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くよくよしない錬金術師、エリザ・シュターテット。  作者: 水乃ろか


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第8話 研究室とローブ

「では、入学したフェルさんとエリザさんに、この学院について説明させていただきます」


 学院長は一度、コホンと咳払いをしてから、私たちに向き直った。


「まず、二人が所属する王立魔導学院の特殊魔導学部には、一般の学校のような学級や必修の課題などはございません。それぞれに研究室が与えられ、自身が望む研究に専念できます。研究室にはベッドに浴室、キッチンなど備え付けられており、生活の場とすることも可能です。ここは学校というより、むしろ高度な『研究機関』だとお考えいただくと、実態に近いかと思います」


 ……研究機関? 何か、想像していたものと違う。

 私はてっきり、錬金術の基礎についてを学べるものだと思い込んでいた。

 それに自由に研究って言われても、私はいったい何を研究すればいいのだろうか……


「あの……すみません。私、錬金術について、まだ何も存じ上げてなくて……」


 私の不安を察してか、口を開いたのはフェルさんだった。

 

「問題無い、これから学べばいい」


 それに続けて、学院長も顎に手を当てて応えた。


「なるほど。エリザさんは、錬金術の知識について何も知らない状態で入学されたと?」

「うっ……えと、はい……その通りです、申し訳ありません……」


 学院長は、にこりと笑った。


「ふむ。ちょうど良かったです、エリザさん。実は現在、余っている研究室が一つしかありません。何せ急遽に、それはもう突然に、入学した方が決まりましたので。つきましては、フェルさんとエリザさんは同じ研究室を使ってください。そして、フェルさんにひとつ課題を差し上げたい」

「ん? 僕に課題、ですか?」

 

 フェルさんに課題? さっき課題は無いって言ってたような気がしたけど……

 学院長がフェルさんの方へ向いて、静かに言った。


「フェルさんが、エリザさんに錬金術の基礎を手ほどきして上げてください。危険な材料を素人さんが使ったら、大事故を招きかねませんので。それでよろしいですね? フェルさん、エリザさん」

「僕は構わない。エリザは?」

「あの、嬉しい話しなのですが、よろしいのでしょうか? その……足手まといになったりとか……」


 私が言い終わるより早く、フェルさんが力強く応えた。


「ならないよ、安心して。焦らず、ゆっくりと学ぶといい」


 フェルさんのその言葉には、何か強い自信が感じられた。

 

「まあ時々でありますが、不定期で講習も行なっているので、よければご参加ください。それでは早速ですが研究室へ案内いたしましょう。こちらへどうぞ」


 学院長が席を立ち、私たちを先導してくれた。

 長い廊下を抜け、別の棟へ移動すると、そこには更に長い廊下が続き、等間隔に扉が並んでいた。

 

 その扉のひとつ、『守護する魔人の間』と書かれた部屋の前につくと、学院長が鍵を開けた。

 

「ここがフェルさんとエリザさん専用の研究室です。簡単に内部を説明します。さあ、どうぞ、お入りください」


 学院長とフェルさんが中に入ったので、私もメグも背中を追うように入室した。


「おわっ! なんだかすごい広いね!」


 メグの声が広大な部屋に響いた。

 大きな窓から降りそそぐ日の光が、部屋全体を照らし、壁一面は床から天井まで続く本棚になっており、難しそうな本が隙間なく敷き詰められている。

 いくつかある大きな机の上には、見た事も無い機器が設置されていた。

 これが錬金術の道具なのだろうか。

 

「ここにある機器については、本棚に使い方が書かれている解説書があるから一度目を通しておいてください。あちらの扉の先には寝室と浴室があります。そして、ここにある本以外にも、図書室にはたくさんの蔵書があるので、そちらも覗いてみてください」

 

 部屋の隅には、休憩するためのものなのだろうか。テーブルやソファが置かれ、さらに台所まである。

 以前住んでいた、シュターテット領のお屋敷の部屋より遥かに大きく、そして豪華な造りだった。

 

「あの、この本って、あたしが読んでもいいんですか? あたし学生ではないんですけど」


 本棚を熱心に見上げていたメグが、学院長に尋ねた。


「ええ。全く問題ありませんよ。学ばれる事は大変喜ばしいことです」

「やったぁ! ありがとうございます!」


 メグはそう言うと、さっそく本棚から一冊の本を取り出して、ソファに座り込んだ。

 本を開くと、メグは本に書かれている文字を声に出して読み始めた。


「え~っと、鳥類……図鑑。この本はイクヤット地方に生息する鳥などの生物の……生態? をまとめたものです。……をまとめたものである。この本を制作するにあたり……」


 知識を吸収しようとするメグの、純粋な人柄がそのまま表れているようで、なんだか微笑ましかった。


「ではフェルさん、エリザさん。こちらがこの部屋の鍵です。無くさぬよう、気を付けてください」

「ありがとう……ございます」

「ありがとうございます。大切に扱います」


 私とフェルさんはそれぞれ鍵を受け取った。

 鍵はずっしりと重く、私の手のひらよりも大きかった。


「エリザさん。せっかく私とフェルさんも居る事ですし、少し魔法の初歩についてお見せしましょうか? といっても、フェルさんにやってもらいますけどね」

「本当ですか!? あの、フェルさんさえよろしければ、ぜひ拝見させてください!」

「ああ、構わないよ」


 魔法。聞いたことはあるけど、見た事なんて一度も無い。

 手から炎が出したり、空を飛んだり、そんなおとぎ話を読んだことがある。

 

 小さな頃から興味はあったけど、私には縁が無いものだと思っていた。

 それをまさか、今ここで見ることができるなんて!

 

 私が胸を高鳴らせていると、学院長が静かに言った。

 

「ちなみに申しますが、手から炎が出たり、空を飛んだりはできませんので。よく勘違いされる人が多いので、最初に言っておきますね」

「………………」

 

 私の期待はしぼんでしまったが、フェルさんは面白そうに笑って応じた。


「それこそ錬金術で開発した魔道具の出番だな。練成次第では、不可能ではないと思うよ」

「そうですね。さすがに空はまだ飛べませんが、いつの日か、そういう日が来るでしょう」

「じゃあ、早速やってみようか。エリザ、こっちに来て」

「は、はい!」


 フェルさんは作業机の椅子に座ると、机の上の丸い水晶にそっと手をかざした。


「これは錬金術で言う、最後の仕上げにあたるね。術式に魔力を込める作業だ。この水晶で、その魔力操作の練習のためにある。見ててごらん」


 フェルさんはそう言うと、集中するように水晶を見つめ、手をかざした。すると、フェルさんの衣服や髪の毛が、ふわふわと微かに浮かび上がった。

 そして、それに呼応するかのように、水晶にゆるやかな淡い光が灯りだした。


 私がそれに感心していると、学院長が解説してくれた。

 

「エリザさん。これが初歩の魔法です。一見すると地味でしょう? でも、我々の生活はこの恩恵に頼りきりなんです。街の上下水道や夜間の街灯など、あらゆる物が魔道具として生活の基盤を支えているのです」


 街の街灯。たしかに、王都は夜になっても信じられないくらい明るい。あれは魔道具だったんだ。

 王都には魔道具というものが生活に根付いているのだろうか。

 私が住んでいた場所には、魔道具なるものは無かったので驚くばかりだった。

 

「……ふう。エリザもやってみるかい?」

「わ、私にできるでしょうか?」


 フェルさんに促され私がおたおたとしていると、学院長が思い出したように言った。

 

「ああ、そうでした。エリザさん。魔法の体現練習の前に、少々お待ちください。初心者であれば、特に必要なものがあります。お二人とも、こちらへ。それにマーガレットさん、読書中すみませんが、マーガレットさんもこちらに来てください」


 学院長に促され、私たちは部屋の隅にある大きな洋服棚のようなものの前に来た。

 学院長が棚を開くと、そこには何着もの同じ服が掛かっている。

 

 学院長はその中から、一つを取り広げた。


「これは学院に所属する者が着る学院ローブです。必須ではないですが、これを着ていれば生徒だという事が分かり、図書室や食堂が使えます。大きさも豊富にあるので、自分に馴染むものを選んでください。それに実験や魔法の練習などの際はぜひ着用してください。耐薬布で作られており、耐火性能などもあります。料理をする際のエプロンのようなものですね」


 そのローブはフードが付いており、長めのコートのようだった。何やら特徴的な模様が刺繍されている。


「マーガレットさんは正式な生徒でありませんが、この研究室に頻繁に訪れるのであれば、マーガレットさんもぜひ着用してくださいね。何着でも無料でお貸しできますので」


 学院長が、手に持っていた学院ローブをメグに手渡した。

 メグはそれを無言で受け取り、学院ローブをまじまじと見つめていた。

 

 そして、メグが小さく、しかしはっきりと呟くように言った。


「このローブ。エリザを治してくれた、あの時のお医者様が着ていたものと同じだ……」

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