フリオ・グルタ 第四節
ミトとユーは村長に奥の部屋へと案内された。
建物はこの都市にはほかにない木造のもので、屋根は瓦だった。
部屋の扉も特殊なもので、襖と呼ばれる左右に開く引き戸だった。
東の国にはこういった建物が多いことをサビオが教えてくれた。
奥の部屋はリビングのようになっていて、複数人が座れるように椅子が用意されていた。
豪華な装飾などもなく、目立つ家具もまるでなかった。
部屋に通されると、サビオは一礼してから扉を閉めて部屋を出て行った。
「さてさて、遠いところからよくお越しなさったの。まずは自己紹介をしておくかの、わしがここの村長じゃ」
「初めましてボクは!ミトと申します!」
「改めまして、私はエリファス・B・ユールスフィアといいます、よろしくお願いします……」
「して、なぜここに来たのか教えてもらえるかの?」
「えっと……」
「リベルタージュにいたんだけど、イルサオンに閉じ込められて怪我をしてしまい、ここにたどり着きました!」
「リベルタージュとな?」
村長は驚いたような声を出したものの、表情に変化が全くなかった。
というよりも、あまり話を聞いていないように感じられた。
村長は手元を動かしていて、なにかの準備をしているようにもみえた。
「もてなしもなくて悪かったの、とりあえず飲み物ぐらいは出そうかの」
村長がそう言うと、突然ミトとユーの目の前に水の入ったコップと小さな丸テーブルが現れた。
恐らくこの準備をしていたのだと考えられる。
「あ、ありがとうございます……!」
「ありがとうございます!魔法って便利ですね!」
「これはここでしか使えないもんじゃて、便利とは程遠いんじゃよ」
「それでもボクはすごいと思います!術式では見たことのないものばっかりでずっとびっくりしてます!」
「そこまで喜ばれるとこっちも嬉しいもんじゃの」
ミトはムンドを見たときも興味津々で、サビオに仕組みを尋ねていた。
魔法はそもそも人間には使えない。
ミトはユーに出会うまで魔法は空想上の物だと思っていたほどだった。
術式すらまともに扱えないミトにとっては、魔法を身近で体験できることがとても楽しかったのだ。
「それで、リベルタージュからここに来たと言っておったな?」
「はい……」
「結論から言うと、リベルタージュからフリオ・グルタまで移動するのにどんなに急いでも三日はかかるの」
「三日!?ここってどこにあるんですか!?」
「ふむ、ここは最北端のネーヴェ氷山じゃよ」
「ネ、ネーヴェ……っ!?リベルタージュからじゃ山も海も越えないとたどり着けないんじゃ!?」
「その通りじゃな、普通なら不可能じゃの、普通なら」
村長は意味深な言い方をして、ユーとミトの前に来た。
「まずはエリファスの子にはこれを渡しておこうかの」
「は、はい、ありがとうございます……」
村長は手のひらに乗るほど小さな青いクリスタルをユーに手渡した。
「そしてミトじゃったかの、おぬしにはこれを渡そう」
「わーい!すごくきれいな物をありがとうございます!」
次に村長は、ユーと同じような赤いクリスタルをミトにも手渡した。
「二人とも、それを絶対に肌身離さず持っておくのじゃ」
「ずっともっているとなにかあるんですか……?」
「ふむ、まぁ簡単にやってみるかの……エリファスの子よ、ちょっとこっちにきてくれるかの?」
「えっと、はい……?」
ユーは言われるがままに席を立って、村長の近くまで歩いた。
しかし、ユーが歩こうとした瞬間に足がもつれて倒れそうになった。
「わ!わっ!!!」
ユーはそのまま転んでしまった。
しかし、気が付くとユーは普通に歩いていた。
「ユーちゃん!?大丈夫!?!?」
「えっと、ミトさん……?どうしたんですか?」
「ふむ、こういうことじゃな」
「こ、ここって……」
「うむ、プリメーロじゃ」
ミトが周囲を確認すると、プリメーロで有名なヴェニスの宿屋にいた。
「あれ……私、ここを見たことあるような……」
「ユーちゃん、ヴェニス商店に来たことがあるの……?」
「はい……私はここからミトさんとあの山で出会って……」
「本当にプリメーロからペリゴ山脈に来てたんだ……」
ミトは初めて理解できたことがあった。
ユーは交通手段を用いて移動したわけではなく、本当に歩いて様々な場所を移動してきていたのだ。
この方法を使って。
「ワープ……?」
「ご名答、ミトは理解が早いのう。エリファスの者はこうやって移動する力を持っておるのじゃ」
「ユーちゃんこんなにすごいことができたんだね!」
「えっと……私は、そんな……」
「まだエリファスの子はこの力を使いこなせておらんのじゃろうな、杖を見ればわかるんじゃ」
「杖……?」
「まぁ疑問は色々あるじゃろうが、とりあえず部屋に戻るとするかの……」
村長はおもむろに透明のクリスタルを取り出し、それを振りかざした。
すると、一瞬のうちに村長の部屋に戻っていた。
「!?!?!?」
「あ、あれ……?私……」
「ほい、お疲れさんじゃったの。順番に説明していくかの」
村長は何事もなかったかのように自分の席へと座った。
ミトとユーはあまりの展開の速さに戸惑いを隠せなかった。
「まずはエリファスの子がワープしていた力じゃが、これを意図的に使ってはおらんようじゃな。じゃがこの力を無意識に発動してしまう行動があることがわかったかの?」
「……転倒?」
「うむ、エリファス家の者はどうもそのよううじゃな」
「つまりユーちゃんはプリメーロを出てすぐに……」
「転んだのじゃろうな」
「わ、私は転んでませんよ!?」
ユーは思わず張った声で言った。
正確には転ぶことではなく、転んだことによる地面との衝突を無意識に避けようとしてワープしてしまっていたそうだ。
その上、移動先は任意に決めているわけではないそうだ。
村長が言うにはユーの母親は方向音痴だ。
それも想像を絶するほどの。
その方向音痴がユーにも継承されているようだ。
そのため、仮にこの力を意図的に使えたとしても思った場所にはまずたどり着けない。
ちなみにユーはネーヴェ地方には来たことがないのである。
「さて、次に杖についてじゃが……」
「私の杖ですか……?」
「うむ、その杖はまだ力が宿っておらんのじゃ」
「力……?」
「五属性の祠にそれぞれ立ち寄ればよい」
「祠……とは?」
「ふむ、聞くよりも行って見て体感するのが一番じゃろうな」
村長が言うには、この都市の近くにも祠があるそうだ。
五属性の祠に立ち寄る度に、杖は本来の力を取り戻していくそうだ。
「そして最後にこのクリスタルじゃが、それぞれ色が違うじゃろ?」
「私のは青色ですね……」
「ボクのは赤色だね!」
「青は主人、赤は従者となっておる。この二つのクリスタルをもっている者同士は離れなくなるのじゃ」
「ボ、ボクがユーちゃんとずっと一緒!?」
「ず、ずっと……?」
「持っている間はの」
元々このクリスタルは主従の関係を表す物だったそうだ。
それに魔法をかけ、所持者同士を繋ぐアイテムにしたそうだ。
要するに迷子防止アイテムだ。
「さてさて、他になにか質問はあるかの?」
「あの、村長さんは私の名前を知っていたんですか……?」
「少なくともその杖を持っておったのではエリファス家の者であるということはわかるぞ」
「えっと、これは……お母さんの……」
「今はおぬしが杖の主として認められておるからの、きちんと扱いこなしてみせるのじゃ」
「は、はい……私にできるでしょうか……?」
「それはおぬしの気持ち次第じゃの」
村長は一通り説明を終えると、ミトの前に移動した。
「さて、外界の者よ、今度はわしから質問をさせていただいてよいかの?」
「ボクに?」
「なに、簡単な質問じゃよ」
そのときの村長の声には、なにか含みがあるような気がした。