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6 お母さん、今度は猿です!

「んぎゃあぁぁーっ!」


 斎藤明海、21歳、ただ今絶賛逃走中です!

 今度は猿もどきに追いかけられています。1匹、2匹じゃありませんよ。ざっと見たところ20~30匹と言った所でしょうか?


 もう、何でこんなことになったのよー!

 誰か、ヘルプ、ミー!


 私は、決意をこめて一歩踏み出した時からの出来事を振り返っていた。



 母からの手紙のおかげで、私は順調に森の中を歩いていた。

 何度かあの獰猛な兎もどきに遭遇はしたけれど、手にしたちょうどいい木の枝の杖で頭を叩いてやったら、簡単に昇天してくれた。その度にドロップアイテムを確保。私の左右のポケットには、合わせて6個の赤い石がある。

 倒した魔獣は兎もどきだけだからまだ分からないけれど、他の魔獣だったら別のドロップアイテムを落としてくれるのだろうか?

 とにかく今気になっている事は、この赤い石の使い道である。何かの役に立ってくれるといいな……と、私は淡い期待を抱いた。


 そういえば、この魔獣の落とす石の説明は手紙に書いてなかった。何でだろう?

 お母さん、書くのを忘れたのかな? ちょっと気になる。


 それにしても、この森は結構深いらしい。歩けど歩けど、道らしきものが出てこない。

 ずっと変化のない景色で、もうすっかり青い葉の木々や植物にも慣れた。

 コンパスを持っているので迷う心配はないが、早く道を見つけたい所だ。

 途中、果物や木の実を見つけ、それを食べながら移動した。母の手紙に食べられるものの説明が詳しく書いてあったから安心して食べられる。本当に助かる。


 今日、森を抜けられなかったら、野宿かも……と考えながら歩いていると、ドンドン太鼓を叩くような賑やかな音が少し先の方向から聞こえてきた。


「もしかして、人里!?」


 私は、期待をして音の聞こえる方へと走り出した。

 茂みを掻き分けて進んでいくと、近くなってきたのか太鼓を叩く音が大きくなってくる。

 これは村の祭りか何かなのかもしれない。きっと人がいる。

 ガサッと茂みから飛び出すと、広場みたいな開けた場所に出た。

 日の光の眩しさに目を細めながら、人影を確認する。どうやら、太鼓の音に合わせて踊っているようだ。

 突然、茂みから飛び込んできた私に気づいたらしく、こちらに振り向いてきた人影が見えた。


 うわーっ、いっぱい、いるいる……あれ? 人じゃないような……。


 眩しさに慣れた瞳が、大勢いる人影の姿をはっきりと捉えた。

 

「えっ? えぇーっ、猿!?」


 猿、さる、サル? 猿だらけ!

 そこへいたのは、どう見ても猿であった。しかも、大きさが私と変わりない。いや、むしろ私より、大きな猿が多い。


『キッ、キキーッ!』

『ウキッ、ウキキーッ!』


 何やら私を指さしながら奇声をあげ、騒いでいる。これは、ヤバそうである。

 逃げようかと考えていると、一段と大柄な猿が群れの中から出てきて、私をじっと見つめた。

 その猿はおそらく群れのボスなのだろう。全長2メートルはあるだろうか? とにかく大きい。

 その猿が前に出てくると、他の猿たちが急に大人しくなった。太鼓の音も止んでシーンと静まり返る。 そんな中、私とボス猿の視線は絡み合った。私を見るボス猿の目が鋭く細まったような気がする。

 何だか、すごく嫌な予感……。


『ウゴーッ!』


 突然、ボス猿は片手をあげて大声で叫んだ。余りの大きな叫び声に、私は思わず耳を塞ぐ。

 と同時に、ボス猿の周囲に集まっていた猿もどきが一斉にこちらに向かって突進してきた。 嫌な予感、的中である。

 私は、急いで逃げ出した。


 そうして、走り出して気づいたことがある。

 リュックを背負ったままで逃げられるか心配だったのだが、ありがたいことに猿もどきは鈍足だった。最悪の場合、リュックを捨てて逃げる事も考えていただけに、猿もどきの足の遅さには正直びっくりした。

 手と足を使ってくれば速く走れるだろうに、何故か猿もどきは2本足で追ってくる。その速度は、ごく普通の人の早足程度であろうか? とにかく、猿もどきの鈍足のおかげで、私はリュックを捨てずに逃げられそうである。


 それにしても、この猿もどきは、やはり危険な魔獣なんだろうか?

 走りながら母の手紙の内容を思い出し、つい考えてしまう。


『次はお猿さんによく似た魔獣の話ね。

このお猿さんみたいな魔獣は、難しいのよね。危険か危険じゃないか、見た目じゃ分からないの。

お猿さんの魔獣は、たくさんの種類があるらしいのよ。

森の奥深くに住んでいるお猿さんが多いみたいで、まだお猿さんの種類を全部分かっていなかったのよねぇ。ママが異世界に行った時はね。

それで、お猿さんは、大人しいのと凶暴なのに、別れるの。

どっちのお猿さんに遭遇するかは、その人の運次第って事。

大丈夫、アケちゃんなら大人しいお猿さんに会えると思うわ。だって、ママは善いお猿さんにしか会った事なかったもの。

アケちゃん、お猿さんと仲良くしてね?』


 だーっ、この猿もどきと仲良くできるかー!

 お母さん、絶対にこの猿もどきは、凶暴な猿です! 仲良くなんかしたら、今度こそ、餌になってしまいます。

 それに、お母さん忘れているよー。私は、不幸体質だったでしょ? 私は、運が悪いの! お母さんみたいな強運じゃないんだってばー!


 背後を振り返って確認しながら逃げていく。

 猿もどきの遅さから、初めは簡単に逃げ切れると思っていたのだが、猿もどきはしつこかった。どんなに距離を離しても数が多いせいか、気づけば1匹2匹は結構背後近くまで寄ってきていた。


「くぅー、絶対に逃げきってやるー!」


 命をかけての追いかけっこだ。捕まる訳にはいかない。

 私は必死に走った。だが、猿もどきはいつまでも諦めずに追いかけてくる。

 いつしかこの追いかけっこは、単距離走だと思っていた私の予想を大きく裏切り、マラソンに変更になっていた。もちろん、トップランナーは私だが……。


「はぁっ、はぁっ、はぁ……っ」


 もう、1時間近く走っているだろうか。さすがに、胸が苦しい……。

 おまけに肩に食い込んでくるリュックがいやに重く感じる。

 やはり、逃げ切るためにはリュックを捨てないとダメなのか……と考えていると、ガサッと茂みから何かが目の前に飛び込んできた。

 ぶつかりそうになり、慌てて急ブレーキをかける。


「しまった!」


 私は愕然とした。目の前には猿もどきがいたのだ。その数は7頭。

 いつの間にか、先回りをされていたようだ。猿もどきだけに頭もいいらしい。

 後ろを振り返ると、こちらへ向かってくる7頭の猿もどきが見えた。

 あれ、7頭? 前と後ろの猿もどきを合わせて14頭。もっといたはずだから、他のはどうしたんだろう?

 消えた他の猿もどきが気になったのだが、今はそれよりも逃げる事が大事なので、前後で挟まれた私は、後ろの猿もどきが追いつかないうちに真横へ逃げる事にした。

 目の前のさらに近づいてく猿もどきを避けるように後ろステップしてから、右サイドヘ一歩、そのまま走り出そうとした瞬間、上から何かが降ってきた。


「きゃあっ!?」


 思わず驚いて反射的に目を閉じるが、すぐに何が落ちてきたのか確かめようと目を開けた。


「ゲッ……うそっ!?」


 上から降ってきたのは、猿もどきであった。

 消えた他の猿もどきは、どうやら木から木へと移動して私を追ってきたらしい。本当に、この猿もどきは頭が良い。鈍足だと油断していた私の痛恨のミスだ。

 木々を移動していた猿もどきは、ちょうど私を挟むように降りてきた。だから、今私は、前後左右逃げ場がないように囲まれてしまった。

 万事休す!


『キキーッ!』

『ウキ、ウキ、ウキキ!』


 悔しい事に、猿もどきは両手をあげて楽しそうに踊っているように見える。

 きっと、私を食べる事でも考えて、祝いの踊りでもしているに違いない。

 本やドラマなら、ここでヒロインの危機に颯爽とヒーローの登場となる。だけど、残念な事に私はヒロインでもないし、これは現実の世界だ。待っていても、ヒーローなんかやってこない。何とか自力で逃げないと……。

 だが、私には考える時間も残されていなかった。

 四方八方から猿もどきの手が伸びてきて私を捕えたのだ。


「きゃあっ! いやーっ、誰か助けてー!」


 思わず、悲鳴が漏れる。

 誰もいないはずの静かな森の中、私の叫び声が響き渡った。


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