好きな人の名前
俺の切実な願いです、これ
好きで好きで、告白してやっと実った恋。
別にキスしたいとかそういうのはなくて、ただ隣に居れるのが幸せだった。
でも、もし我が儘が許されるなら・・・
「名前で呼ばれてぇなあ」
「なに?いきなり。いつも名前で呼ぶと怒るくせに」
「ちげーよ!三浦に呼ばれたいんじゃなくてさぁ」
「は?」
「だから、俺は・・・その、さぁ・・・」
俺が彼女を見ると三浦は「嗚呼」という顔で頷いた。
「篠原に言われたいってことね。お前、ほんと篠原好きだよな」
「当たり前だろー!彼女なんだからー」
「どこがいいんだよ、篠原のさぁ」
「可愛いじゃん」
「可愛いか?アイツ、どっちかっていうとボーイッシュだろ」
「そうだけどさぁ」
友達と居るときの雰囲気は少しふわっとしてて、でも喋り方とか行動はちょっと男っぽくて、でも男子苦手で少しでも喋ると真っ赤になって・・・嗚呼、もう!
「スゲー可愛い!」
「・・・惚気、最悪」
「お前がどこがいいんだよ、とか言ったんじゃん!」
「そうだっけ?んで?篠原に名前を呼んでほしいんだっけ?お前」
「そうそう。健気だろー、俺って」
「健気って言ってる時点で健気じゃありません。つか、だったら言えばいいじゃん。名前で呼んでって」
「いや、それがさ。名前で呼んでもいいよーって言ったら苗字すら呼んでくれなくなってさあ」
頑張って呼ぼうってしてるのは分かるんだけど、なんか苗字まで呼ばれなくなるのは辛いかな。
ってか、そこも・・・
「可愛いとか叫ぶなよ?鬱陶しい」
「え?なんで分かったの?」
「お前、単純だからな」
単純?
単純なんだろうか。
でも、好きなものは好きだし、可愛いものは可愛い。
だから、呼んで欲しいものはやっぱり呼んでほしい!
「なぁ、篠原」
「あ!あ・・・」
篠原は俺の名前を言いかけて真っ赤になって俯いてしまった。
あー、可愛い。
駄目だ!可愛すぎて死にそう、なんて言ったらまた三浦に呆れられるかなぁ。
「どうしたの?」
「嗚呼、今日一緒に帰れる?」
「う、うん!帰れるよ!」
「んじゃ、放課後なっ!」
「う、うん!」
あー、なんか嬉しい。
二人で一緒に帰れるとか、これはもう付き合ってる特権だろ?
俺はこれだけで幸せなんだ。
他の奴らはもっと進展しろよ、とか言うけどこれでも十分だって!
あとは、名前呼んでくれればもう最高!
「なんでお前ってそんなに名前にこだわるの?」
「俺、俺の名前嫌いなんだ」
「知ってるよ。名前呼ぶと怒んじゃん、お前」
「でも、嫌いだけどさ、やっぱ名前って特別じゃん?だからさぁ、好きな人には呼んでほしいの。分かる?」
「それは、好きな奴が居る奴の特権かもな」
「特権、かあ」
「よっしゃ!放課後!」
授業が終わるとともに俺は勢いよく篠原のところに駆け寄った。
「帰ろうぜっ!」
「うん」
「それでさぁー、三浦な奴ったらさー」
「あ、あの!」
「ん?」
珍しく篠原が俺の話しに割って入った。
いつもならニコニコして頷くだけなのに。
「わ、私・・・一生懸命、の、野木くんの名前、呼ぼうとしたの!」
「うん、知ってるよ?」
「で、でも全然呼べなくて・・・」
「うん」
「でもね、私、い、今頑張ってみようと思うの!」
「うん」
「そしたら、ね・・・?」
「ん?」
「私のお願い、聞いてくれる?」
あんまりにも篠原が真剣で必死だったから、別れ話でも切り出されるのかと思って一瞬怖くなった。
でも・・・
「うん、いいよ」
俺の我が儘だけ聞いてもらうのなんて、ズルいもんな。
もし別れ話だったらまた好きになってもらおう。
俺にはまた惚れさせる自信あるし!だって、振り向かせるあの時間だって楽しいから。
「ちょ、ちょっと待ってね」
「ゆっくりでいいけど?」
スゥー、スゥー、と篠原の深呼吸の音が聞こえる。
一生懸命なのが伝わって、なんか、なんか・・・!
「あ、葵・・・くん」
もう駄目!
「の、野木くん?!」
俺の行動に篠原は目を白黒させるけどもう関係ない!
だって、もう無理だった。
限界だった。
名前を呼ばれることがこんなに嬉しいなんて・・・!
「あ、あの・・・野木くん、苦しい・・・」
「あ!わりぃー」
「び、びっくりしたぁ」
「ごめんな」
「う、ううん。嬉しかった、から」
耳まで真っ赤な篠原は、ほんと可愛くて。
「それで?篠原のお願いって?」
「あ、あのね・・・わ、私の名前も呼んで欲しいの!」
「へ?」
「あ・・・やっぱり、我が儘だった、かな?」
嗚呼、もう・・・!
篠原の馬鹿っ!!
「いいに決まってんじゃン!つか、俺、呼んじゃ駄目なのかと思ってた!」
「な、なんで?」
「だってなんか・・・図々しいかなぁって」
「そ、そんなことないよっ!」
「じゃあ・・・」
嗚呼、ほんとだ。
篠原が緊張すんのも分かる。
好きな人の名前呼ぶのって、こんなにも緊張するんだなぁ。
「美咲・・・!だーいすきっ!!」
うわっ、美咲の顔真っ赤!
見たこともないほど真っ赤!
可愛い、可愛い、可愛い!
「あ、ありがとう。野木くん・・・すっごく嬉しい」
「やっぱさ、好きな奴の名前って特別だよな」
「う、うん」
「呼ぶのは緊張するし、呼ばれんのはスゲー嬉しいし!俺はこれからも美咲って呼ぶけど、美咲は無理して俺の名前呼ばなくてもいいんだぜ?」
「で、でも・・・私も呼びたい!スラスラ言えるようにはすぐにはなれないけど・・・でも、野木くんに名前呼んでもらって分かったから!すっごく嬉しいって」
俺は自分の名前が嫌いだった。
女みたいな名前で嫌いだった。
こんな名前なくなればいいのにって思った。
でも、今は違う。
君が呼んでくれる名前。
どんなに女っぽくてもいい。
君が呼んでくれるなら。
大好きな君が呼んでくれるからこそ、この名前に意味がある。
誤字脱字ありましたら知らせていただけると嬉しいです。
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