その2
「これに、お前の声を録音してくれ!」と、私は言った。
「これ、何?」と、妻が言った。
「説明しても、お前には分からない」
私はいら立って言った。私は無駄な時間を過ごす余裕などない。それも、これもこの愚かな妻のためだ。「お前は、お前の声を録音してくれればいいのだ・・・!」
私は、企業や大学、研究所等の組織に属さず、個人で発明活動を行っている「個人発明家」だ。
特許を利用して収入を得る方法としては、主として、特許を使った製品を自分で生産・販売する方法(自己実施)と、他者に特許を実施させてライセンス料を得る方法とがある。個人発明家は、通常、生産設備を持っていないので、ライセンスによって収入を得る場合が多く、私もそうである。(*)
「分かったわ・・・」と、妻が言った。
一瞬、妻の顔が歪んだような気がした。それに、妻の体が、いつの間にか引き締まったような気がした。
でも、私はそれを否定した。
そんな事はあり得ない。 妻は私の言いなりにするしか生きて行けない愚かな女で、本人も充分それを理解しているはずだ・・・。
「これ、どうすればいいの?」妻は、私の最高傑作“愛のドップラー効果測定器”を手にしたまま、まごついていた。
本当に愚かな女だ!
私は肩をすくめ、妻の手から“愛のドップラー効果測定器”から取り上げ、録音ボタンを押してから、手近にあった新聞記事を示した。
妻が新聞記事を読み終えると、私は“愛のドップラー効果測定器”を取り上げ、録音停止ボタンを押し、その後詳細を設定をした。
“愛のドップラー効果測定器”のディスプレーには、
“対象1および対象2の声紋を記録し、詳細設定が終了しました。
測定開始:1 一時中断:2”と表示されていた。
私は「1」を押した。
ディスプレーに“システムが始動しました!”と表示され、五秒後に“システム作動中”と表示された。
私はそれを確認して、“愛のドップラー効果測定器”を何時も持ち歩いているバック(財布や免許証、携帯電話や思いついたアイデアを書きとめるメモを入れておく)に放り込んだ。
そして、私は迂闊にもこの作動状態の“愛のドップラー効果測定器”の事を忘れてしまった・・・。