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1 色々と回想してみました

 「斎藤明海さいとうあけみ、20歳。あ、誕生日がきたから今は21歳になった? 大学3年生。身長161センチ。体重は秘密。両親と弟一人の4人家族。現在就職活動中。好きな食べ物はご飯。嫌いな食べ物は辛い物。ゼミの旅行で、温泉に来ていた。それで、友人たちと温泉に入って海の幸食べてビール飲んで眠った。ここまでは覚えているよね」


 完全に目覚めた私は、今までの出来事を思い出そうとぶつぶつと口にし始めた。

 でないと、胸に押し寄せる不安でどうにかなってしまいそうだったから……。


 だって、私……こんな場所しらない。見たこともない。

 大体、普通の森じゃない! 青い森だなんて……。


「何でこんな事になったの? 昨日はみんなに笑われながらも、旅館で寝袋に入って寝たはず……そうだ、寝袋!」


 私は、ハッとある事を思い起こし、先ほど畳んだ寝袋を手にしてその隣にある大きなリュックサックを見つめた。

 すかさず、リュックの中身を確かめる。

 その中には、ロープ、ライター、マッチ、サバイバルナイフ、缶詰、ペットボトルの水、塩、砂糖、非常食色々、タオル、着替えなどなど、サバイバルでもするかのようなものがたくさん詰まっていた。


「お母さん、これ……どういう事?」


 これをすべて用意して私に持たせた母親の顔を思い出し、私は呟いた。

 そう、誕生日を迎える今日だけは絶対にこのリュックを枕元に置いて、寝袋で寝るようにと指示したのは母である。

 母は、真剣な顔でしつこいくらいに何度も、私に念を押していた。


 そういえば、母が言っていたっけ。


『いう通りにしないと、アケちゃん、死んじゃうかもしれないわよ?』


 それも、神々しいスマイルつきで。


 うわーっ、お母さんってば、私がこうなる事を知っていたってコトー!?


「知っていたなら、教えてよー!」


 思わず大声で叫んだ私の脳裏に、この数日間の出来事が浮かび上がった。




**********




「ねぇ、アケちゃん、異世界ってあると思う?」

「へ?」


 何の脈絡もなく突然、妙な事を尋ねてきた母に、私はきょとんと瞬きをして首を傾げた。

 

 ついさっきまで、韓流ドラマの話で盛り上がっていたのに、何故、その質問? 

 だけど、いきなり話が変わるのはいつものコト。お母さんと話していると、よく跳ぶのよねぇ……。お父さん曰く、ジェットコースターに乗っているような会話だ。いや、宇宙人と話しているかと思うこともあるって……。


 私は、もう慣れたものだから、いつものように普通に返事を返した。


「さあ、分からない。だけど、あったら面白いかもね」

「そう思う? いやぁーん、もう、アケちゃんったら、異世界賛成派なのね。ママ、嬉しいわ」


 嬉しそうにニコニコ微笑んでいる母を、私は、不思議そうに眺めていた。


 いったい、何が嬉しいのか、お母さんの考えているコトってやっぱり分からないな。

 別に異世界があってもなくても、私には関係ないと思うし……。


 なんて、ぼんやりと考えていたのが、私の誕生日の一週間前。




**********




 誕生日、5日前。


「ねぇ、アケちゃん、もしも異世界にいっちゃったりしたらどうする?」

「へ?」


 またもや、母からの突然の問いかけ。


 何、その異世界話題。まだ続いていたの?

 お母さんにしちゃ、珍しいな。同じ話題がでるなんて……。


「あのね、気づいたら突然異世界にいたりするの。アケちゃんだったら、そこでやっていける?」

「………………?」


 何だか、期待と不安の混じったような表情で私を見つめてくる母。

 私は、何だか不思議に思ったけれど、返事を急かされて普通に答えた。


「やっていけるも何も、やっていかなくちゃいけないんじゃないの? まぁ、びっくりするけど、取りあえず、水と食べ物と寝床をゲットしないとね」

「キャー、アケちゃん、何て頼もしいの! やっぱりママの子ねぇ」


 パチパチと拍手をすると、母は嬉しそうに抱きついてきた。


「アケちゃんなら、サバイバルだって平気よねぇ。あ、サバイバルっていえば、最近のグッズって凄いものが多いのねぇ。ママ、買い物に行ってびっくりしちゃったわ」


 私が適当に相槌を打っている中、母は、楽しそうに非常食や発煙筒などを取り出してくる。


「え? そんなにいろいろと買ったの?」

「あら、アケちゃん、何事も備えあれば患いなしよ。いつどこで使うか分からないでしょ? あって困ることはないのよぉ。それでこの発煙筒はねぇ……」


 のほほんとした笑みを浮かべながら、母は、取り出してきた非常時用品の説明を始めた。

 そして、その話が何故か途中から、危険なジャングルでの生き方に変わってくる。


 それにしても、何で発煙筒!?

 いつも何だよねー。幼い頃から、どんな場所でも生きていく重要さを耳にタコができるぐらい、何度も言い聞かされてきた。

 3歳児に何を教えているんだって、突っ込みどころ満載だったな。

 野外キャンプは、数えきれないほど経験したし、今では食べられる野草や毒になる野草など、いろいろ、知っている。


 そして、延々と危険なジャングルでのサバイバルの講義が始まる。

 私は、また始まったとげんなりとした表情で、母の話に付き合う事となった。




**********




 誕生日3日前。


「ねぇ、アケちゃん、ママね……アケちゃんが異世界にいっちゃっても、大丈夫だから……。自分の幸せを一番に考えてね」

「へ?」


 夕食の支度を一緒にしている時。

 またもや、唐突に母から出た言葉。

 私は、洗っていたトマトを思わずむぎゅっと潰してしまった。トマトさん、すみません。


 それにしても、何でまた異世界の話題なの?

 お母さん、そんなに異世界にでも行きたいのかな?


「ママね、アケちゃんの事、とってもとっても愛しているから……アケちゃんが元気で生きていてくれさえいたら、それだけで十分なの。アケちゃん、異世界でも頑張って、幸せになってねぇ」


 玉葱をみじん切りにしながらグスグス涙ぐむ母。

 玉葱のせいなのか、それとも本気で私が異世界にでも行くと思ったのか、よく分からないけど、母はその後、わんわんと子供みたいに泣き出した。

 だけど、泣いてスッキリしたのか、その後はケロッとして、恥ずかしそうに頬を赤らめながら私を上目遣いで見つめてくる。


 母の身長140センチ、私は161センチ。母は、小さくて可愛らしいんです。

 この母のウルウル攻撃に勝てる人物は、家族の中で誰もいない。

 父は、このウルウル必殺ビームに瞬殺され、付き合って1週間でプロポーズをしたらしい。すごいぞ、母!

 とまぁ、これは余談だけど……。


 さて、母は、落ち着いた様子でポツリポツリと話し出した。


「ごめんねぇ、アケちゃん。ママったら、玉葱がしみていっぱい泣いちゃった。でも、もう大丈夫。アケちゃんが、異世界に行っても、ママもう泣いたりしないから!」

「………………」


 だから、何で異世界行き、決定?

 あ、そういえば、最近何かの本を読んでいたなぁ……まさか……。


「お母さん、今、どんな本を読んでいるの?」

「あら、アケちゃんも興味があるの? 異世界トリップファンタジーものよ。女の子がねぇ、異世界に行っちゃって、冒険をする話なの。これがとっても面白くてねぇ……。アケちゃんも読んでみる?」

「いえ、いいデス……」


 私の予想は当たっていた。

 どうやら母は、その異世界トリップものの本に影響を受けたらしい。


 この時、私はこれで納得したんだが……。




**********




 誕生日、2日前。


「なぁ、明海。もうすぐ、21だよな……」

「うん、明後日だよ」


 父の晩酌に付き合っていると、突然、感慨深げに口を開いた父。


「そうか、もう21になるのか……」

「?」


 少し寂しげに微笑みながら、ちびちびと酒を飲む父の姿に、私は首を傾げた。


 何か、今日のお父さん、おかしいぞ?

 仕事で何かあったのかな?


「リストラでもされたの?」

「何を言っている? そんな訳ないだろう」

「だったら、何で? 今夜はおかしいよ?」


 思わず問いかけると、父は小さく笑って軽く首を振った。


「いや、お前とこうして晩酌ができるようになって、いつまでこうしていられるかなぁ……とふと考えてしまってな……。子供はいつか巣立つものだ」

「お父さん……」

「なぁ、明海。万が一、どんなに遠く離れてしまったとしても、お前は私の大切な娘だ。どこにいても、お前が異世界にいたとしても、お前の幸せを願っている」

「はぁ……」


 ブルータス、お前もか!?

 おーい、お父さん、まさかにお母さんに毒された? 

 何だかんだといって、似たもの夫婦ってか?


「ねぇ、お父さん、その異世界って……。もしかして、お母さんから本を薦められて読んだりした?」

「ん? 本? あ、あぁ……少しな……」

「やっぱり……もう、異世界トリップものの本を読んで、お父さんまで、おかしな事想像しないでよ。もう、お母さんったら、ここ毎日、異世界の話ばかりで……」

「そうか、すまん」


 頭を掻いてどこか照れくさそうに笑う父であったが、ふと私をまっすぐに見つめると真面目な表情をした。


「明海、一つだけ言っておくぞ。長い人生、いつか、人生の岐路に立たされる時がくる。その時の選択を間違えるな。お前自身の人生だ。母さんと父さんの事は心配ない。後悔のない生き方をしてくれ。お前が幸せになることが、父さんの……いや母さんと父さんの幸せだ」

「…………うん」

「だから、遠くの外国に二度と会えないような辺鄙なところへ嫁にいっても何も問題ない」

「お父さん……」

「何だか、今日はしゃべりすぎたようだな……。どうやら、飲み過ぎたようだ。お前が嫁に行ってしまう事を考えてしまい……急に寂しくなったのが理由かもしれないな……」

「やだな、お父さん、安心して。まだまだ嫁になんか行かないから」

「そうだな……」


 父は私を見つめながら笑った。

 この時、父の何とも言えない笑顔が、ずっと気になっていたんだよね……。




**********




 誕生日、前日。


「ねぇ、アケちゃん、どうしても行かないとダメ?」

「ダメ」


 捨てられた子犬のような瞳で見つめてくる母に、負けそうになりながらも私は頑張った。


 マズい。目をみちゃダメ! そっと逸らして……。


「ママ、アケちゃんと一緒に誕生日のお祝いしたかったのに……」


 しゅんと悲しそうに俯く母。

 私は、努めて明るく振舞い、元気な声を出した。


「大丈夫、一日遅れても、誕生日のお祝い一緒にするから!」

「うん……そうね……」

「本当にごめん。このゼミの旅行だけはキャンセルできないの。単位がかかっているんだから」

「ううん、ママこそ、我儘いってごめんねぇ……。ママ、アケちゃんの生まれた時間、朝の5時に一緒にいたかったの。だけど、我慢するわ。その代り、旅行に行くならママのいう事を聞いてね?」

「うん?」


 にっこりと微笑んだ母は、大きなリュックサックをドンと取り出したのであった。

 結局、執拗な母のウルウル攻撃、母の泣き落としに根負けして、私は母と約束をした。


「アケちゃん、元気でね。ずっとずっと永遠に愛しているわ」


 ただの旅行なのに大袈裟に今生の別れのように、私は母に見送られた。

 でも、何となく寂しくなってふと振り返ると、視線の先には、寂しそうに悲しそうに微笑みながら手をふっている母の姿があった。

 私は、後ろ髪を引かれる思いで、友人の待つバス停へと足を進めた。




**********




 誕生日前日の旅行先。


 もう、あの大きなリュックサックを見た友人に、どれだけ笑われ呆れられたか。

 でも、私は、きちんと母との約束を守る事にした。


 後でバレたら、大変だからね。

 お母さんは、約束を破るコトは大嫌いなのよね。約束は守るものだと、教えられてきた。

 だから、私は、約束を破ったコト、一度もないの。


 旅館で、打ち上げみたいにビールを飲んで酔った中でも、私は、母の言いつけ通りに寝袋に入って寝た。もちろん、枕元へ大きなリュックサックを置いて。

 散々、友人たちには笑われ、大うけされたけど、そんなの気にならないぐらいに、寝入る時にはみんな酔っていた。


 酔っていたせいもあるか、朝までぐっすり寝入ってしまったわよ。



 これが、私の覚えているコト、全部。


 そうして、目覚めたら、異世界にいました?

 誰か冗談だと言ってー!


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