零ノ四 暦×時任先輩=胃薬切れ注意
みなさまわかっていると思いますが、零樹くんは苦労人です
時任先輩が俺の教室に来た次の日、俺と時任先輩、そして暦が三角関係にあるという噂が流れた。
全く不名誉なことを吹聴するやつがいるものだ。
断じて違うと言わせてもらおう。
どこの世界に義妹と三角関係になるやつが居るんだ。……そりゃあ、二次元の世界にはわんさかあるんだろうが、ここは三次元。現実はそういかないんだよ! 義妹と恋愛なんてごめんだからな!
にしても俺と暦がペアで騒がれていることに(不本意ながら)馴れているとはいえ、時任先輩を巻き混んでしまったのは若干の心苦しさを覚える。
にしても、なんであんなにも暦と先輩が仲悪いのか。
いや、別に仲が悪いことじたいは俺は否定することはない。世界に人間はごまんといるんだし、反りが会わないのは必ずいるだろう。
問題なのは、その仲が悪い二人が俺の知り合いだということだ。しかもわりと身近な存在。俺を間に挟んだ喧嘩はやめていただきたい。精神がガリガリ削れる。
そんな俺にとって過酷とも言える環境下でのテスト勉強はつらいものがあった。
暦に時任先輩との勉強会がばれた時は、すごい剣幕で説教されてものすごく辟易した。
暦曰く『どうして兄妹どうしなのだからもっと頼らないのか』、『どうして血も繋がってない赤の他人をあてにするのか』と。兄妹の関係を越えようとしたり、俺と血が繋がってないやつがよく言うよ。
確認するわけではないが、暦と時任先輩の相性は最悪のようだ。
暦はちょっとでも時任先輩関連の話題を出すものなら、両耳をふさいで『ア~!』と声をあげる始末。そんなに聞きたくないのか。
時任先輩も時任先輩であの昼休み以来暦に敵対心を持ったようだ。
休み時間に俺と暦が二人でいる時にひょこっと出てきて暦を刺激したり、帰りに待ち伏せして一緒に帰ろうと誘ってきたり。
明らかに俺ら兄妹に干渉しようとしている。なんというか、俺と暦の距離に隙間を作ろうとしている、ような気がする。
あくまで推測だけど、そんな気がしてしまう。
まあ、邪推なんだろうけど。
それと時任先輩のことだけど……、俺はどうやら認識を改めた方がいいのかもしれない。そんなことを最近思う。
先輩は時々、会話の中にまあなんと言うか、おかしな単語が交ざることが増えてきた。
例えば転生とか、前世とか、異世界とか、運命とか、メビウスの輪とかそういう感じの単語を……。
まあ、平たく言えば、先輩は頭の中がちょっとメルヘンチックな方だったのだ。
………………どうしてこうなった!
やはりあの昼休みの言い合いで変なものが暦から感染してしまったのだろうか。もしそうなのなら兄妹を代表して謝罪しなくては。
と思って部活外でも時任先輩と仲がいい先輩に話しを聞いてみると、
「ああ、九紫のイタイ子発言? よくあるよくある。でもそれって君を気に入ってる証拠だから喜んでいいと思うよ。初対面レベルの人とじゃまず出てこないし。モテモテだなコノヤロー」
話してくれた先輩は常に文末が『(笑)』で終わるような人で、そんな高めのテンションに若干気後れしたけれどどうやらあれが時任先輩の素らしい。
やましい気持ちではなく純粋に先輩と仲良くなりたかった俺としては嬉しい限りだが、会話の中に意味不明な単語が並ぶ時点で暦にするような対応をしなくてはならないため非常に疲れる。
まるで女兄弟が増えたような感覚がする。時任先輩は元から姉属性を完備してるけど。
そんなある意味大物が傍にいる環境下で、俺はよく自力で勉強ができたと思う。
あてにしていた時任先輩にも頼り辛い状況になり、もちろん見返りが怖いので暦からは勉強を教わるわけにはいかないから仕方ない処置だった。
テストの結果は…………、まぁ、赤点はとらなかったよ。大していい点数もなかったが。
強いて言うなら現代文が平均より上だったが、他のはどれも平均ラインだ。
ちなみに暦のやつは全ての教科で95点以上の点数を取り、学年トップの成績を納めた。
俺としては別に驚くことではなかったが、いつか暦よりも上の点数をとれるやつが出てきて欲しいものだ。負かせて欲しいというわけではないが、あいつが悔しがる姿も見てみたい。最近見てないからな。え、俺? むりむり。
ちなみに時任先輩は一位には及ばずとも上位に名を残していた。
……素直に教えてもらえば良かったか?
まあ無事にテストも終わったことで、テスト準備期間には中止となっていた部活も再開され、まぁ慌ただしくも穏やかな日常が戻っくるのではないかと期待してみたり。
でもやっぱり現実はどうにも俺の予想の斜め上を掠めるようで、神様とやらは楽観的な考えを持たせてくれないらしい。
あぁ、憂鬱。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「兄さ~ん。部活手伝いに来たよ」
「あなたにできることなんて何もないのよ。おとなしく帰ったらどうかしら」
……まったくもうどうしてこの二人は顔を合わせる度に口喧嘩してしまうのか。
せっかくの部活の楽しい雰囲気が台無しじゃないか。
「…………どっちが勝つと思う?」
「私は妹ちゃんの方かな~」
「いや、この場は有里妹にはアウェーだし時任先輩の方が上手じゃね?」
他人事だと思いやがって!!!
バンドメンバーは各々(おのおの)の楽器を置いて椅子に腰かけ、先輩と暦のやり取りを観戦している。
そっちに行きたい気持ちはあるが、残念、俺は当事者のためこの二人から離れるわけにはいかないし最悪状況の鎮静をはからないといけない。
てか顔を合わす度にいがみ合うと言うなら、わざわざ近付かなきゃいいのに。
今も軽音とは無縁の暦がバンドの練習に来てるし、時任先輩だって休み時間はしょっちゅう俺達の教室にやって来たりする。
で、こうして俺を巻き混むんだ。
おかげで飲む胃薬の量が増えたよ。
……はぁ、このままではせっかくの部活をできる時間が減ってしまう。ここは腹を据えて、俺が二人を止めるしかないのだろうか。ちなみに成功率は30%未満。
「ほら、先輩もドラムスティック構えるのやめてください。折れたらどうするんですか。暦も部活はどうしたんだよ? 料理部ちゃんとやってんだろ」
「それが今日は中止になっちゃったの」
「中止? なんでまた」
「私が水をぶちまけて床や壁がびしょびしょに濡れちゃったから、みんなで雑巾がしなきゃいけなくなったの」
それはまた……。
我が妹ながらまたやらかしたな、それは。
料理部の人達には兄として謝罪した方がいいだろうか。
「てかそれならなんでお前はここにいるんだよ。部活を中止させた原因がこんなところにいちゃダメだろ」
俺がそう言うと暦はやや泣きそうになりながら。
「…………余計な仕事増えるから私は帰っていいと部長に言われた」
「……そうか」
その部長さんは賢明な判断をしたと思うよ。
俺もいつかは暦に自分の失敗の後始末をちゃんとして欲しいと思うけど、やらせてもどうせ自分達の仕事が増えてしまうのは目に見えているからな。
「そんな歩く洪水が軽音部に何しに来たのかな? ベースやドラムを水びだしにさせるため?」
時任先輩容赦ねぇ!
爽やかな笑顔で結構エグい部分突いてきたよ。
「だ、だから私は兄さんの部活を手伝いに来たって言ってるの! お年寄りな時任先輩はもう、耳が遠くなってしまったのかしら。あーあ、嫌ですわねぇ、老いて行くって」
なんなんだ、その似非お嬢様な口調は。
てか俺らと時任先輩は一歳違いだろうが。
暴言を吐かれた時任先輩は頬の肉をピクピクさせ笑顔をひきつらせていた。
うん、先輩の気持ちはわかるよ。
ここでブチギレられるわけにもいかないので、一応フォローを入れておく。
「俺らと時任先輩とは一歳しか変わらないだろ。てか誕生日が近ければ一定期間とはいえ、同い年になる可能性だってあるんだから」
これってフォローになってるのだろうか?
「零樹くんの誕生日っていつなの?」
「もうすぐですよ5月15日です」
「ちなみに私もです」
双子だから一緒だろう―――そう思っていたのは昔の話し。俺達は義理の兄妹ということが今さらになって知らされたので、お互いに本当の誕生日がわからないでいる。
こういうのも親に聞けばいいんだろうけど、生憎聞くタイミングを逃してしまったたし、別に知らなくてもいいかという結論に至ったので知らない。
生まれた日がわからなくとも、自分のことを心から祝ってくれる誰かがいればそんなことは些細なこと――とは暦の談。
その時の暦は不覚にもかっこいいと心の中で思ってしまうほどイケメンだった。
……まぁ、二人でケーキの蝋燭の火を吹き消すのは恒例行事だからな。誕生日が違ったり、血の繋がりがないぐらいではやめたりしないだろう。
「……そうなんだ。ちなみに私の誕生日は11月11日だよ♪」
一瞬思案げな表情になるも、ニッコリとお姉さんスマイルを俺達に投げかけてくれた。
きっとこの空間に流れそうになった嫌な空気を変えてくれたのだろう。
先輩らしい対応に、俺は静かな感銘を受けた。
「年増の生まれた日なんて私はぜんぜん興味なかったんですけど」
どうやら一部の人間には効果がなかったようだが。
「あなたには言ってないっ」
「あ~ら、ごめんあそばせ。わたくし、耳がいいからどんな小さな声でも拾ってしまいますの」
とりあえずお前はそのへたくそなお嬢様言葉止めろ。そんでもって時任先輩を年寄り扱いするな。まだ充分若いだろうが。
それに時任先輩もいくら暦にイラついてるからって、稲妻型になったアホ毛をどうにかしてください。てかどうやったら髪の一部だけをあんなに動かせれるんだろうか。もはや器用と呼べるレベルではない。
ちなみにその後も何かと口喧嘩をする時任先輩と暦のせいで部活ができず、結局この日はこのまま解散となってしまった。
はぁ。
これも読んでいただきありがとうございます。伝助です。
相変わらずな三角関係。
日常に入り込んだヒビ。
そこから何か飛び出すのか、お楽しみに待っていただけたら幸いです。
それでは失礼します。さようなら~