミトはこれを愛用している。
自分の支度を済ませたミトは、何気なく横目でユーを見る。
「え……えぇっ!?」
ミトは思わず声を上げた。
ユーはなにが起きたのかと驚いた表情でミトを見ていた。
それもそのはず、ユーの纏っていた白い上着が一瞬で消え去り、ユーはあられもない姿となった。
身に纏っているものは、太ももまで足を包む黒のニーソックスのみ。
そう、服はおろか下着すら身に着けていないのである。
つまり、白いローブ以外はなにも着ていないことになる。
ユーはそのままニーソックスを脱ぎ、それを杖で収納した後に杖そのものもレジストロで手ぶらとなった。
ミトの声に反応して一瞬視線を移したが、ミトは呆気に取られていてなにも言葉を発せずにいたため、そのまま嬉しそうに湯船へ向かって走り出した。
はっと我に返ったミトは、慌ててユーの腕を掴んで引き留めた。
「……どうしたんですか……?」
ユーは顔にハテナマークを浮かべながらミトの顔を見つめた。
「うーん……まずは公共のマナーからかなぁ……」
ミトはユーに聞こえないような小さい声でつぶやいた。