幼馴染みじゃなくなった瞬間
「綾部さん、国語の係よね?」
「はい」
「じゃあ、荷物運ぶのお願いしていい?」
「…はい」
これが全ての始まりでした。
荷物運びを先生から頼まれた。
なんでもかなり重たい荷物らしい。
先生曰く、女子の私一人じゃ絶対に無理だから男子も必ず一緒に連れてくるように、ということだ。
無茶言うな。
極度のヘタレな私は、みんながどんなにイケてないと言う男子にだって声をかけるのには勇気と体力を相当使うのだ。
女子だって沢山居れば男子一人分くらいにはなるだろうと考え友達に頼んでみれば、軽く断られてしまった。
「なんで?普通に頼んで手伝ってもらいなよ」
「いやいやいやいや!無理だって!そんなことできないよ!それに、みんな勉強してるし…」
「私たちだってそうよ」
そう、運悪くこの次の次の時間に小テストがあるためみんな一生懸命に勉強している。
それなのに手伝ってなどと言えるはずがない。
可愛くもない私に言われても、絶対誰も手伝ってくれるはずがない。
「うー、どうしよう…」
「あれ?確か由乃って二条寺と幼馴染みじゃなかったっけ?」
「いや、まあ、そ、そうなんだけど…」
「じゃあ二条寺に頼みなよ、ほら」
「えー!」
はい決定、と言うと友達はテスト勉強を再開してしまった。
ため息を吐きつつ二条寺のほうを一瞥する。
二条寺はみんながテスト勉強しているにも関わらず、暢気に友達と雑談なんてしている。
もともと頭のいい奴だから、勉強なんてしなくてもテストくらい余裕なんだろう。その余裕さが、すごくムカつくけど。
確かに友達が言うように、私と二条寺は小学校からの幼馴染みだ。親同士の仲がよくて、よく一緒に旅行に行った思い出すらある。
昔は名前で呼び合ったりしてたんだっけ?
なんだか随分昔のことに思えてならない。
二条寺と私は、中学に入ってからだんだん話さなくなった。
二条寺って言葉さえもみんなの噂か母親の話でしか聞かなくなるくらい、彼とは疎遠になっていた。
近くには居るけど、昔ほど近くない。
だって私にとって二条寺はもう、他の男子と同じ部類になっていた。
話すのには沢山の勇気と労力を使う、そんな存在。
昔みたいには話せない。だって、私も二条寺も大人になったから。
「…私、やっぱり一人で行ってくる」
「え?」
友達の制止の声をふりきって立ち上がり、一人で職員室へと向かった。
大丈夫、少しくらい重い荷物なら持てる自信あるし。
一人で納得し頷いていると、後ろから声が聞こえた。
「ねぇ」
最初、その声が自分を呼んでいるものだと気づかなかった。だってその声は明らかに男子だったし、男子に声をかけられる理由なんて私は持っていなかったから。
誰か呼ばれてますよー、なんて我関せずで歩いているともう一度、後ろから声が聞こえた。
「なんで無視すんの」
喧嘩かな?と思いつつも振り返ることはせず、巻き込まれたくなかったため歩く速度を速めた。
「逃げんな」
そう声の主に言われて肩を掴まれたときはまだ、喧嘩に巻き込まれて最悪だとしか思っていなかった。
あの数々の言葉が私に向けられた言葉だなんて考えは、頭の何処にも有りはしなかった。
反射的に振り返ってみれば、そこには昔馴染みの不機嫌そうな顔。
「なんで無視すんの?」
「え、む、無視?」
「したじゃん。俺何度も呼んでんのに」
ここでやっと私は喧嘩に巻き込まれたわけではなく、当事者だったのだということに気づいた。
そして同時にどうしようもない緊張感に襲われた。前にも説明した通り、私は極端に男子と話せない。今では幼馴染みという感覚もなくなった彼もまた、例外ではない。
というか、彼が何故そんなに普通に話せるのか不思議なくらいだ。しかし思えば、彼は女子とも普通に会話できるタイプの人間だったため、なんら不思議ではなかった。
「ど、どうしたの?」
「なんで誘ってくんなかったの?」
「へ?」
「俺待ってたのに。お前が誘ってくれんの」
一体全体なんの話か全く分からなかった。
誘う?なにを?私が二条寺を何に誘うの?何に誘わなかったから二条寺はそんなに不機嫌なの?
「馬鹿、鈍感」
「う、うるさい!」
「なんで荷物運ぶのに俺を誘ってくれなかったのかって聞いてんの」
「は?」
我ながら間抜けな声だったと思う。
しかし、しょうがないのだ。それくらいおかしなことを、彼はサラッと言ってのけたのだ。
「な、なんで私がに、二条寺くんを誘うのなんて待ってたの?」
「二条寺くん?」
「え、二条寺くんでしょ?」
「…ま、いいや。というわけで、俺手伝うよ」
どういうわけか私にはよく分からなかったが、手伝ってくれるのならありがたい。
素直にお礼を言うと、二条寺は微笑んで気にすんな、と呟いた。
あ、こいつはモテる側の人間だ。こういうのに女の子はキュンとするんだろうな、とかどの目線で言っているか分からない発言をマシンガンの如く自分の内側だけに撃ち込んでいると、何故か二条寺と目が合った。
そう、合うはずのない目が、合ってしまったのだ。
「なぁ、由乃」
「は、はい」
今でも二条寺か私の名前を呼ぶことに驚きつつも、なるべく自然になるようにと慎重に話す。
逆に不自然になるということすら分からないほど、その時の私は男子と話す、という重労働をどうにか回避しなければと慌てていた。
「なんで敬語なの?それに、二条寺くんってなに?」
「だ、だって二条寺くんは二条寺くんだし…」
「意味わかんね。昔は潤一郎って普通に呼んでたじゃん」
そういえば、二条寺は潤一郎って名前だったと今更思い出した。
だってみんな二条寺って呼ぶし、最初の頃、二条寺のことを潤一郎って呼んだら笑われたから私は潤一郎と呼ばなくなった。
遠い昔の記憶のように古くなっていた思い出が、一つ一つ浮き彫りになっていく。
「だ、だってもう高校生だし、二条寺くんだって嫌でしょ?」
「由乃は俺に名前で呼ばれて嫌なわけ?」
「そ、そういうわけじゃなくて!」
「だってそうじゃん。自分が嫌だから俺も嫌だと思ってるって思うんでしょ?」
「ち、違うよ!」
「なにが違うの?」
「だ、だからそれは…その…あ、ほら、職員室着いたよ」
二条寺は気にくわなそうに私を睨んだけれど、私はそれに気づかないフリをして先生の元へ向かった。
先生は私と二条寺を見て一瞬だけど驚いた顔をした。
そりゃそうだ。私みたいな男子が苦手な女子が、男子と言わず学校全体の中心に居るような男子を連れてくるなんて誰でもびっくりする。私だってその一人だし。
「じゃあ綾部さんと二条寺くん、これよろしくね」
先生は床に置いてあった一つの段ボールを指さした。
段ボール一つくらいなら私一人で十分だったのではないだろうか?
一体私をどれだけか弱い女子だと先生は思ってるんだ、と少し拗ねたりもした。
が、意外にこの段ボールが重い。本当に私一人じゃ持ち上げられなかった。
それなのに、二条寺は何事もないように持ち上げてしまった。しかも一人で。
「ね、重くない?」
「全然」
「わ、私も持つよ?」
「いいって」
さっきからこの会話を何度したか分からない。
けれどもともと私が頼まれた仕事なのに、私が何もしないで良いわけがない。
もう一度、二条寺に聞いてみると二条寺がいきなり歩みを止めた。
「ど、どうしたの?」
「ね、なんでそんなに他人行儀なの?スゲー嫌なんだけど」
「他人行儀…」
「敬語使ってみたり、二条寺くんて呼んでみたり、俺のこと避けたりしてさ。嫌ってんの?」「き、嫌ってなんてないよ」
「じゃあなに?」
「だ、だって二条寺くんだって、私だって大人になったんだよ?昔みたいになんてできないよ…」
そうだよ、私だって二条寺だって大人になったんだ。私が運べない荷物をなんともないように二条寺は運べるようになったし、声だって口調だってだんだん男子っぽくなって。
もう、私なんかとは全然違うんだ。
私は女子で、二条寺は男子なんだ。
「大人?」
「そう、だよ」
「俺まだ馬鹿なことするよ?子供みたいに怒ったり、はしゃいだり…。それでも由乃は俺が大人だって言うの?」
「そうじゃない、私が言ってるのは…に、二条寺くんは男子だってこと」
「は?」
「だ、だから!二条寺くんはもう私にとって他の男子と変わらないの!話すのだって恥ずかしいし、目なんて勿論見れないし…名前だって呼べないの!昔みたいな幼馴染みじゃないの」
「…」
あ、今私、変なこと言った?
謝ろうと思いっきり頭を下げると同時に何かが落ちる音がした。
散らばる資料。横たわる段ボール。全て二条寺が持っていたものだ。
え、お、怒りすぎて落としちゃった?!
二条寺の表示を読み取ろうと恐る恐る顔を上げると、そこには真っ赤に染まった二条寺の顔があった。
お、怒ってる!めちゃくちゃ怒ってる!
「ご、ごめんなさ…」
「え?」
「え?だ、だって怒ってるんでしょ?」
「は?ちげーよ、馬鹿。どこまで鈍感なの」
「え、あ…す、すみません?」
「嬉しくて思わず落としちゃったの」
「へ?」
「はー、鈍感」
二条寺はそうため息を吐くと、髪をぐしゃぐしゃに掻き乱して私を真っ直ぐ見た。
何故か真剣なその目を反らすことはできなくて。
「綾部由乃さん」
「は、はい…?」
「ずっと前から好きでした。付き合ってください」
二条寺は頭を軽く下げつつ、右手を私に差し出した。
その右手を私が握ったかどうかは、また今度の機会にお話しましょう。
今はとりあえず、
「授業に遅れちゃうよー」
「走れば間に合う」
「えー」
チャイムが鳴る前に教室に入ることが先決です。
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これは続編書けたらいいなと思ってます。