蜜をナメナメしつつお前をナメナメしつつ蜜をナメナメしつつお前をナメナメする、そんな日々を俺は送りたい
俺はカブトムシの雄。今、大木から滲み出た樹液をナメナメしているところだ。
おや? 木の裏側から雌のカブトムシがやってきたぞ。よーし、俺がナメナメしてるこの樹液を、彼女にも分けてやろう。そして交尾させてもらおう。
「へい彼女! よかったら一緒にこの蜜をナメナメしない? そのあとで君をナメナメさせてくんない?」
俺がそう声をかけると、彼女は慌てて木の裏へ戻り始めた。
「おいおい、待ってくれよ! …さすが甲虫の雌、心のガードも固いぜ」
俺は体を反転させ、雌カブトが逃げるのとは逆方向へ木を半周する。すると狙い通り、木の裏側で彼女と再開を果たすことができた。
「逃げることないじゃないかベイビィ…って、あれ?」
改めて彼女を目の当たりした俺は、ある重大なことに気づく。
「お、お、お、お前、雄じゃね!?」
角が見当たらないから勝手に雌だと思い込んでいたが、コイツは角が根元から折れた雄だ。見た目が雌と被っとるから間違えてしまった。(ちなみに今の“被っと”は“カブト”とかけたんだぞ)
「勘違いさせてすみません…。僕、男の娘なんです…」
悲しそうに俯むく角無しカブト。その姿を見た瞬間、どういうわけか俺はドキッとしてしまった。
ヘイヘイヘイ、冗談だろ俺…。いくら可愛い顔してるからって、同性にときめくとかありえねえだろ…。
「な、なあ…。お前、角はどうした? クワガタの野郎にへし折られたか?」
自分の心に芽生えた何かから目を逸らすため、俺はそんな質問を口にした。
「ぼ…僕の角は…、人間の子供に折られました…」
「人間の子供に…?」
「はい…。捕まえた虫をバラバラにする恐ろしい子供です…。僕は運よく逃げ出せたので角を失うだけで済んだのですが、一緒に捕まった虫達は…」
相当恐い想いをしたのだろう。角無しカブトはブルブルと震えだした。
「…ごめんな、恐いこと思い出させちまって」
「いえ、気にしないでください…」
なんだか、コイツをこんな風にしちまった人間のガキが無性に憎らしくなってきた。クソッたれめ、虫を虫けら扱いしやがって…。
そのとき不意に、俺と角無しカブトの体が影に覆われた。何か大きな物が日光を遮ったのだ。
「見ぃぃぃつけた! ギィバババ!!」
日光を遮ったのは人間のガキだった。ガキは化け物のような笑い声を上げながら俺達を見ている。
「ヒ…ヒィィ! この子です! 僕の角を折ったのはこの子です!」
「何だって!?」
次の瞬間、角無しカブトの体がガキの手に包まれた。角無しカブトは木から引き離され、ガキの顔の前へと連れていかれる。
「もうこの前のようには逃がさないよ。さあ、バラバラパーティーの始まりだ!!」
どうやらこのガキ、逃げた角無しカブトをわざわざここまで探しにきたらしい。なんて執拗な奴なんだ。
「ダメだ…。アイツはもう終わりだな…」
今のうちに逃げるか。このままここにいたら俺まで捕まっちまう。
俺が愛するのは雌カブトだけだからな。別に雄がどうなろうと知ったこっちゃない…。
…しかし、俺の体はその思考に従おうとはしなかった。
逃げるための一歩が踏み出せない。羽も開けない。ただただ、体が熱い。
「こ…これは…全身の細胞が叫んでいる…。俺に逃げるなと…。敵に立ち向かえと…。アイツを救い出せと…!」
俺はガキに捕まった角無しカブトへと目を向けた。
「…分かったよ、認めるよ。俺はホモだ。ホモカブトだ。ホモ故に、あの角無しカブトに惚れちまった。だから俺はアイツを助け出す。あの憎たらしい糞ガキをブッ倒してなァ!」
その時だった。周囲に無数の光の玉が出現し、俺の体を優しく包み込んだ。
俺はすぐに理解した。この光はガキに殺された虫達の魂だ。彼らは殺された無念を晴らすため、俺に力を貸してくれたのだ。
「感じる…感じるぞ…。コガネムシの魂、カメムシの魂、カミキリムシの魂、カメムシの魂、クワガタの魂、カメムシの魂、バッタの魂、カメムシの……カメムシ殺され過ぎだろ!!」
魂の輝きを身に宿した俺は、羽を開き、ガキに向かって突撃した。
「死ねゴルァァァ!!」
そして見事、ガキの土手っ腹に風穴を開けることに成功する。
「ギィエエエエ!!」
ガキ、絶命。
俺達は勝ったのだ。
俺はガキの手から解放された角無しカブトの元へ歩み寄った。
「怪我は無いか?」
「はい、おかげさまで。あの…本当に、本当にありがとうございました! まさか人間に勝ってしまうなんて驚きです!」
おお、なんという感謝と尊敬の眼差し。この状況、告白のチャンスなのでは?
「…あのさ、俺、お前のことが好きになっちまったんだ。よかったら一緒に蜜をナメナメしたり、時にはお互いをナメナメするような、そんなステキな関係になってみないか?」
「えっ…! でも僕…その…ノンケですので…」
「わお」
俺の恋は終わった。