零ノニ 俺+先輩=それまでは普通の日常
「――だからここはね、こうしたら大丈夫」
「なるほど、わかりました。ありがとうございます」
暦の追跡を無事に振り切れた俺は、図書室にあるテーブルで自習している。一週間後に迫ったテストに備えてのことだ。高校初めてのテストだから馬鹿の烙印は押されたくないし、あまりにできが悪いと暦と露骨に比較されるので、少なくとも平均以上は取りたいと思う。
とはいえ俺は勉強が得意でないので、部活の先輩に勉強を教えてもらっている。
話しは少しそれるが、俺が所属している軽音部は今年になって結構な数の部員が入部したため、第一・第二という感じで計五つのバンドグループが結成されている。
入部したほとんどが(俺を含め)初心者なため、バンドの基礎のような物を教えるため先輩六人が第一から第五まで入り後輩に指導しているわけだ。
このおかげで他のグループとも纏まりや交流もあり、先輩達も休みの日に集まって先輩グループで練習してるとか。
非常に後輩思いの先輩方だ。
今も俺達第四軽音部を指導してくれている、時任九紫先輩にこうして勉強を教わっている。
時任先輩はセミロングを少し伸ばしたぐらいの髪の長さで、頭の上でちょこんとアホ毛が立っている。顔立ちも整っていて、世話焼きでこっちもついつい甘えてしまうお姉さんタイプな人だ。
ここだけの話し、俺は小さい頃から暦という妹の存在に悩まされたせいか、お姉さんタイプや歳上に弱い。
放課後に図書室で先輩と二人きりで勉強するのはまさに俺得というわけだ。
だからと言って、時任先輩に恋愛感情を抱いているわけではないが。
「けれどすみません、本当に教えてもらって」
「気にしないでよ。私も好きでやってるし。それに家はあまり勉強できる環境ではないんでしょう?」
……まあ、できなくはないんだけど、家に居ると暦が終始構って来るので正直鬱陶しい。
それにテストとなると『私が教える!』とか言ってくるし。
暦の教え方が下手というわけではないが、たまに俺ではわからない次元の註釈を持ち出したり、ノートを覗き込むふりをしてあからさまなボディタッチをしてくるのでやっぱり勉強にはならない。男子だってセクハラはごめんだ。
「本当に助かります。今度何かおごりますよ」
「それじゃあ食堂の一番高いメニュー頼もうかな~。もちろんデザート着きで」
「えっ? そ、それはご勘弁を」
「ウフフ、どうしようかな~」
こんなやりとりが有りつつも、時任先輩のおかげでしっかりと勉強することができた。
気付いた頃には日が沈みかけていたのでお開きとなり、時任先輩とは途中まで一緒に帰ることにした。
「零樹くんって確か妹さんと一緒に住んでるんだっけ?」
「そうですよ。非常に手のかかる妹が……」
あいつはじっとしてくれれば申し分ないのにな。
「他の子に聞いたんだけど、零樹くんって妹さんとすごく仲がいいんでしょう?」
げっ。時任先輩のところまで俺のシスコン疑惑が広がっているのだろうか。
「仲は……、まあ良いとは思いますよ。あいつとは別に歪みあってるわけではないですし。でも、そんな子供の頃みたいにべったりだったり、くっついたりしませんよ」
嘘です。べったりです、服についた餅みたいにしつこいです。
「ふーん、そっかぁ。…………ならちょっと安心かな」
「え、なんか言いましたか先輩?」
「ううん、なんでもないよ。
じゃあ私こっちだから、またね」
「あ、はい。さようなら」
「さようなら~」
笑顔で手を振りながら角を曲がる時任先輩の姿が小さくなっていく。
俺はそんな先輩を眺めながら、自分の描いた『普通の青春』を噛みしめながら帰路につくのだった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ただいま~、っと」
俺と暦は同じ住居にすんでいる。
というよりも俺達は地元を離れ学園都市の中で住んでいる。今暦と暮らしているマンションの一室は通っている國桜高校にまあまあ近い位置にある。
そういえば暦が学園都市に来る前、二人で暮らせる場所を真剣に探していたらしい。
夢にまで見た兄さんとの新居!、とか言って探しながら。※父親情報
ドアを開けて家の中に入る。
中の明かりはついているが、人の気配がしない。時間は6時少し前。暦は既に帰っているはずだ。
まさか逃げ倒したことに怒って部屋に閉じこもったのか?
もしそうなら宥めるのめんどくさいな~、と思いながらリビングに入るとテーブルに今朝家を出る時にはなかった物が。
野菜や豚肉の大きさがひどくバラバラで、形も四角になっているとは言えない。ご飯も所々焦げていることもあり、およそ見本としては使えないようなチャーハンが置いてあった。
いったい誰がと思ったところで、テーブル近くのソファーの上で穏やかに寝息をたてている暦の姿があった。
……やれやれ。無理なことしやがって。
俺はリビングから離れ暦の部屋に入り、毛布を持ってきてかけてやった。
わずかに身をよじった暦の髪を撫でながら、気付かれないよう起こしてしまわないように小さく溜め息をつく。
「…………はぁ、後片付けどうしよう」
キッチンに視線を向ければ、見事にドジッ子スキルを存分に発揮したのかまるで嵐が通りすぎたように悲惨な状態になっていた。
というかチャーハンのクオリティと言い、暦は料理部でちゃんとやっていけてるのだろうか。
「ま、皿が割れてなかったのは不幸中の幸いか」
こうして俺は今日も俺は義妹の世話を焼くのであった。
読んでいただきありがとうございました。伝助です。
短めですが、これで主要人物の三人が出揃いました。
この三人を軸に物語が動いていきます。
ではでは今後ともよろしくお願いします。さようなら~