12 断じて私は寸胴ではありません!
えーっと、今、何て言ったんだろう……。魂や命をくれとか、妙なコトを言われたような?
うん、きっと私の聞き間違いだ。そうに違いない。だって、ここにいるのはみんな親切で友好的な猿もどき達なはずだもの……。
「あの、よく聞こえなかったのですけど……。もう一度、言ってくれませんか?」
絶対に聞き間違いだと思った私は、握られていた手を離し、耳の中に小指を入れて軽く回した。これで、耳がよく聞こえるはずだ。
目の前に威圧感たっぷりで立っているボス猿をじっと見つめてみるも、特に表情の変化はない。ボス猿は軽く頷くと、再び口を開いた。
『欲しいもの、ある。それは、あなたの持つ、タマシイ。お願い。イノチ、ください』
「オーマイガーッ!」
思わず、両手で頬を押さえた変顔で叫ぶ。
うっそー!? 聞き間違いじゃなかったの? 良いお猿さんじゃないの?
ショックを受けて戸惑う私に、さらにボス猿は追い打ちをかけてくる。
『あなたのイノチ、欲しい。仲間のみんな、それ、のぞむ』
何ですと!?
うわーっ、ここにいる猿もどき達がみんな、私の命を欲しがっているの?
もう、何を信じていいのやら、半ばパニックになりそうだ。
ボス猿の言葉を聞き、ハッと周囲を見渡すと、お風呂の残り湯を飲み終わったみたいで、いつの間にかこちらをじっと見つめている猿もどき達の痛いぐらいの視線がささった。それと同時に、頭の中に次々と声が響いてくる。
『イノチ……くれ』
『お前のイノチ、欲しい』
『イノチ、くれないなら、奪う、イイ?』
ひぃーん、命、くれくれって、怖いよー! 跳びかかってきそうだ。
お母さん、やっぱり私は異世界でも不幸体質みたいです……。ついているように感じたのは、どうやら幻でした。
シクシク……脱不幸体質、さようなら……。
猿もどき達にすっかり囲まれた私は、一見観念したかのように両手を合わせて目を閉じた。心の中では切羽詰まって南無南無と唱えてしまう。
すると、脳裏に能天気な笑顔で手を振る母の姿がふと浮かび、その瞬間、何故かムクムクとお腹の底から力がみなぎってきた。
くぅー、まだゲームオーバーじゃない。負けてたまるものかーっ!
私は、もとの世界へ帰るんだから!
閉じていた目をぱっと開けて、ボス猿を睨みつけると、ボス猿は目をパチパチさせながら首を傾げた。
『あなたの、イノチ、くれる……ダメ?』
「ダメに決まってるでしょ!」
ぎゅうっと両手を握りしめ、私は強気な態度にでた。途端に、ボス猿は、心なしか悲しそうな表情を浮かべる。
『そんなコト、言わない。お願い。イノチ、下さい。あなたのイノチ、必要、デス』
「お願いされたって、あげられません!」
『あなたのイノチ、全部欲しいチガウ。一つでいい。あなたのイノチ、一つ、下さい』
「ちょっと、何言って……。全部も何も……命は一つしかないわよ!」
『一つ、チガウ。 あなたのイノチ、6つある。あなた、タマシイ、6コ持っている』
「は?」
ちょっと待って……。ずっと命をくれくれって言っていたのは、私が命を6つもあるって思っているから!?
もしかして、異世界人って命を6つも持っているの? いったい、どういうコト? 心臓が6つもあるとか……まさかね……。
両胸両手両足に心臓を持つ異世界人を想像し、眉間に皺を寄せて唸っていると、周囲の猿もどき達の声が聞こえてきた。
『6コもある、1コぐらいクレ』
『1コもくれない、ケチなニンゲン』
『こころ、せまい』
『ドケチ、ある』
『頭、ワルイ』
『顔、ワルイ』
『ズンドウ』
「ちょっと、頭も顔も関係ないでしょ!」
誰が寸胴だ! こう見えても着やせする体質なんだから……。ちゃんと出る所は出て締まる所は締まっているのよ。
どさくさ紛れに勝手なコト言って、どの猿もどきだ?
周囲に群がる猿もどき達に殺気を向け、じろっと睨み付ける。その瞬間、一斉にパッと視線を逸らされた。すごい、どの猿もどきも、顔を右に向けている。視線を逸らしていないのはボス猿だけみたいだ。
ボス猿は、私の顔をじっと見つめたまま、落ち着いた様子で再び口を開いた。
『6コの中の1コのイノチ、だけでいい。お願い、下さい』
「だから、私はこの世界の人間じゃないから、6コも命、持っていないんです。一つしかない命をあげたら、死んでしまうの!」
『ナゼ、死ぬ? あなたのイノチ、ワタシにくれても、死なない』
「普通、命をあげたら誰だって死ぬわよ!」
『イノチ、手放す。生きる死ぬ、関係ない。あなた、ヘン。6コ、持ってるイノチ、ワタシ、知ってる。ナゼ、ウソつく?』
「変なのは、貴方たちよ! 私は嘘なんか、ついていません!」
『……イノチ、6コ、持ってる忘れた? キオクソウシツ?』
「誰が、記憶喪失よ!」
『……………………?』
「……………………?」
私とボス猿は一度口を閉ざし、お互いに顔を見合わせて首を傾げた。
何だろう。どうもおかしい。話していると、ものすごく疲れてくる。
いくら話しても、ドコまでも会話が平行線のような気がするというか……?
ちょっと、待って……。一度、今までの会話を整理してみよう。命をあげても、私の生死は関係ない。私は、6コの命を持っている。そのうちの、一つを欲しいと……ん?
「あれ? 6コ?」
何か、この数……記憶に新しいような……? 何だっけ?
ふっと、何かが脳裏をよぎったような気がしてうんうん唸っていると、またしても、周囲の騒めきが耳と頭に入ってきた。
『この、ニンゲン、本当に頭、ワルイぞ』
『そんなコト、言うダメ。キオクない。かわいそう』
『自分が、イノチを持っているコト、忘れている。頭、かわいそう』
『顔、かわいそう』
『ズンドウ、かわいそう』
「あー、もう、うるさい! 今、大事な事、思い出しそうだったのに、分からなくなったじゃないの。それに、誰が可哀想だ! 人の事、寸胴呼ばわりしている猿もどき、ココに出てこい!」
もやもやとしていた何かが閃きそうだったのに、それを猿もどき達に邪魔され、頭に血が上った私はぎろっと周りを睨みつけた。瞬間、猿もどき達は、素知らぬ顔で今度は一斉に左を向き、見事に視線を逸らしてくれた。
くぅー、こいつら……許さん。特に、寸胴猿もどきめ……。
頬がぴくぴく引き攣る。私を寸胴呼ばわりした犯人、もとい犯猿もどきを捜してやろうかと、きょろきょろ視線を動かしていると、突然、ボス猿が何か分かったらしくポンと両手を打った。
『ワタシのイノチとあなたのイノチ、チガウ。ワタシ、欲しいイノチ、あなたの持つ、魔石のコト。あなた、魔石、6コ持っている』
「ませき?」
一瞬、何を言われたのか分からず、きょとんと瞬きをする。だが、兎もどきを倒して手に入れたドロップアイテムがパッと脳裏に浮かんできた。
「あっ! 6コって、あの赤い石の事!?」
『そう、赤い魔石、コトです』
「なぁんだ、もう命、命っていうから、私、勘違いしていた……。食糧にでもされてしまうのかと思って……」
『ワタシたち、ニンゲン、食べる、しない。ニンゲン、襲わない。食べ物、木の実や野菜、魚。ニンゲン襲う、ワルイ、コトするのは、キーモント族。キーモント族、敵』
なるほど、凶暴危険な猿もどきは、キーモント族って言うんだ。確か、この猿もどき達は、キーモンタ族って言っていたっけ?
何はともあれ、今度こそ本当に、助かったってコトでいいんだよね……。
あれ、でも……
「何で、命が欲しいって言っていたんだろう?」
思わず、首を傾げながら小さくポツリと呟くと、私の言葉が聞こえたらしくボス猿がすぐに返事をくれた。
『ワタシたち、赤い魔石のコト、イノチやタマシイの石、と呼ぶ。それで、イノチと話していた。勘違い、させる、すまない』
「そんな、謝らないでいいです。それよりも、私の持っていた赤い石が必要なんですよね? 一つだけでいいんですか?」
頭を下げてくるボス猿に驚き、慌てて私は手を振り、話を戻す。
ボス猿は、私をまっすぐに見つめてコクリと頷いた。
『1コだけで、イイ、ジュウブン。あなたのイノチ、魔石、くれる、イイ?』
「えぇ、もちろん、いいですよ」
私がにっこりと返事をした途端、大きな歓声が上がった。周囲にいるキーモンタ族のみんなである。
『バンザイ!』
『やったーっ!』
『あ、りがとう』
『ズンドウ、いいやつ』
「おいっ……だから、私は寸胴じゃない! これでも、ボンキュッボンなの!」
ぎろっと横目で睨み付けると、パッと一斉に下を向くキーモンタ族のみんな。
寸胴キーモンタを捜してやろうかと思って群れの中へ入ろうとしたら、ボス猿が私の手を取り、何度も何度もお礼を述べてきた。
『あり、がとう。ありが、とう、大きく、カンシャ。本当に、ありがと、う』
「そんなにお礼、いいですよ。偶然、手に入れたもので使い方も知らなかったんですから……。それで、赤い石って、どういう物なんですか?」
兎もどきが落としていった赤い石。一体、どんなドロップアイテムなんだろう? こんなにキーモンタ族のみんなが欲しがっているぐらいだから、結構役立つアイテムなのかな?
私的には、テレポートできたり、空を飛べたりするアイテムだったら、嬉しいんだけど……。でも、赤い色だから、やっぱり火を出す魔法石なのかも……。
色々と想像している内に、私の手をゆっくりと放したボス猿は、歯を出して笑いながら教えてくれた。
『赤い魔石、イノチの石。どんな病気もケガも、なおす、イノチを助ける、魔石。呪い、され、打ち破る』