清い心
盗賊や蟲に襲われることもなく、日も落ち始める頃には山道を抜けて壁に囲まれた町に到着した。壁に囲まれているのは外敵から人々を守る為だろうか。
「何者か?」
門の衛兵に呼び止められ、二人は立ち止まって様子を窺う。二人いる衛兵の防具は、鎖帷子と頭に被る鉄帽子。鎖帷子は着脱が容易な鉄製防具であり、形状には半袖や長袖など衣服のようにバリエーションがある。
「旅人の護衛だ」
「用件は?」
「宿と食事です」
「よし、入っていいぞ。馬鹿なことはしないようにな」
「…………」
衛兵は無愛想な顔を見せたが、ラガク達は門を抜けて町に入った。町並みは簡素としたもので木製の家々に、石で建築された城が見える。人々以外にも家畜が歩き回っていて道路は綺麗とは言えない。
「凄く見られてる気がしますね」
「珍しい髪色だからだろう」
「その鎧も目立ってますよ」
この鎧も目立つだろうが、ミサナギの髪色も同様だろう。被り布をしていても隙間から見える髪は、光に照らされて美しく、色合いも変化が感じられた。瑠璃色とは紫色を帯びた紺色を指すが、表現は瑠璃色というに相応しい。
「そんなに見ないでください」
「……すまない」
言われてから気付いたが、見とれていたようだ。彼女のような者は自身にとって好みであり、勝手に意識をしてしまう。
「アハアハ。見とれていたんですか?」
「違う。綺麗な髪だと思ってだな」
「お世辞でも、嬉しいです」
彼女を見ていると警戒心が緩む。ころころ笑う彼女の瞳には、影が隠れているように思えた。衛兵は何を気にしていたのだろう、この辺では見かけない格好だからか。彼女も疲れているだろうから、宿屋を見つけて休憩しよう。
殺しは良くないとミサナギは言い、自身も殺しは良くないと思う。しかし、彼女の応答は探求して出した答えではないだろう。
「…………ラガクさん」
矛盾――人々が生きていく為に生を奪い、糧を獲るからだ。殺しはいけないことではない。
「……ラガクさん」
人殺しも同様だろうか。人々の掟でも禁止されており、人殺しには重罪になる。大抵は死刑か、それに準ずる処罰だ。それは掟や法で決定され、その下で執行される。
「…………ラガクさん?」
死刑ならば、人殺しと変わりはしない。それを実行する者も人殺し。決定を下す者達は眼を背けているにすぎない。
「…………」
人殺しが良くないのは、罪を背負って生きなければならないからだ。罪は心を蝕み、人を狂わせ、哀しみを生む。だからこそ、殺しは良くないし、これを当たり前と言える彼女に感動する。
「ラガクさん!」
「!?」
狭い部屋の出入り口には、ミサナギが立っていた。借りた狭い部屋は一人部屋であり、彼女は別の部屋を借りている。寝る為に敷かれている布団だけで占領され、荷物を置けば足の踏み場もない。天井だけは、立っても頭を打つことは無い所は素晴らしい。
「日記を書いてるんですか?」
「そんなものだ。何時からそこに?」
用箋挟を背嚢に入れ込み、油断したと思いながらミサナギの瞳孔を確認する。
「さっきからです」
「中身を見たのか?」
「……いいえ」
彼女の瞳は真っ直ぐと眼を見ていたが、少しは文面を読まれた思うべきだろう。
「誰に宛てた手紙ですか?」
「……自分自身に宛てた手紙だ」
嘘と本当を交ぜて誤魔化し、彼女からの追求を免れる為に別の話題に差し換えていく。
「それで、何かお困りか?」
「どうしたら、ラガクさんみたいに強くなれますか?」
「…………」
胸に問いかけてみれば、自身は強くはないだろう。戦闘技術は独学であり、経験からして強者には勝てない。それでも、心中に思い続けていることがある。
「スティール・ハート、鋼の心。つまり、志を背負うことだと思う」
「志を背負う……」
「他にも強くなる術はあるだろう。何か目的でもあるのか?」
「…………」
「……話したくないことなら、話さなくてもいい」
深追いしすぎだな、目的を知ったところでどうする。彼女を手助けできるとは限らない。だが、彼女の為になら命を賭けることも厭わないし、志に覚悟を決めることもできるだろう。
「その……ごめんなさい」
勇気があれば、彼女の目的を聞くことができたのだろうか。鋼の心を自負していても自身には聞くことは叶わないだろう。
「…………」
立ち去るミサナギの後ろ姿は恋しく思え、心を覆う鋼にすら傷を付ける。自身の心は強くはない。