その6(最終回)
クソ、女房と家政婦はそういう仲だったのか・・・!
私が研究室で仕事をしているその時、同じ屋根の下でこの二人は・・・。
全く気がつかなかった。
なんて、私は・・・。
御人好しなのだ・・・。
「馬鹿な事は止めろ」と言い、私は妻を右手で殴った、つもりだった・・・。
しかし、妻は私の右手を楽々よけた。逆に妻の足払いで、私は車の運転席に倒れ込んだ。
倒れ込んだ拍子に、運転席と助手席の間に置いてあった私のカバンから何かが飛び出した。
急に、猛烈にな眠気が私を襲った・・・。
コーヒの中に睡眠薬が入っていたのに違いない・・・。
ただ、私が妻を殴り損ねたのは、睡眠薬のせいでない事は明らかだった。いつの間にか、妻は強くなっていた・・・。
妻の顔はきりりと引き締まり、ぞっとするほど冷たく、美しくなっていた。
私にようやく、状況が飲み込めてた。
私に“自殺してもらう”と言ったのも悪い冗談ではなく、本気なのだ。
妻と家政婦は、研究に行き詰った私を自殺に見せかけて殺し、私が残した財産で二人、これから“面白、可笑しく”暮らして行こうというのだ。
女の言った“お楽しみよ”は私への皮肉だったのだ!
「眠い!コーヒの中に薬を入れたな?」と、私は言った。
「今頃、気づいてももう遅いわ・・・。
あんた(妻は私を“あんた”と言った)は知らないだろうけれど、私、カルチャー・スクールではなくて空手を習っていたの。
あんたは私に興味がなくて助かったわ!」
「私を殺したら、警察の捕まるぞ」今の私には、そう言うしかなかったが、その声が恐怖で引き攣っていた。
「心配しないで」と、妻が言った。「友達が、私と彼女のアリバイを証言してくれるわ。
・・・。
それに、もうあんたとは一緒にいられない。あんたと同じ空気を吸うと思うと、ぞっとするわ!
あんたと一緒にいるくらいなら、刑務の中の方がましよ」
妻が私をそんなに嫌っていたとは、全く気づかなかった・・・。
私には、もう体の自由が全くきかなかった。“死”が確実に近づいている事は確かだった。
その時、先ほどカバンから飛び出した物に気づいた。
それは“愛のドップラー効果測定器”一号機だった。
ディスプレーは真っ赤に忙しく点滅していた。
すっかり忘れていたが、数日前、試しに私が私と妻の間を測定させるため作動させたのだった。
「危険!危険!
あなたの奥さんは、あなたに根深い殺意を抱いています!危険です、注意してください!
平成二十×年×月×日 午前十時××分」
“平成二十×年×月×日 午前十時××分”は、私がこの“愛のドップラー効果測定器”を作動させてわずか三十分後だ。
あの木端役人は、“愛のドップラー効果測定器”が精度の問題があり特許を認めるのは難しいと遠まわしに言ったが、今、私と私の妻の間で“愛のドップラー効果測定器”が正しい事が証明されたではないか!
「私の最高傑作の発明品“愛のドップラー効果測定器”が、お前の殺意を五日前に警告している!
やはり、“愛のドップラー効果測定器”は私の最高傑作だ!」と、私はその時の精一杯の歓喜の声をあげた。
「ここまで来ても、この男はこんな事を言っている。なんて馬鹿なの!」と妻が言うのが遠くに聞こえ、私もその通りだとぼんやり思った(妻の意見に私が頷くなんて、何年ぶりだろう?)。
そして、私の意識は完全に途絶えた・・・。