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ちょっとありそうな恋の唄  作者: 祥眞 遊汰
10/10

泣けないほど好きな人


頭が混乱して、声も出なくて、自分の身体が自分の身体でないような感覚に襲われて、

受話器の落ちる音をただ茫然ときいていることしかできなかった。


みんなの啜り泣く音が聞こえる。なのに涙が一滴も出ない、そんな私は冷酷な奴なんだろうか。

私の好きだった人が死んだ、そう聞かされたのは数時間前。理解しようとしない私の頭を置いてきぼりにして、彼の葬式は着々と進んで行った。

彼の死に顔の横に花を置いたときだって、彼が死んだなんて実感はなかった。だって、私は死を知らない。ほんとに彼が死んだなんて、もう動かないだなんて、誰が判断したんだろう?誰も死を知らないくせに、どうして彼が死んだと言いきれるのだろう。

好きだった人が死んで悲しいはずなのに、私の涙は一粒も流れない。

彼が死んだと泣く人たちを見るのが嫌になって、私は式場の外に出た。暫くすると、私の方へ影がおりた。反射的に見上げれば、死んだはずの彼に少し似た顔。


「お前、兄貴死んだってのに泣かないのな」

「…自分だって泣いてなかったくせに」

「男は人前じゃ泣かねーの」

「古くさっ」

「は?んなことねーよ。それにな」

「なに?」

「ほんとに悲しいときはな、泣けねーもんなんだよ」「慰めてくれてんの?」

「ちげーよ、馬鹿。ほんとのことだっての。俺はな、兄貴が死んだなんて信じらんねーんだよ。あんな綺麗な顔してさ…まるで寝てるみてーじゃんかよ。今でもさ、兄貴がもうすぐ火葬されちまって骨だけになっちまうのは、なんかの間違えなんじゃないかって。もうしばらくしたらさ、起きてくんじゃないかなって」

「…ゲームのやりすぎよ」

「んなこと分かってんだよ。そんなん現実ではあり得ないってことくらい分かってんだ、でも…受付ねーんだよ、兄貴が死んだって事実を。分かってんのに呑み込めねーの、お前も同じだろ?」

「…」

「混乱してさ、意味分かんなくてさ、いきなり死んだとか言われて?はいそうですか、悲しいですねって泣けるかよ…」

「泣けない、よね…。私もまだ信じられないもん」

「自分が泣けないからさ、まだ若いのにとか言って泣いてる奴らが信じられなくて吐き気してきて…あー、無理。思い出しただけで苛々してきた」


顔は似ていてもやっぱり性格は違うんだ。

そんな当たり前のことを今更痛感した。さっき見た彼の寝顔みたいな死に顔と周りで泣く人々の顔や声を思い出す。

嘘だとは思わない。みんなほんとに悲しくて、みんなほんとに可哀想だと思っているんだと思う。

だけどきっと、またいつものように流れる日常の中で息苦しいこの世の中を生きている間に、彼のことなど忘れてしまうんだろう。

目まぐるしい変化の中で、彼のことを懐かしげに思い出してくれる人がこの泣いている人たちの中には、何人くらいいるんだろうか。


「私もいつか忘れちゃうのかな」


こんなに彼が好きだったこと。泣けないくらい、頭がついていけないくらい、大好きだった彼のこと。

目まぐるしい変化の中で、私はまた恋をして、死んでしまった彼によく似た双子の弟と会話したこんな日のことを、思い出にさえ出来ずに忘れてしまうんだろうか。


「兄貴のことさ、どう思う?」

「好き、大好き」

「それがさ、いつか過去形になってさ、兄貴の顔とか…あ、それは大丈夫か。俺が生きてる限りは。でも、俺とは違う兄貴の特徴をさ、お前しか知らない兄貴とかさ、全部が全部忘れはしないだろうけど、お前ん中で兄貴は薄れていって…あー、うん。なんか悲しいよな。儚いよな、人の感情って」

「そうだね」

「お前がさ、今ここで兄貴のこと絶対忘れねーって言ったらぶん殴るとこだったわ」


彼はこの場には似合わない、悪戯を思いついた子供みたいに笑った。

どう答えたらいいか分からなくて、誤魔化すように笑って、冗談みたいに、なにそれ、と呟いた。


「絶対忘れないって言う奴ほど忘れる。俺はそう思うから。安っぽい約束なんてしてほしくない。死んでまで兄貴が傷つくの嫌だからな」

「なに、それ」


私はまたどうしたらいいか分からなくなって、さっきと同じようにしか反応できなかった。

死んだ、彼が言ったその言葉が嫌に生々しく私には聞こえて、でも受け入れられなくて、また胸の当たりが締め付けられた。


「泣いたらさ、それはきっと忘れていく合図だよ」


そんな悲しいことを言い残して、彼はあの吐き気がすると言っていた場所へ戻っていった。

一回も私のほうを振り向かずに、何か覚悟を決めたようにズンズンと歩いていった。


「そんなん言われたら泣けないじゃんね?」


きっとこの感情は、いつか目まぐるしい日常で見えなくなってしまうのだろう。

いつの日か、彼の顔も忘れてしまって、普通に笑えるようになっていて、普通に泣けるようになっていて。

そんな未来を思い浮かべたら、心に真っ黒な穴が空いてしまったみたいで夜風が私の心を…否、身体中を突き刺すように吹き抜けた。

私は貴方を忘れないとは約束できない。私の大切な人を傷つけたくないから。

でも、今、この瞬間のこの気持ちは…貴方へのこの気持ちは、忘れてしまったと錯覚してもいつか思い出すことがあるのだと思う。

泣けないくらい大好きな人へ

いつか泣いてしまう日が来るのを、貴方は望んではいないのでしょうか?

犬の遠吠えが何処か遠くから聞こえてきた。




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