その1
私はそれに単三電池を二本入れカバーをセットし、スイッチを入れた。
ディスプレーに「システムチェック中」と表示された。
五秒程で
「システムが正常に作動しています。
被験者Aの声を十秒録音してください。“録音開始:1 録音終了:2”」と表示された。
私は個人発明家だ。
もちろん、私の発明品が全て成功している訳ではないが、私は地元の税務署が発表する長者番付常連者である。
それに私は、ユーモアも解する男である。
その事は、これまで私の最高傑作である今回の研究成果品に付けた“愛のドップラー効果測定器”というネーミングに表れている・・・。
私は新聞を左手に、右手で「1」キーを押した。
手近にあった新聞記事を読んだ後、細かな設定をした。
“さて”と、私は呟いた。
対象者(被験者B)を誰にするか?
女房?
女房は私がいなければ何も出来ない女で、家事も満足に出来ないので大部分を通いの家政婦に任せている。それに、妻はちょっと変わった事があると対応できない。例えば台所の蛍光灯が切れても、一人では交換できない。
家政婦がいなければ、その度に私は呼び出されため、研究を中断してなければならない。
家政婦・・・?
ところで、家政婦の名前は何と言った・・・?
妻とほぼ同じ年齢で妻が見つけてきた家政婦には三年前から来てもらっているが、私はほぼ一日中研究室にいる事もあって、数度しか会っていない。そんな事もあってか、名前が思え出せない。
まあ、いい。そんな細かい事は・・・!
私は、妻にお金の事で苦労させた事はない・・・。
何かは知らないが、妻はカルチャー・スクールにも通っている。エステにも通っている。
妻は、私がいなければ生きて行けず、贅沢もできない・・・。
だから妻には、私に口答えすらする権利がない。実際、私の言いなりの従順なだけが取り柄の愚かな女だ。
そんな女を、私のこれまでの最高傑作“愛のドップラー効果測定器”の対象者とするのは、ちょっと勿体ない気もしたが、研究以外にこれといった趣味もなく、一年三百六十五日ほとんど研究室にこもりきりの私に妻以外に話す人間もおらず(私は嘗て大手企業の研究所に勤めていたが上司や同僚との折り合いが悪く、十年くらい前に、そこを辞め退職金や親が残してくれた財産で個人研究室を開設した)、結局、妻にするしかなかった。
「ちょっと、研究室に来てくれないか!」
私はコードレス電話で、居間で海外ドラマを見ていた妻に言った。
「なぁに~」と、研究室に入ってきた妻が甘えた声で言った。
「新研究品の実験を手伝ってくれ」と、私は言い“愛のドップラー効果測定器”を妻に渡した。