その5
女は私の車の助手席に座ると私に指示して、私が全く知らない山道へと案内した。
女に案内され、私の車はどんどん山奥へ入っていった。
「こんな山奥には、あれの目的がある者しか誰もこないわ」と、女は言い笑った。そして「お楽しみよ」と続けて言った。
女が言った“お楽しみ”の意味が、セックスの事ではないような気がふとした・・・。
でも、それは何?
単なる、気のせいだろうか?
それにしても、この女は何者だろうか?
山道が突き当たった場所は、車が二・三台止められる空き地になっていた。
私が車を止めると、女はバックから水筒を取り出し「あれの前に、これを飲んでリラックスしましょう」と言い、水筒の蓋にコーヒを入れ私に渡した。その時、どういう訳か女は手袋をしていた。
それに不思議な事に、その水筒は何時も私が使っている水筒と同じだった。同じ水筒くらい世の中にいくらでもあるだろうけれど、水筒のボディーの汚れまで一緒という偶然なんてあるのだろうか?
そんな疑問を持ちながら、私は女に進められるままコーヒを飲んだ。
コーヒを飲み終え私が水筒の蓋を返しても、女は意味深な笑いを浮かべるだけで自分では飲もうとしなかった。
その時、人が近づく気配がした。
驚いた事に、そこに妻が立っていた。
女が言っていた“お楽しみよ”とは、この事だったのだろうか?
この時間には、妻は友達と映画を見ているはずだ・・・。
妻と何時の間にか車を降りていた謎の女が並んで立ったのを見た時、ようやく謎の女の正体が分かった。
女は家政婦だったのだ。
どこか、見覚えがあるのも当然だ。めったに見た事がなかったにしても、三年間も雇っていた家政婦に気づかなかったなんて、私は・・・。
「どうして、お前がここにいるのだ?」私は車を降り、やっとそれだけ言った。
「あなたこそ、どうしてここに来たのよ?」と、妻が言い皮肉な笑いを浮かべた。その顔は、ぞっとする程きりりとしていた。
「旦那、全然、迷わなかったわよ。私にホイホイついて来た。
髪型を変え眼鏡をかけて変装はしたけど正体が、何時ばれるか心配した。でも結局、最後まで気づかなかった。あんたの旦那は利口ぶっているけど、とんでもない馬鹿だった」と、謎の女、いや家政婦が言った。
“『馬鹿だった・・・』
過去形!
確かに家政婦は過去形を使った!
どういう意味だ?単なる言葉の綾だっろか?
それになぜ、女二人は私をここに連れ出したのだ?私に何をしようとしているのだ?”
私には二人の女の考えが分からなかった。
「これは、どういうことなのだ?」
「私達二人で一緒に住む事にしたの。
邪魔なあなたには自殺してもらう。“あなたが研究に行き詰っていた”と、説明するわ。
ただ、あなたの遺産は使わせてもらうから安心して」
そう妻が言うと、家政婦の女と見つめあい意味深な笑いを浮かべた。
「奥さんは私が幸せにしてあげるから、安心して自殺して」と、家政婦が私に言った。