彼女には向かないけれど
「綾部ー」
「は、はいー」
無自覚天然な可愛い奴は、絶対彼女に向かないと思う。
けれどその可愛さに惚れてしまってはどうしようもない。
「可愛いよなー」
「癒されるわ」
「…」
「どうした?不機嫌だな」
「…別に?」
惚れた弱みはいつだって辛い。
思い切って告白してみたら、真っ赤な顔をした由乃が、震えた両手で遠慮がちに俺の右手を握ってくれた。
okってこと?と聞いてみれば一生懸命に首を縦に振った。
可愛いな、なんて思っていると予鈴が鳴って、授業に遅れる、なんて由乃が泣きそうな顔をしたから段ボールを横抱きして、由乃の左手を引っ張った。
走れば間に合うよ、と笑ってやると少し安心したように笑う由乃がやっと俺の彼女になったんだって思うとどこまでも走れる気がした。
「に、二条寺くん!」
「ん?どうした?」
由乃はあの日から俺とよく喋ってくれるようになった。
付き合うとかいっても、由乃は内気だから話すくらいが精いっぱいらしい。キスなんて何年かかればできるのやら。
俺としては、中学から疎遠になっていた由乃と昔みたいに話せるようになったのは大きな進歩だし、嬉しかった。
でも、嬉しいことばかりではなかった。
「な、やっぱ綾部って可愛いよな」
「は?」
「…思いっきり不機嫌な顔すんなよ」
苦笑する友達を思いっきり睨んでやった。
そう、由乃がよく俺と喋るようになってから俺の周りや他の男子が由乃に近づくようになってしまった。
昔から男子に免疫のない由乃は無自覚に顔を真っ赤にして照れ笑いを相手に向けるもんだから、由乃の人気が急上昇してしまったのだ。
由乃にそんな顔するなって言ったって無駄なことは知っていた。
由乃のことだから俺が治せって言えば、きっと一生懸命に治そうとするに違いない。
けれど、それはきっと治らない。
治ったとしたらその時は、由乃が男慣れしてしまったときだ。
それはそれで厭だ、なんて思う俺は我儘なのかなと思い悩みながら由乃に目をやると、楽しそうに友達と話している。
人の気も知らないで、とため息を吐けば、幸せ逃げるぞ、なんてありきたりなことを言われた。
「もう逃げてんだよ、馬鹿」
「あはは、最近潤めちゃくちゃ不機嫌だなー。なになに?変な女に付き纏われてるとか?」
「惚気とか言うなよ?」
「ん?」
「彼女が可愛すぎてどうしましょう」
「…惚気つーんだよ、そういうのを」
友達は苦虫を噛んだような顔をしながら由乃の方を見て、心配になるのもわかるけどな、と呟いた。
「お前と綾部が話すようになってから綾部が男子と話さない日なんてないもんな」
「正確にいえば、由乃が男子に話しかけられない日がない、な」
「あー、はいはい。まあ、綾部普通に可愛いからなー。女子って感じだし。そりゃモテるよ」
「でも俺の彼女なんだけど」
「だってそんなんあまり知られていない事実だもの」
そうなのだ。由乃が恥ずかしいから、と言ってあまり付き合っていることを公言したがらない。
知っているのはごく一部なもんだから、みんなそんなのはただの噂程度にしか思っていない。そのため、今まで通り俺にも由乃にも近寄ってくる奴はたくさんいる。
「よし」
俺は決めた。今日、由乃を説得しよう。俺と由乃が付き合っていることを噂ではなく、真実にするために。
「由乃、帰ろうぜ」
「あ、うん。でも、今日日直で…」
それであの…、と一人で焦っている由乃。
俺がどうした?と尋ねれば少し恥ずかしそうに上目で俺を見て呟いた。
「ま、待っててくれたら、う、嬉しいなあって、思うんですけど…駄目ですか?」
阿呆だ、こいつ。
天然にも程がある。
そんな顔してこんな可愛いこと言われたら、断れる男子なんて居るはずない。
それが分かっていない由乃は、多分平気でこんな顔を他の奴の前でもしちゃったりするんだろう。嬉しさ半分、不安半分な気持ちで俺は由乃の頭に手を置いた。
「早く終わらせて帰ろうぜ」
「う、うん!」
嬉しそうに笑う由乃。幸い、教室には誰もいない。
暇だし、聞いてみようかな。
「な、由乃」
「なに?二条寺くん」
「俺のこと好き?」
「へ?あ、え、えっと…」
「好き?」
「…す、好き、です」
「じゃあ、俺がこれから伝えること、ちゃんと受け止めてね」
「へ?」
「俺は心広い人間じゃないから、由乃が最近他の奴らと話すの見ててめちゃくちゃ苛々する」
「…ご、ごめん」
「由乃は悪くないよ。でもさ、不安になんだよね。由乃がほんとに俺のこと好きなのかなって」
「す、好きだよ!」
「由乃がさ、他の男子に告白されたらめちゃくちゃ厭だし」
「わ、私だって厭だよ?に、二条寺くんモテる、し…」
「そういう可愛い顔、他の奴にもしてんのかなって思うともう耐えらんないし」
由乃は真っ赤な顔をすると、日誌を書くのを止め真っ直ぐに俺を見た。
数秒で目を離してしまう由乃が、じっと俺を見るので少し緊張してしまった。
みるみるうちに赤く染まる由乃の顔は今にも泣きそうで、口をぱくぱくと動かしてなにかを伝えようとしていた。
「由乃?」
「わ、私、男子って苦手、だし、上手く話せないし、顔だってまともに見れないし、で、でもね?私、ちゃんと二条寺く…じゅ、潤一郎くんのこと好きだし、他の女の子と話してたらズキってくるの。だ、だから、その、えっと」
だんだん声が小さくなってきて、顔も下を向いていく。
必死に伝えようとした声は震えていて、襟元が強く握りすぎているせいでくしゃくしゃになっている。
「由乃」
俺が名前を呼ぶと遠慮がちに俺のほうを向く。
由乃の謝り癖が発生しようとしたその瞬間に、その口を塞いでやった。
塞いだ口を離してやれば、由乃は今まで以上に顔を赤くして声にならない声を発していた。
「あはは、かわいっ」
真っ赤な君の可愛い顔は、俺だけのもの。
だからしょうがない、暫くの間は可哀想な野郎共に夢でも見せてあげましょうか。
「綾部さん」
「は、はい」
「…やっぱ無理かも」
「は?なにが?」
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