7 異世界初の人間は美形でした
お母さん、ピンチです!
やはり、助けを呼んでも、誰も来ません。
私は、何頭もの猿もどき達によって持ち上げられ、ちょうど荷物のように運ばれていた。
まるで、運動会の競技である大玉ころがしの大玉になったような気分だ。
おそらく、このまま猿もどきの住処、さっきの場所へと運ばれるのであろう。そして、猿もどきの巣に到着したら、美味しく頂かれてしまうに違いない。
そんなのイヤだー!
なんとか身体を捩って逃げようと試みるも、神輿のように担ぎ上げられわっしょいわっしょい運ばれている状況で、どうにも身体の自由は利かず猿もどき達にされるがままである。
どうしようかと焦っている中、猿もどき達の声が聞こえてきた。
『ウキッ、ウキキ』
『キキーッ、キャッキャッ』
何だか猿もどき達の声、すごくご機嫌な感じだ。きっと、今夜はご馳走だ、なんて話しているのだろう。
俺はミディアム、僕はレア、なんて会話しているかと思うと、サーっと顔から血の気が引いていく。
いーやー、せめてウェルダンにして……じゃない! 誰でもいいから助けてー!
祈るように両手を合わせて南無南無拝んでいると、ガサガサっと茂みを掻きわける音が聞こえ、猿もどき達の進む前方に突然人が現れた。
うわーん、天のお助けだー!
「お願いです。助けて下さい!」
私は、異世界に来てから初めて見る人間に少しドキドキしつつ、必死に顔をあげて視線を向けた。
まだ遠目だから顔はよく見えないが、腰に剣を差しマントをはおっていて、騎士?のような恰好をしている。すらっとした体型で、背は高そうだ。金髪で、多分、男性。
助けを期待した私は、猿もどきに半分埋もれている自分に気づいてもらおうと、手をあげて必死に振った。
すると、こっちを見ているその人物も、私に気づいてくれたようで手を振り返してくれた。
やったー。これで、助かる!
猿もどき達が歩くだけどんどん距離が縮まってきて、前に立つ人物の姿がはっきりと見えてきた。その顔が目に入ると、驚いてしまう。物凄い、美形だ。
やっぱり異世界だけあって、まさか小説みたいに美形だらけだったり……などと、思わずのん気に考えてしまった私は、目線の高さがその美形と変わらない事に初めて気づいた。
あれ? この猿もどき達、結構高かったよ。その上にいる私と同じくらいの目線ってコトは……え? あの人、2メートルぐらいあるの!? 美形だけあって、背も凄く高いんだ。
思わず呆けて美形を眺めていると、いつの間にかすぐ前まで近づいていた。
我に返って、その高身長美形に助けを求めようと口を開いたのだが、私が声を出すよりも先になんとその美形騎士は猿もどき達の進む邪魔にならないようにサッと横へ避けたのだ。
嘘!? 何で? 助けてくれないの?
騎士じゃない? その腰の剣は飾りなのかーっ!?
思いも寄らない美形の動きに唖然とした私は、パクパクと口を開けたり閉じたりしてその美形を指差した。
すると、その美形、私を見て怪訝そうに首を傾げた。だが、すぐに何かを理解したとばかりに数度頷いてから、軽く口元に笑みを浮かべて私に手を振ったのだ。
なん、何で、そこで、バイバイなのー!? 黙って見送っていないで助けろー!
「ちょっ……と、あなた、何考えて……私は、助けを……っぶ!」
美形の冷たい仕打ちに怒りがこみ上げてきて、猿もどき達の上で必死に体を起こしながら文句を言いかけたが、上半身を起こした瞬間体が半回転して顔から猿もどき達の大きな手の中へ突っ込んでしまった。
うわーっ、息が苦しい……もっと酸素をー!
そうして、私は肝心の事は何も言えず、うつ伏せの状態で猿もどき達に運ばれていくのであった。心の中で、美形へ恨みつらみを吐き出しながら……。
うわーん、これだから美形なんて嫌いだー! 生き延びたら絶対に見つけ出して、ビンタしてスーパー頭突きを喰らわせてやるー! そんでもって……
猿もどき達の中で、私は泳ぐように手足をジタバタと動かしながら、美形へどうやって報復するか延々と考えていた。
そうしているうちに、とうとう猿もどき達の住処へ到着してしまったらしい。
突然、ピタリと激しい揺れが収まり、私は地面に下ろされた。投げ下ろされるのを覚悟していただけに、そっと丁寧に下ろされたのには驚いた。
ようやく、安定した地面の上に足で立つ事ができてホッとしたのだが、足元を見下ろしていた顔を上げると、すっかり猿もどき達に囲まれていた。
いやーっ、何コレ!? 猿もどきが増殖している!?
私の周囲は猿もどきだらけであった。私を追ってきた猿もどき達以外の猿もどきも集まっている。おそらく、ここに住んでいる猿もどきが全員集合したのだと思う。
逃げ場のない状況に、私はサーッと血の気が引いていった。
『キーッ、キキッ!』
『キャッ、キャッ、キャッ!』
猿もどき達の興奮したような騒がしい声が聞こえてくる。悔しい事に嬉しそうに踊っている猿もどきもたくさんいる。
こんな所で、猿もどきの食糧になるなんて、嫌だー!
「そうだ、リュック!」
ここにきて、すっかり忘れていたリュックの存在を思い出した。リュックの中身のあれやこれを使えば、うまく逃げられる!
だが、私のこの希望は無残に消えた。やたらと身が軽い事に気づき、慌てて背中に手をやると何もなかったのである。
どうやら、いつの間にか気づかない内に猿もどきに取られてしまったらしい。
あぁ……本当に、万事休すだ……。
お母さん、ごめんなさい! せっかく、いろいろと持たせてくれたのに、リュックの中身を活用できなかったよー。唯一使ったのは、兎もどきに偶然投げたあのおでんの缶詰だけ……。
せめて、宴会グッズと蟻用殺虫剤の使い道を知りたかったな……。
どうでもいいような事をぐるぐる頭の中で考えているうちに、いつの間にかあんなに騒がしかった猿もどき達がピタリと静かになった。
不思議に思って猿もどき達を見回せば、猿もどき達がサッと左右に割れ、私の目の前に道ができていた。驚いて、キョロキョロと猿もどき達の様子を見渡す。猿もどき達は手でその道を差し、私を誘導しているようであった。
「え? こっちへ歩いていけって言うの?」
猿もどき達がみんな無言で頷いた。やはり、私の言葉が分かるらしい。
私は、腹をくくって、猿もどき達の作った道を進むことにした。
ここで抵抗しても、こんな大人数相手じゃ無駄だと思う。だったら、大人しく言う事を聞くふりして、猿もどきを油断させ、隙をみて逃げた方が利口だ。
まだ、ゲームセットじゃない。諦めてたまるか! 元の世界へ、お父さんとお母さんの所へ帰るんだ!
絶対に生き抜いて、あの不親切な美形騎士もどきに一発お見舞いしてやるー!
私は、心の中で怒りの炎を燃やしながら、猿もどき達が開けた道をゆっくりと歩き出した。