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8 お風呂は大好きですが?

 少し歩いていくと、私を追うように指示したあの大きな猿もどきのボスがいた。腕を組んで偉そうに立っている。

 私は少し緊張しながらそのボス猿に一歩一歩近づいていった。


「わっ、私を……こんな所へ、連れてきて……何の用が、あるんですか?」


 声が震えてしまったが、何とかボス猿に言う事ができた。

 ボス猿は、近くにいくと思ったよりも大きく、2メートルどころじゃなく、3メートル近くあるようだ。見上げるとかなり首が痛くなる。


『ウガー』

「なっ、何? やる気!?」


 突然、ボス猿の腕が振り上げられ、思わず私はファイティングポーズをとった。

 だが、構えた手にその拳が下りてくる事はなかった。

 ボス猿は両手を高く空に向かって掲げていたのである。


「え?」


 私は自分の目を疑った。ボス猿は私に攻撃をしてこなかったばかりでなく、いきなりその場で土下座をしたのだ。

 ボス猿が土下座をすると同時に、周囲の猿もどき達も一斉に土下座をした。両手を上げては何度も地面に頭をこすりつけ、まるで私を拝んでいるような動きを繰り返す。

 私は、何かされると思っていた分、ポカンと口を開き、その光景をただ無言で眺めた。


「えーっと、これって、どういうコト? もしかして、私……助かったの?」


 猿もどき達が攻撃してくる様子は全くない。逆に、私を何か崇拝するかのように拝んでいる。というコトは、餌認定じゃなかった!?

 私は、この猿もどき達が危険魔獣なのか違うのか確かめようと、ボス猿に向かって話しかけた。


「あの、土下座はもういいですから、私の、リュックを知らないですか? こうやって背中に背負っていたものですけど……」


 身振り手振りで教えると、ボス猿は後ろを振り向き、猿もどき達に何かを命令した。すると、1頭の猿もどきがリュックを手に持ってきた。

 ボス猿はリュックを受け取り、それを私に恭しく差し出してくれた。


「あ、ありがとう……」


 思わずポツリと呟くようにお礼を口にしながらリュックを受け取る。念のためリュックの中身をパッと確認すれば、荒らされた形跡もない。

 言う事を聞いてくれるなんて、本当に、この猿もどき達は大人しい魔獣の方?

 私はまだ少し迷いながら、目の前にいるボス猿をじっと見つめた。よく見てみると、その瞳は穏やかそうである。私を食べようとしているなんて、とても思えない。


『キーッ、キキッ』

『ウガ、ウガ』


 突然、猿もどき達の中から声が聞こえてきて、それにボス猿が何か答えた。

 すると、猿もどきが数頭出てきて、私を抱え上げた。


「きゃあっ! ちょっと、何!?」


 思わず手足をジタバタと動かすが、そんな事にお構いなしに、再び私は運ばれていった。

 大人しい魔獣だと思ったのは間違いで、本当の本当は凶暴な方? 一瞬不安が胸を襲うが、今度はすぐに下ろされた。


「えぇっと、もしかして、これって……?」


 数頭の猿もどきに囲まれ、私はそれをじっと見つめながら首を傾げた。

 目の前には、ドラム缶のようなものがあった。中から湯気が立っていて、おそらく、お湯だと思う。手をそっと入れてかき混ぜると、チャプチャプと波立つ音が聞こえた。


 うわーっ、お風呂だ!

 どう考えても、ドラム缶風呂みたい。手でかき混ぜてみると分かる。湯加減がちょうどいいから……。                                                                       

 でも、何でお風呂があるの? この猿もどき達って、猿だけにお風呂に入る習慣があるとか? あ、猿は温泉だっけ?


「あの、これってお風呂ですか?」

『ウガッ』


 私の問いかけにボス猿が肯定するように頷いた。そして、私を指差してからドラム缶風呂を指差す。


「このお風呂に入れって言っているんですか?」

『ウガウガ』


 ボス猿は大きく頷くと、おもむろに私を持ち上げ、そのままドラム缶風呂に入れようとした。

 私は、慌てて叫んだ。


「待って! 服を脱いでから」


 ボス猿はすぐに私を地面に下ろしてくれ、こくこくと頷いた。

 どうやらこのボス猿、実は優しいのかもしれない。

 森の中を歩き回って汗や泥で汚れているから、実際、お風呂に入れるなんてとても嬉しい。

 服に手をかけた私は、何百もの視線を感じて、ヒクッと頬を引き攣らせた。猿もどき達がみんなこっちを見ているのだ。何だか、お風呂に入りづらい。


「あの、一人でゆっくり入りたいんですけど……」


 遠慮がちにボス猿を見つめて言えば、理解してくれたのかボス猿は一声上げ、その場にいた猿もどき達みんなを引き連れて去っていった。


「うわっ、本当に言うコト聞いてくれたよ」


 ポツンと独り取り残された私は、猿もどき魔獣大移動をポカンと眺めた後、服を脱いでドラム缶風呂に入るのであった。


 ドラム缶風呂とは言っても、私が知っているドラム缶とは少し違う。缶のサイズが大きいのだ。高さはほぼ同じだけど、妙に円の面積が広い、つまり底面である円の直径が長い、ドラム缶だ。

 だから、足を伸ばして入れるほどゆったりとしていて、二人ぐらい楽々入れそうな広さである。


 あー、生き返る……。

 やっぱり、お風呂はいいよねぇ。


 じゃぶじゃぶと顔を洗い、お湯に浸かりながらうっとりと目を閉じる。

 兎もどきと闘ったり、熊もどきと追いかけっこしたせいか、慣れない異世界で、思ったよりも身体は疲れていたらしい。

 ゆったりと入るお風呂の気持ちよさに、自然と吐息が漏れた。


「はぅ……。んー、このまま寝ちゃいそう……」


 欠伸を噛み殺しながら首を前後左右にゆっくりと動かし、手足をぐぐっと伸ばす。すると、パキッと小枝を踏みしめた音が背後から聞こえてきた。


「誰?」


 パッと目を開いて振り向くと、数メートル先ぐらいに少し小柄な猿もどきがいた。こちらにゆっくりと近づいてくる。

 その猿もどきの両手には、何やら木でできている桶みたいなものがあった。ちゃぷちゃぷ水音が聞こえてくるから、お湯でも入っているのかもしれない。


「お湯でも足しにきてくれたの?」

『ウキッ、キキッ』


 すぐ傍まできた猿もどきは、首を振って返事をかえし、私が桶の中身を確認するよりも早く、その中身をドラム缶の中へと注ぎ入れた。

 その瞬間、透明なお湯が白色に染まった。


「え? 何これ?」


 両手ですくって匂いを嗅ぐと、それは覚えがあるというかよく知っている匂いだった。毎朝飲んでいる、牛乳を薄めたような匂い。


「ミルク……?」

『ウキッ』


 ポツリと私が呟けば、猿もどきが頷きながらもう一桶、中へ注ぎ入れた。より一層牛乳の匂いがはっきりとしてくる。


「ありがとう、ミルク風呂にしてくれたのね」

『ウキッ』


 思いもよらないミルク風呂へのレベルアップに嬉しくなり、笑みを浮かべてお礼を言うと、猿もどきは照れた様子で頭を掻きながら去っていった。


「うわーっ、肌がすべすべになる感じがする。少しは綺麗になるかな……?」


 顔や腕に刷り込むようにしながらミルク風呂を堪能する。家で入ったお風呂よりも濃いミルク風呂だ。


 まさか、異世界にきてすぐにお風呂に入れるなんて、しかもミルク風呂だなんて、思いもしなかった……。珍しく、ついている感? もしかして……私、少し不運度が減った? 異世界だから、運がよくなったのかな? だったら、嬉しいんだけど……。

 それにしても、猿もどきもお風呂に牛乳を入れるなんて、ミルク風呂によく入っているのかな? なんて頭のいい猿もどきだろう。この世界の魔獣って、みんな頭いいのかな?


 いろいろと考え込んでいたら、再び、さっきの猿もどきがやってきた。今度は瓶のようなものを手に持っている。


「今度は何?」


 瓶の中身がお風呂の中へと注がれた。途端に甘い香りが鼻をくすぐる。美味しそうな匂いだ。無性にパンケーキが食べたくなってくる。


「これは、蜂蜜?」

『ウキッ』


 よく知っている甘い香りを嗅ぎながら首を傾げると、猿もどきがコクコク頷いた。


 あれ? 蜂蜜も肌にいいんだっけ?


 蜂蜜の効能を思い出そうと考えているうちに、猿もどきは再び去っていったのだが、その猿もどきとすれ違いに別の猿もどきがやってきた。

 今度は何の用だろうと、黙って猿もどきの動きを見る。

 すると、その猿もどきは、ドラム缶風呂に手を突っ込んでお湯を軽く掻き混ぜた。そうして、お湯から出した濡れている手をペロッと舐めれば、ニィッと歯をむき出しにした笑みを浮かべ、スキップをしているような足取りで去っていった。

 私は、猿もどきの後ろ姿を眺めながら大きく首を傾げた。


「何だったの?」


 蜂蜜を入れたから、ミルク風呂の味を確かめにきたんだろうか?

 でも、薄くて味なんかないと思うけど……。ほとんどお湯だと思うし……。

 試しに、手に掬ってお湯をぺろっと舐めてみた。


「!?」


 とてもビックリした。お湯の味だと思っていたそれは、蜂蜜ミルクの味がしたのだ。

 とっても美味しい。これなら、舐めたくなっても仕方がないと思う。

 あの量でこんなに美味しい蜂蜜ミルクになるなら、こっちの世界の牛乳と蜂蜜って、物凄く濃いのかな? 

 何はともあれ、ラッキー! 蜂蜜ミルク風呂なんて、ゴージャスだよね。


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