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淡い小さな希望

 逃げることはしなかった。それは強くなる為――いえ、彼が逃げないから。彼は怖くはないのか。

「ラガクさん。怖くはないんですか?」

 外に出ていったラガクに疑問をぶつけてみる。それは彼の背中に期待を込め、震える心に勇気をもらえる気がして。

「……怖いのは鋼の心、スティール・ハートを貫けないことだ」

 建物の外に出れば蟲はこちらに気付いたようで、鎌腕を横に大きく広げて威嚇している。

「……ラガクさんらしいです」

「いいか、ミサナギ。もし、蟲に俺がやられたら逃げてくれ」

「そんな……できません」

 そんなことしたくない、それに私は貴方に何もしてない。

「心強いな。だが、これはお願いだ。頼む、叶えてくれないか?」

「ラガクさん。ズルいと思います……私は貴方に二回も助けられているのに、私は何も返していない」

「素晴らしい心意気だな。何も返す必要はない、人として当然のことをしただけだ」

「どうしてラガクさんは、そんなに強くてカッコいいんですか……」

「最高のほめ言葉だ」

 彼は手に構えた楔斧を片手に、近寄って来る蟲を見ていた。ラガクは鎧の音を響かせながら、私から離れていく。蟲は音に反応するように鎌腕を振り上げ、八本の脚で横歩きで追う。

「いいかッ! 必ず合図を待てッ!!」

 合図を待つ間にも、彼は蟲の鎌腕を弾きながら移動している。心配と苛立ちが募るばかり、落ち着かなくて動かずにはいられない。


 蟲は鎌腕を折りたたみ、突然ラガクは転倒する。そのまま鎌腕を広げ、押さえ込まれてしまう。

 私は矢を放ち、蟲に体に突き刺さる。しかし、襲いくる顎を止めることはできない。

「ラガクさんッ!!」

 続けて矢を放った矢も刺さり、さらに矢を射る。そこで掴み上げた彼を放り投げ、鎌腕を振り上げて威嚇。

「私はここよッ!」

 放り投げられたラガクに眼をやれば、膝をついて立ち上がるところだ。心の中で落ち着き、蟲の動きに注意を払う。

「怒ってる……!?」

 蟲は体の後ろに付いた、太く大きな尻尾を、サソリのように反り返した。それは威嚇というより、憤怒のようで尻尾を揺らす。

「ウ……」

 右手で鼻と口を隠すが、鼻孔を突き抜けるようなにおい。矢をつがえようにも、このにおいの刺激は致命的――。


「ミサナギッ!!」

 身体に伝わる衝撃、それは浮き上がるような感覚。背中の背嚢を押し潰し、顔のすぐ隣に鋭利な鎌腕。頬の小さな痛みより、眼に入るのは大きな顎と口。

「アッ……ああ……ッ!!」

 起き上がろうしたが、上手くいかない。どうして、早くしないとやられる。動いてよ、食べられたくない。死にたくない。

「アッ! ッ……!!」

 顔を隠す両腕を顎は容赦なく、噛み付いて削ぎとるように振り回す。血が飛び散り、鉄錆びのにおいが鼻孔に広がる。

「……ッ!!」

 遠退く意識の中で私は覚悟し、彼のことを思い浮かべた。






 それは淡く小さな希望――。





 鉄錆びのにおいと身体が大きく揺れ、荒い息づかいに声。それは優しい、言葉と発音だった。

「ラガ……クさ……ん?」

 私はよく見えない眼と上手く動かない手で探す。そうすると、布地越しに握ってくれた。温もりはわからないけど、安心して心地よく落ち着ける。




 眼が覚めた時には、ラガクは居なかった。切ない気持ちとあった出来事を思いだそうとしたが、ほとんど覚えていない。

 両手に巻かれた包帯に布団の温もり、美味しそうなにおい。顔の隣に置かれた包帯や瓶、折り畳まれた着物や袴。

「…………」

 下着すら着けていない、これは落ち着かない。何より、ここは何処だろう。もしかして黄泉の国か、それなら私は死んでるか。

「ん……」

 腕や顔に胸を触って感触を調べ、意識を集中して心の音を確かめた。生きているし、身体は少し重かったが大丈夫だろう。

 手早く下着とさらしを身に付け、折り畳まれた着物を手に取った。手触りに肌触りも違い、新しい着心地。

「これ……上物ね」

 帯を結び終え、袴を穿いて身だしなみを整えた。鼻に付いた傷は消え、新しく頬に傷の感触。




 彼のことは忘れることはない。ラガクと名乗る者は、私の心に残り続けるだろう。それは永遠の別れかも知れないし、いつか出会えるような想いから。

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