春に跳ぶ
羽ばたく。これから僕は未知の世界に飛び込んでいく。
今までのアルバムを見た。小学校の入学式、僕は父に抱きかかえられていた。少し泣きっ面で、これからどこに向かっていくかわからない未知に、子供ながら恐怖を抱えていたのかもしれない。
暫くは教室に父もついてきてくれて、周りにも同じような人がいて、なんとなく仲間意識が生まれて、恐怖とともにワクワクが芽生えたのが小学一年生春だった。
小学校六年間は長かった。今思い返すと短いように思える。それはそうだ、小学校の頃なんて禄に覚えていない。楽しかったであろう思い出、日々の生活も、覚えてなければないのと同じだから。でも、当時はこの生活が一生続くと思っていたし、中学生というものが物語の世界のように遠い、遠いもののように思えていた。自分が世界の中心で、自分が楽しいと世界が踊ったように思えていた。
もう、思い出せない。でも確かに幸せな日々はあったと確信を持って言える。卒業式は泣いたから。
中学校の入学式は、アルバムを見ずとも思い出せる。中学校がどこにあるかなんて知らなかったから、知らない道を父と歩いた。桜が綺麗じゃなくて、残念そうにしていた。体育館が紅白に飾られ、拍手とともに迎え入れられた。意外と小学校とは変わらないところが多くて、少し期待外れに思えた。このころから、色沙汰が周りで増えた。もちろん、僕には春が訪れなかったが、それでも女子に浮ついた気持ちを抱くこともあった。
中学生活は今思い出すと常に幸せな思い出であったとは言えない。部活が大変だったし、勉強が難しかったし、陰キャ陽キャがはっきりとしてきて、グループができて、属しきれていない僕は何か仮面を被ったように生きていた。でも卒業式では泣いた。父も客席でうるうるしていた。
高校の入学式は、あまり覚えていない。中学校とあまり変わらなかったからだと思う。でも、人数が倍以上になって、規模の違いに圧倒され、何か厳かな雰囲気に飲み込まれそうになったような気がする。
高校生ともなると、今でも鮮明に思い出せることのほうが多いから、今思い返しても長く感じる。
高校二年生の秋、僕は叔父の家に住むこととなった。もともとシングルファザーだったのだ。叔父ぐらいしか、あてのあるひとはいない。
大学に向けて勉強をした。勉強は嫌いだ。でも、社会に出たくなかった。社会を知りたくなかった。理由は父だ。社会に役立たないことを僕は勉強したかった。逃げたかった。
そしていま、僕は大学に向けて足を進めている。逃げた先の大学。僕は今大学に逃げている。社会に追われ、父に追われ、今僕は逃げている。
今僕は、逃避行の道にいる。きっと終着地はある。でも僕はきっと着地ができないんだろう。




