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第8章 仲間(前)

事故だった。

その日の夕方、陽向は教室に一人でいた。放課後にあった委員会が終わって、戻ってきたところだった。

偶然だった。

博士の自由研究はその大きさから、教室の床に置いてあった。それを陽向はしゃがんで眺め、作り込みっぷりに感心していた。

運が悪かった。

立ち上がろうとしたとき、バランスが崩れた。必死にこらえたものの、結局陽向は前にバタンと倒れてしまった。丁寧に作られた町並みを潰してしまった。

時機が悪かった。

素直に本人に謝ればよかったのだ。普段ならきっと陽向はそうしていた。嘘のつけない子だから。でもその時、眞子のことが頭に蘇った。鴇の工作を壊したことで、ずっと仲間外れにされている眞子。自分はあんなことにはなりたくない。

悪魔が囁いた。

陽向は潰してしまったそれに、靴の跡を付けた。学校の内履きは共通だから、バレるはずもなかった。そして教室を出て、近くで観察していた。嘘のつけない子だから。誰かが教室に入って、出ていくのを見届けるつもりだった。

悪いことは重なる。

教室に来たのは眞子だった。眞子が帰ってから、陽向は教室に戻ってそれを確認する。だから、「眞子が教室から出た後に見てみたら、模型が壊れていた」というのは嘘ではないのだ。そうやって陽向は自分を正当化した。


でも、眞子は違った。靴の裏に、画鋲が刺さっていたのだ。

クラスの女子が、悪ふざけで内履きに画鋲を刺した。

眞子は強情だから、画鋲を抜くこともせず、それをそのまま履いていた。

私に絶縁を叩きつけた時も、画鋲の頭と床の擦れる音がしていた。

でも、博士の自由研究に付けられた足跡には画鋲の跡が無かった。

足跡は陽向のものだったから。


「どうして…そんなこと…」

私は呟いた。呟きながらも、その理由は既に分かっていた。

「だって…だって…」

それ以上は言葉にならず、陽向は顔を覆って泣きじゃくる。

私はそれをやりきれない思いで見つめていた。陽向は悪くないとは言わない。彼女がわざと眞子に罪をなすりつけたのは事実なのだから。でも、こんな状況じゃなかったら、きっと彼女はこんなことはしなかった。そしてそれは、私も同じじゃないだろうか。クラスで孤立することを恐れて、眞子と関わらないようにして、眞子の悪口をみんなと言って。そこにどんな違いがあるというのだろう。私に陽向を責める権利はない。


何かの本で興味深い実験があった。1クラスの子どもたちにパソコンを与え、チャットに参加させた。ハンドルは各人が決めるから、誰が誰かは分からない。先生でさえも。

初めは和やかな雰囲気だった。若干躊躇いながらも、当たり障りのない会話が繰り広げられていた。しかし、チャットに慣れてきた頃にがらりと様相が変わる。突然特定のハンドルを攻撃するコメントが書き込まれたのだ。それを境に雰囲気は一変した。汚言の応酬、仲裁に入ろうとした人たちも巻き込まれ、瞬く間にチャットルーム全体が炎上した。

実は引き金となったコメントは実験者がわざと書くように頼んだものだった。それが匿名の怖さだ。誰がやったのか、何をやったのか、それは本人にしか分からない。だから後先考えない行動がとれる。人を平気で侮蔑する。怒りをそのまま表現する。売り言葉に買い言葉。それが更なる怒りを生み出す。秩序立ったコミュニティは些細なきっかけで崩壊する。そしてそれを匿名のまま修復するのはほぼ不可能に近い。高架下でドミノを並べることの何と無謀で無意味なことか。


もしかしたら、倒すべき敵なんていないのかもしれない。私も、陽向も、眞子と同じようになるのがイヤで眞子を陥れていた。本当はみんなそうなのかもしれない。中心人物だと思っていた鴇でさえ、今では引っ込みがつかなくなって、パフォーマンスをしているだけなのかもしれない。誰もが仲間外れを恐れて、別にしたくもないことをしているのかもしれない。そうだとしたら、一体どうすればいいのだろうか。簡単なようで、難しいようで、よくわからない。

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