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9 ヨダレは大嫌いです

「気分はクレオパトラー……ふふふーん……」


 気分よく鼻歌がでてくる。

 本当にこんな森の中でお風呂に入れるなんて、夢にも思わなかったな。不幸体質の私には信じられないあまりもの幸運な出来事だ。凶暴じゃない優しいお猿さんもどきでよかったよ。絶対に餌認定されたと思っていたし……。

 本当に、異世界だから私の不運指数が減ったに違いない。


「……うん、絶対にそうだ!」


 勝手に自分に都合よく決めつけていると、突然、ボチャンボチャンと何かが投げ込まれた音が聞こえた。


「何?」


 今度はリンゴだった。赤くて艶々している美味しそうなリンゴだ。走り去っていく猿もどきの後ろ姿が見えたから、きっと投げ入れたのかもしれない。


「うーん、蜂蜜ミルクリンゴ風呂になったわ。どんどん進化していくよ。次は何かな? やっぱり猿もどきなだけに、バナナだったりして……」


 湯船にぷかぷかと浮かんでいるリンゴを手に取り、何となく可笑しくなってクスクス笑っていると、本当にバナナが投げ込まれてきた。


「うわーっ、本当にバナナだ!」


 丁寧に一本ずつに分けているバナナがリンゴと一緒に踊るようにプカプカと漂う。

 私は、本気で可笑しくなってきてぷぷっと噴き出して笑い転げた。


 それからは、凄かった。

 猿もどきが次々とやってきて、お湯の中に何かを入れていく。柚子、ミカン、イチゴ、人参、スイカ、トマト、きゅうりにナス?


「あれ?」


 何だか、どんどんお風呂にいれるものから離れていくような……? 異世界だからかな?

 それにしては、何かおかしいような……。

 気のせいだと思いたんだけど、何だかお湯の温度も上がってきているみたい。ちょうどいい湯加減だったのに、熱くなってきている。


「すごーく、嫌な予感がする。まさか……ね?」


 ふと頭に浮かんできた恐ろしい疑惑にぶるっと身体が震えた。熱いお風呂に入っているはずなのに、手足がすーっと冷えてくるような感覚がする。


 危険、きけん、キケン。今すぐここから逃げないとヤバいような……。


 私は、急いでこのドラム缶風呂から出ようとしたが、こっちに近づいてくる猿もどきがいたので、わざと何でもなさそうに平静を装って独り言のように口を開いた。


「あー、十分にあったまったし、そろそろ出ようかな……」


 だが、私のお風呂から出ようとする行為は、傍に駆け寄ってきた猿もどきによって止められた。


『ウキ、ウキキッ!』


 何を言っているのかよく分からないけど、おそらく「風呂から出るな」って言っているに違いない。

 だって、私が立ち上がったら、すぐに肩までお湯に浸からせるんだもの。

 私が再びお湯に浸かると、猿もどきは満足そうに頷いて、手に持っていた瓶を逆様にして数回振り下ろした。白い粉がパラパラとお湯の中に入っては溶けるように消えていく。

 私は、少し髪にかかったその粉をペロッと舐めてみた。


「塩辛い!?」


 それは、よく知っている調味料などに使われる塩であった。

 嫌な予感を打ち消したくて、私は塩の使い道をあれこれ考える。


 だっ、大丈夫……この塩もきっと、何か効能があるのよ。もしくは、何かのおまじない……とか?


 だが、猿もどきは、お湯に手を入れて軽く掻き混ぜた後、その濡れた手をぺろっと舐めながら私を見、ニンマリと歯を出して笑った。


『ウキャッキャッ』

「ひっ……」


 ぞわっと体中の毛が逆立つ。

 頭の中で点滅していた黄色の信号が赤に変わろうとした瞬間、ポタリと私の首筋に何かが落ちた。


 う、この感触には覚えがある……。

 嫌だ。振り向きたくない! 私の想像が当たっていたらこれは……。


 私は、ごくんと唾を飲み込むと、背後を確かめるべく固まった首を恐る恐る動かしていった。


「やっぱり……」


 嫌な予感は当たった。

 背後には、ボタボタとヨダレを垂らしている猿もどきがいた。思った通り、今落ちてきたのは、猿もどきのヨダレだったのだ。


 お母さん、ヤバいです! この猿もどきさん、凄く熱い眼差しで私を見つめています。どうやら私を欲しているようです。このままじゃあ、食べられてしまいます!

 良いお猿さんじゃなくて、凶暴なお猿さんの方だったみたいです。

 だから、死亡フラグがたっているんだってばー!


『ウッキ、ウッキ、ウキキ』


 猿もどきが突然、飛び跳ねながら機嫌よく踊り出した。まるで体操選手みたいに、ジャンプしては回転、しかも捻りまで入れている。


 これはいったい……? まさか、食事前の儀式とか?

 きっとそうだ。思いっきり運動してお腹すかせて、私をぺろっと食べる気に違いない。

 くっそー、大人しく食われてやるもんかー!


 猿もどきは夢中で踊っていて、全然こっちを見ない。だから、私はこの隙に逃げようと考えたのだが……。

 私がドラム缶風呂を立ち上がった瞬間、まるで監視でもしていたかのようなタイミングで大勢の猿もどき達が、一気に押し寄せてきた。気のせいか、みんな、目が血走っているように見える。

 怖くなった私は、ドラム缶を出れずに再びそのままお湯に浸かってしまった。


「ひぃー、怖いよ……」


 ぶるっと震えながら俯くと、集まった猿もどき達の騒ぎ声が耳に入ってくる。


『キキーッ、キャッ、キャッ!』

『ウキャッ、キャッ、キャッ』


 物凄く楽しそうだ。

 少しムカつき、様子を窺おうとちらっと猿もどき達に目を向けた。

 すると、猿もどき達は……踊り狂っていた……。


 これは……サンバ……?


 腰蓑のようなものをつけた猿もどき達が、腰を激しく左右に揺らして踊っている。

 唖然として猿もどき達の激しい踊りを眺めていると、どんどん踊りながらこっちに近づいてくる。私は、猿もどき達のあまりの迫力に、思わず顔を伏せた。


 ひえー、どうしよう。お母さん、本当の本当にピンチです!


 それでも、どうやって逃げようかと必死に考える。だけど、なかなか良い考えが浮かばず、そうしている内にさっきまで猿もどき達の声で騒がしかったのが、急に静かになった。

 ポタッポタッと雨の降り出したような水音が聞こえ、お風呂のお湯の水面にいくつもの波紋が出来る。


 うっ、こ、これは……!


 より熱く感じるお風呂の中で、冷や汗をかきながら私はゆっくりと顔を上げた。

 顔が恐怖で引き攣る。ホラーだよ、ホラー。

 目に入ったのは、ヨダレを流す猿もどきだらけ。


「いーやー!」


 辺り一面、私の大絶叫が響いた。


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