3 母の秘密を知りました
「うーむ……」
私は、リュックから取り出したものを前に、思わず唸っていた。
食料品や水、懐中電灯、薬、タオルに着替え、ロープとかは分かるけど……。
「やっぱり発煙筒が入っていた。何に使えって言うの? 逆に異世界で使ったらヤバくないのかな?」
数本の発煙筒を見つめながら悩んだ私は、とりあえず、リュックにしまっておく事にした。
でも、発煙筒よりも驚いたものがある。それは、殺虫剤のスプレー缶。これが、何故か10本以上もある。
何でこんなものがあるのかな? 蚊とか多いんだろうか? でも、よく見てみると、蚊やハチ用のではなく、蟻用の……。何で、蟻?
疑問に思いながらも、とりあえず、リュックにしまう。何かの役に立つのかもしれない。意味のないものを母は持たせたりしないだろう、多分。
でも、殺虫剤よりも変なものがあった。これこそ、何の役に立つというのか、想像さえできない。
私は、その意味不明の物品を手にしながら大きく首を傾げた。
「何で、こんなのが入っているの?」
お母さん、間違えて入れたんじゃないのかな?
クラッカーにカツラやつけヒゲ、これで私に何をしろと? 宴会芸を磨けとでもいうのか?
パーティーグッズを手に悩むこと数分。
少しでも荷物を減らそうかと、その場に捨てていく事も考えたのだが、万が一、この異世界で役に立つものだったら困るので、一応、持っていく事にした。
「よし、これだけ揃っているのなら、何とかやっていけるか」
中身を綺麗にリュックに詰め込んでから、リュックのポケットも確認する。
普通ならば、ハンカチ、ポケットティッシュ、ガムや飴が入っているはずなのだが、それ以外に封筒も出てきた。
封を切って見ると、母からの手紙が入っていた。
『ハーイ、アケちゃん、お元気?
アケちゃんがこの手紙を読んでいるという事は、異世界に渡ってしまったという事よね。
ママ、寂しいけど我慢するわ。
アケちゃん、21歳のお誕生日おめでとう。
本当は、直接言いたかったし、一緒にお祝いしたかったんだけど、アケちゃん、異世界にいるんだもの、しょうがないわね。
残念だけど、これも、運命なのね。ママも、21歳の誕生日、お祝いしてもらえなかったから……。
じゃじゃじゃーん!
では、アケちゃんにママの秘密を教えます。
ママ、実は、異世界に行った事があるの。
アケちゃんと同じ、21歳の誕生日にね。
うふっ、ビックリした?』
「えぇーっ!?」
思いもよらぬ母からの告白に、私はびっくりして大声で叫んだ。
「うそ、お母さんも異世界に? しかも、同じく21歳の誕生日にって……どういうコト!?」
震える手で手紙を握りしめ、私は急いでその先を読み進めた。
『実は、ママの家系は、21歳の誕生日に神隠しに遭う女性が多いの。
理由は、よく分からないんだけど、聞いた話だと、ご先祖様が異世界の人だったらしいわ。だから、その影響で異世界の血が濃いと、向こうの世界に行っちゃうらしいみたい。
ちなみに、ママのお母さん、アケちゃんにとってはお祖母ちゃんだけど、お祖母ちゃんは異世界には行っていないわ。お祖母ちゃんの妹さんが神隠しに遭ったんだって。
本当は、早くにこの話をアケちゃんにしたかったんだけど、アケちゃん、意外と現実主義だから、異世界の話をしても信じてくれないと思ってねぇ……。
たとえ、アケちゃんがその話を信じてくれたとしても、後何日で異世界だなんて、考えるのも嫌でしょ?
それに、アケちゃんが絶対に異世界に行くって決まっていたわけでもないし……。
だから、パパと相談して、アケちゃんが異世界に旅立つまで、普通に一緒に毎日を楽しく過ごしていこうと決めたの。
アケちゃん、今まで黙っていてごめんね。
でも、こっちに帰ってこれないわけではないから、安心して。
だって、ママは、ちゃんとパパのもとに帰っていったもの。
ママが異世界にずっといたら、アケちゃん生まれてこなかったのよ。
これでもママ、異世界でもてもてだったんだから……。えーっと、逆フォーっていうの?』
「違う、逆ハー」
思わず突っ込みながら、この手紙を書いていた時の母の姿を想像して、くすっと笑みが浮かぶ。
『実はママね、王子様にプロポーズされたのよ。
元の世界へ戻らないでくれって泣かれて大変だったの。
ふふっ、懐かしいわ。もし、ルドに会ったら、ママがよろしく言っていたって伝えておいてね。元気に暮らしていますって……。
さて、ここからは、異世界のお役立ち情報よ。
まずは、森の中で出会う獣には気をつけてね。
大人しい獣と危険な獣がいるけど、気を付けてほしいのが、兎そっくりな魔獣。
その愛らしい姿に騙されて近づいたら、ぱっくり食べられちゃうから気をつけてね?
獰猛な肉食獣だから……。
弱点は頭。とにかく叩けば、消滅するから頑張って!』
「くぅー、もっと早く教えて欲しかった。お母さん、その兎もどきには、もう出会ったよ」
私は、がくっと肩を落とし、軽いため息を吐いた。
もっと、早くこの手紙を読んでいたら、あの兎もどきに襲われなかったのに……。
でも、まだ間に合うはず。急いで先を読もう。
『それから、熊そっくりで大きな……』
私が、すぐに手紙に目を戻すと、ぽたっと何やら頭に垂れてきた。
手紙にも垂れたらしく、数文字が滲んでいる。
ポタポタポタと、頭皮に濡れたような感触が続き、私は空を見上げようとした。
「雨?」
顔を上に向けると、瞳に大きな黒い影が飛び込んできた。