10 珍しい光景
今回は別視点の話です。
???視点
「こっちだ。で、どうだった? 何か見つけたのか?」
茂みをかき分けて進んでいくと、ちょうどこちらに向かってきている騎士団員数名に気づき、私は軽く手を上げた。
団員達も、こちらに気づいたらしく素早く走り寄ってくる。
「いえ、特には何も……」
「異常はありませんでした」
「自分も見ておりません!」
「そうか……」
口々に報告する団員達の言葉を聞き、私は眉間に皺を寄せた。
「妙だな……」
報告によると、トンアの新しい巣がかなり増えてきているという事だ。
どれも作られ始めたばかりの巣という話だから、早いうちに潰せば、トンアが増えるのを阻止できるのだが……。
これだけ手分けして探しているのに、何故、一つも見つけられない?
何かがおかしい……。
私は、嫌な予感を振り払うかのように軽く首を振り、目の前に控えている3名の騎士団員に声をかけた。
「取りあえず、先程の場所に戻るぞ」
「「「はい、団長」」」
これ以上の深追いは止める事にして、合流予定地へと向かう事にした。そこで、他の団員達の報告を一度聞いた方がよいだろう。
途中、トッビラやキーモンなどの魔獣と戦闘になったが、問題なく先に進めた。この程度の魔獣なら、前を行く3名の団員に任せても十分である。ちなみに手に入れた魔石は、青、緑、黄色をそれぞれ5個ずつ、魔石を落とさぬ魔獣もいる中、悪くはない数だ。
「そういえば、シアンを見かけたか?」
「いいえ、副団長とは一度も会っていません」
「自分も、会いませんでした」
「確か、独りで北の方角へ向かったと聞いたような……」
団員達の返事を聞き、軽く頷く。
まぁ、シアンなら心配いらないだろう。あいつはこの私と……俺と同じぐらい強いからな……。1体、2体のトンアなら軽く倒すはずだ。
「副団長なら、大丈夫でしょう」
「きっと、トンアを倒してしまいますよ」
「そしたら、今夜はトンア料理ですね」
「シアンの料理は不味いぞ」
「自分、知っています!」
歩みを進めながら、すっかりシアンの話題での雑談となってしまったが、そうしているうちに合流地点へと到着した。
既に集まっている団員達の人数を確認すると、どうやら全員無事に戻ってきているらしい。私は、被害のない事にホッと安堵したのだが……。
「団長、まだシアン副団長が戻っておりません!」
挙がってきた報告にぴくっと片眉が動く。シアンの事だから心配ないと分かってはいても、やはり少し不安を感じるのは否めない。不安な表情をする団員達もいる。
私は努めて表情を変えぬよう冷静に振る舞った。
「シアン副団長はいつもの事だ。問題ない。報告がある者だけ残り、後は野営の準備をするように……。以上だ」
いつものように淡々とした口調で告げると、団員達もみな安心したのか、それぞれに散っていった。私の前に、数名のみが並び立ち、順に報告をしていく。
「……です。では、自分も野営の準備に加わります。失礼します」
報告をした最後の団員が去って行った。
結局、トンアの有力な情報はなく、分かった事と言えば、トンアの巣ばかりでなくトンアを見た者が誰もいないという事だ。
やはり、怪しいな。
確か、今回のトンアの情報を挙げてきた者は……。
「シアンだ。あいつは、トンアの巣の事、誰から聞いた?」
「宰相です」
大木に寄りかかりながら腕を組んで呟くと、返事がかえってきた。
驚いた私は、背後を振り向く。
「シアン! 遅いぞ。何をしていた?」
「すみません。トンアと鉢合わせまして少々遅れました」
「トンアを見つけたのか!?」
「はい。はぐれトンアですが……」
こちらに近づいてくるシアンは、トンアをズルズルと引きずっていた。通常のサイズより、かなり大きなトンアである。これならば、倒すのに少々手間取るのも分かる。
「怪我はないのか?」
「問題ないですよ、団長。それより、今夜はトンアのご馳走です。ここは、私が料理を……」
「しなくていい! お前の独創的な料理は遠慮する」
慌ててシアンの言葉を遮る。シアンに料理をさせたら、強烈に不味いどんなものを作るか分からない。そんなものを食べたら団員達がみな、トンアと戦う前に倒れてしまう。なんとしても、阻止しないといけない。
「そうですか? 私のトンア料理、美味しいのに……」
納得できない表情で首を捻るシアンであったが、シアンの味音痴は我々騎士団内では有名な話だ。
だから、シアンが戻ってきたのに気付いた団員達が慌てた様子で素早く走り寄ってきた。
「シアン副団長、我々がトンアの調理をします!」
「副団長はトンアとの戦いでお疲れでしょうから、ゆっくりお休み下さい」
「我々が力を合わせて美味しいトンア料理を作りますので、任せて下さい」
シアンに料理をさせまいとする団員達の言葉が次々と飛び交う。団員達は必死な形相でシアンを見つめているのだが、当のシアンは、未だに何も気づいていないのか、感動した様子で目に涙を浮かべる始末だ。
「お前ら、本当に上司想いの良い部下だ。私は猛烈に感動しているぞ! ここは、お前らの優しさに甘えてゆっくりさせて貰うとしよう」
相変わらずの勘違い感激シアンは、目を閉じてじーんと感激したままである。そんなシアンには見えぬだろうが、団員達は返事をきくなり、ぱあっと明るい表情を浮かべていた。小声で口々に「助かった」と呟いているのが聞こえてくる。
団員達は、まだ感動中で固まっているシアンの気が変わる前に、そそくさとトンアを運んで行った。どうやら、今夜は美味しいトンア料理が食べられそうで何よりだ。
「みんな、ありがとう。この借りは、絶対に返すぞ。私のスペシャル料理でな!」
「そのスペシャル料理、私は遠慮しておく」
恐ろしい事を呟くシアンに思わず口を挟んでしまった私は、団員達に酷く同情した。
近いうちによく効く胃薬をみなにプレゼントしてやろう……。
「ところでシアン、いつまでそう感激している。いい加減、大事な話をしたいのだが……」
放って置くといつまでも感激しているであろうシアンに、私はいい加減、痺れを切らせて本題に入る事にした。
シアンはようやく我に返ったらしく、ハッと直立不動で敬礼をしてから真剣な表情になった。
「今回のトンアの件ですね……」
「あぁ、今宰相からの報告だと言っていたな。どういう事だ?」
「実は……」
私とシアンは暫く色々と話し合った。どうやら、今回の件は裏で糸を引いている者がいるらしい。おそらく、あの人の仕業だと思うが……。
だが、こんな森に騎士団を集めて何を企んでいる? 目的は何だ? 私を亡き者にしたいのならば、騎士団から離す事を考えるはず……。危険な森とは言っても、騎士団が大人数で来ているのだから、そうそう私に危害を加えられぬぞ。
にっこりと微笑むあの人の顔を思い出し、私は眉間に皺を寄せた。
とにかく、トンアの巣の情報が嘘ならば、こんな場所に長居は無用だ。念のため、はぐれトンアのいた北を見回ってから帰る事で、話は決まった。
「そういえば、キーモンに気に入られた子供を見かけたぞ」
森での出来事を話している内に、キーモンに運ばれていた子供の事をふと思い出した。
シアンは驚いた表情で私を見つめてくる。
「あの人見知りキーモンにですか?」
「あぁ、そうだ。キーモン達が随分と大事そうに担いで運んでいたな」
「それは、珍しい物を見たのですね」
「あぁ……」
私は、昼間見た光景を思い出す。
キーモンの群れに大事そうに運ばれていた子供。キーモンの手などに隠れてよく姿顔が見えなかったが、あの小ささからだとまだかなり幼いだろう。
そういえば、手を振っていたな。珍しい光景を見せて貰ったものだから、思わず手を振り返したのだが……。今頃、キーモン達に熱い歓迎を受けているに違いない。
もし、また会えるならば、あの人見知りキーモンとどんな事をして過ごしたのか、話を聞いてみたいものだ。