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星に願いを

作者: 朝露機重郎

 ある夜、小さな星が流れた。

 アパートの窓辺、小さな女の子が手を合わせ、星に願いをかけた。

 女の子は、流れ星が消える前にちゃんと三回祈れたことにまんぞくして、眠りについた。


 私は存在する。

 この小さな娘が願い信じたからだ。

 願い事は『やさしいかみさまおばあちゃんのびょうきをなおしてください』。

 そして少女の願いが私を神として存在させた。私が存在する期限は明日の朝、この子が私のことを忘れて目覚めるまでの間。

 そう、私はごく小さいが神なのだ。

 さてどうするか。窓辺の枯れかけた鉢植えにこしかけ、少し考える。

 二千年ほど前ならば奇跡も簡単に起こせたろうが、今の世、奇跡を信じぬ者が多すぎる。世の人の医学を信じる力もまた多くの神々を創り出しているのだ。

 後から生じた神ほど制約が多いのだ。

 ……とにかく行動にうつろう。私は老女の入院する病院に移った。

 

 私は老女の枕元に漂いながら、首をひねっていた。医学を信じるヒトが、なぜ疫神(えきじん)を存在させるのだろうか。老女の足元には、しっかりと疫神が座り込んでいるのだ。

「疫神よ立ち去れ。私はこの老女の熱が下がると定める」

(しか)り。老女の熱は下がる。老女が死ねば熱は下がる。ヒトは老いるものであると、年老いた者は病に弱いと、既に定められている。

 そして、すべてのヒトは死すべき定めにある」

「然り。老女は死ぬだろう。しかし死ぬのは、今夜ではない。病を得た者は必ず死ぬなどとは、定められてはいない」

「流星神よ、疫神である(われ)を存在させたのは、(ほか)ならぬこの老女なのだ。老女は生きることに疲れている。諦めることにより我を存在させたのだ。

 今、おまえが老女の寿命を延ばしたことは、(いたず)らにこの老女を苦しめるだけだ」

 

 私は老女の枕元を離れ、老女の担当医の元に向かった

 担当医は医学の神の元、老女のカルテをチェックしていた。

「老女の病は重いのか?」私は医学の神に問うた。

「この医師の見立(みた)てに()れば、流行性感冒から肺臓炎を併発しかけており、体力の衰えもあって今日明日の命だ」

「私は彼の診断が誤診であったと定める」

 医学の神は微苦笑をうかべた。

「然り。その定めは定まった。この新米医師は自分の見立てに自信が無くて、こんな時間まで診療録を調べておったのだからな。

 しかし、今、老女が病を()ているという事実は変えられぬぞ」

 私は担当医がカルテを手に慌てる姿を後にした。


 私は諸神の元をめぐり、あるいは取引をし、あるいは陳情し、又、命令した。

 寿命の神、眠りの神、老女がのんだすべての薬の神々、老女の枕元に吹き込むすきま風の神。神々はみな、ヒトの寿命や老いや健康に少しずつかかわっている。


 明け方近く、あるていどの成果をおさめて老女の者に戻った私を待っていたのは、疫神と死神だった。

 老女の枕元、軍服姿の男の写真にすわり、死神は言う。

「老女が死ぬのは、今夜ではない。まもなく夜が明け――」

「医師の診断は誤りだ。死神よ、なぜおまえがいる」

「老女の夢に入り、その思いを知るがよい」疫神が言った。


 私は老女の夢に飛びこんだ。

 夢は老女を花畑の中に立たせていた。軍服姿の夫が遠くから、若い姿にもどった老女を差し招いている。

 死神の声がした。

「夫の元に行きたいという老女の思いが、(われ)をして()らしめたのだ」

「この夢を見せたのは、疫神だな!」

 夫の元に走り寄ろうとする老女である若い娘のすぐ前に、私はあの少女の姿を描いた。

 夢の中に鳥のこえが紛れ込んでくる。夢が薄くなる。私は慌てて夢から跳び出し、病室の天井近くに浮かんだ。


 窓の外が白みはじめている。

 疫神と死神の姿がゆらぐ。

 老女がめざめ、()き込んだ。

 遠く車の音がする。

 老女は夫の写真をみつめ、しわのよった手をあわせた。

「ごめんねえ。うち、まだそっちいかれへんわ。あの子がランドセルしょってるの夢にみてもうて。あの子が小学校に入るまで、もうちょっと待っててな」


 少女の姿を小学生に描いたのは、もちろん私である。

 そして私は言った。

「疫神と死神はすでに消え去った。

 私はここに定める。老女の病はこれから回復に向かうと」

 不意に医学の神が現れ、厳かに宣言した。

「然り(しこう)して、老女は明後日に全快し退院する」

 私は医学の神と微笑みあった。

 仕事を終えた私は、まもなく消える。

 少女の窓辺の鉢植えの朝顔を花開かせたのは、ほんのサービスである。

 あの子が信じたのは「やさしいかみさま」なのだから。

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