フリオ・グルタ 第七節
かなりの時間をかけて、二人は広い空間にたどり着いた。
途中、ミトの判断で道を引き返したり、ユーに合わせて休憩をとるなどして時間を消費していたため想像以上に遅くなった。
この空間一帯は雪がなく、寒さも感じない。
奥に石造りの祠があるが、他にはなにもなかった。
また、ほかに生物もいない。
空気がピンと張り詰めており、風もない。
しかし空調は良いのか、深呼吸をすると心が落ち着いた。
「おー!明るくなった!……でも、なんとなく神秘的というか……不思議な空間だけど、なにもないね」
「はい……でも、なんとなくですけど、ここで間違いないと思います」
「そっか……とりあえず色々探ってみよっか!」
「はい……!」
二人はとりあえずあたりを歩き回ってみることにした。
ミトはこの空間に足を踏み入れた瞬間から、視界が明るくなっていた。
それは決して太陽が昇ったとか、術式やクリスタルの輝きで照らしたという意味ではない。
既にムンドの展開をしている者が他のムンドの展開をしている者と範囲が混ざった場合、互いの展開範囲の合算したエリアの可視範囲が広がる。
ミトはその効果など露知らず、恩恵を受けて明るく感じていた。
辺りを改めて見回すがなにもなく、高原を感じさせる草花と冷たい雪がムンドの展開範囲を示していた。
草花の場所からはみ出ないように二人が移動していると、突然ユーの杖が強い光を放った。
「はわわわ……」
「どうしたの?」
「杖が勝手に……なにかを呼んでるような……」
杖は更に輝きを増し、思わず二人は目を瞑る。
そしてゆっくりと目を開き、目を光に慣らしながら辺りを確認する。
ユーの持つ杖は淡い光を保ちながら照らしていた。
それよりも比較にならないほどの強い光が煌々と輝き、祠の上に現れた。
「余を目覚めしものよ、汝の名を述べよ」
光の中から女性の声が問いかけてきた。
ミトが目を凝らして確認するが、そこには人影も気配もない。
そこにあるのは眩しい光と声だけだった。
一方ユーは、まるでなにもないかのように平然と光を見つめていた。
どうやら杖の光が緩和させていて眩しく感じさせないようになっているらしい。
そしてユーには光の中に何者かの姿が見えた。
「えっと……私はエリファス・B・ユーと申します……」
「エリファス……そうか。余を呼ぶには聊か早いと思うが、どうした?」
「あの、この杖のことなんですけど……」
「よい、少し拝借するぞ」
「ど、どうぞ……!」
ユーは淡い光を放つ杖を差し出した。
目の前の光の中から白く美しい手が現れ、杖の光を手で覆った。
すると、光が杖全体に溶けていくように移っていく。
刹那、杖が煌めき始めた。
「ここまでレジストロが使えず難儀であったろう。だが、これは余の力は一部にすぎぬ」
レジストロとは、メインの武器を術式を用いて
「汝が力を求めるならば、再び逢い見え様」
ユーに杖を返却し、声の主は光と共に消えていった。
同時にユーの持つ杖から放たれていた光も輝きが収まった。
祠の光も静まり、再び静寂が訪れた。
「ユーちゃん、大丈夫……?なにかと話してたみたいだけど……」
光が収まると、ミトがユーに駆け寄る。
ミトには今起きた一連の状況が飲み込めずにいたようだ。
ユーは茫然と立ったまま杖を両手で握りしめていた。
そして、そのまま後方へ力なく倒れる。
「おっとと!?大丈夫!?しかっりして!……ユーちゃん?」
「すぅ……すぅ……」
「ユーちゃん……寝てる……?」
ミトは咄嗟にユーの体を支えた。
ユーは完全に眠っていて、多少揺らしたり頬を突いたりしてみるが起きる様子はない。
杖の先端をよく見ると、装飾の一部に緑色の光が灯っていた。
ミトには魔法の類は何も感じられないが、ここでの目的を終えたと認識した。
そのままユーをお姫様抱っこで抱え、祠を後にした。