第6話 昼食とゴロツキ
シシィさんのランチのお誘いを受け、私たち四人はシシィさんおすすめのレストランへと向かった。
どんな場所なのだろうと胸を弾ませていたけれど、たどり着いたのは私の想像を遥かに超えた豪華な建物だった。
白亜の壁に重厚な扉。威厳ある佇まいに、思わず息を呑む。
あまりにも場違いに思えて、足がすくむ。
あまりの事に立ち尽くしていると、メグが不安そうに私の袖をそっと引いた。
「こ、これ……あたしなんかが入って大丈夫なのかな?」
メグが心配になるのも分かる。なにせ私たちは、普段着のままで来てしまっているのだから。
だけど、私たちが心配そうにしているのをシシィさんが察したのか、明るく声を掛けてくれた。
「大丈夫よ。見た目はお堅いけど、作法なんていらないの。意外とフランクなのよ! じゃんじゃん食べてちょうだい!」
シシィさんの言う通り、店内に入ると、お客さんたちは賑やかに会話を楽しみながら食事をしていた。
とはいえ、その客層はやはり、どこか貴族に近い雰囲気を品の良さを感じさせている。
案内された席につくと、シシィさんが慣れた様子で注文してくれて、待つ間もなく、次々と料理が運ばれてくる。
運ばれてきた料理は、どれもが美しく盛り付けられ、見た目の期待を裏切らなかった。
ぷりぷりのエビは甘みが強く、香ばしく焼かれた魚は身がふっくらとしていて、口の中でとろけるようだった。
特に貝類は格別で、磯の香りが凝縮されており、噛むたびに豊かな旨味がジュワッと広がる。
こんな豪華な料理、社交界で少し口にした程度だ。
ふとメグの方を見ると、目を輝かせながら無言でムシャムシャと食べていた。
メグのほっぺたが、これでもかというくらいに膨らんでいる。
シシィさんは優雅に顎に手を添え、フォークを親指と人差し指でつまみ、器用にエビを刺し、あーんと口を開けて食べていた。
気ままな仕草なのに、なぜか上品に見える。
フェルさんは、静かに洗練された作法によって黙々と食事を進めていた。
それぞれ自由に食事を楽しんでいる姿を見て、私はなんだか肩の力が抜けていくのを感じた。
厳しく教え込まれた食事の作法によって、無意識のうちに身体がこわばっていたようだった。
「エリザちゃんとマーガレットちゃんは、引っ越してきたってことは王都に住むって事よね?」
突然、シシィさんが問いかけてきた。
「はい、私は他に行く場所もないので。メグは、シュターテット領に……じゃなくて、アンハワー領に住んでいますが」
「シュターテット領? ああ……つい最近、統合された領地か」
フェルさんが確認するように答えた。
領地が統合された話……王都では一般的に広まっているのものなのだろうか。
「あたし、エリザがイヤって言うまで、ここに住んでもいいよ!」
メグはそう言って、ニヒっと笑った。
その言葉は嬉しかった。けれど、本当にそんなことをさせていいのだろうかと迷いもよぎる。
それでも――
「ありがとう、メグ」
メグの優しさが嬉しかった。
メグを縛るつもりはない。むしろ私がメグを支えていきたい。
「うふふ、いいわねぇ。お二人の仲の良さに妬いちゃうわ~! じゃあ、昨日言った件だけど、錬金術の学校に行くって事でいいのかしら? 王立魔導学園の所属になると思うわ」
「あ、あの、その件ですが……」
私は恐る恐る、口を開いた。
「私、手持ちがまったくなくて……学校に行くとしても働いてからになると思います。学校って、いくらくらい掛かるものなのでしょうか?」
「え? ああ、学費かしら? そうねぇ……」
シシィさんが考え込んだところに、フェルさんが応えた。
「無償だよ。ちょうど僕も入学するところだったんだ」
「えっ!?」
驚いた声を出したのはシシィさんだった。
だけど、私も同じように驚いていた。
「無償……なんですか? 学校が、ですか?」
「ああ。ちょうど今、無償期間だからね。手続きをするつもりだったし、エリザの分もまとめてやっておくよ」
「無償、期間……?」
無償期間。無料ってこと? 無償で習い事が受けれる事なんて、あるのだろうか? いや、都会なら……あり得るのだろうか。
「手続きが済んだら連絡するよ、エリザ」
「え? あ、はい! ありがとうございます」
「お~、すごいじゃんエリザ! 学校なんて凄いね~!」
メグが私の入学を祝ってくれた。
住むところはおろか、学校まで入れる事になってしまった。都会って凄い場所だ。
その後、食事を終えて、私たちはシシィさんとフェルさんにお礼を伝え、帰路についた。
道すがら、次々と決まっていく状況を整理しようと考え込んでいると、メグが話しかけてきた。
「なんか、良い人たちだったね」
「そうだね。すごく良い人たちだね」
心からそう思えた。
◇◆◇◇◇◇
エリザとマーガレットとの昼食が終わり、二人と別れたシシィとフェル。
二人はフェルこと、フェリクスの執務室に戻った。
「殿下、あの二人はいかがでしたか?」
シシィことバサウェインが、フェリクスに確認をした。
「……普通の娘だったな。謀られているとは思えないが。だが、“普通すぎる”ことが、逆に気にかかる」
「私も同感です。しかし……殿下がいきなり、その普通の娘の指を噛みだすのは驚きましたが」
「うっ……いや、あれは……本当に申し訳ない事をしてしまったと思っている」
シシィの揶揄に、自分のしでかした事を思い出し、フェルは顔を赤らめた。
シシィはフェルの顔を見て、ふふっと笑う。
「殿下も学園に入学すると言い出して、さすがに驚きましたよ」
「ああ、ちょうど良いと思ってな。今は、あの偽装の指輪『ガルウ』もあるからね」
フェルは王族である自分を隠せることに、密かに胸が高鳴っていた。
偽装の指輪があれば――
ずっと諦めていた魔道具の研究に、ようやく本気で取り組める。
その上、エリザという重要人物を身近で観察できる。
「殿下。学費が無償期間と仰ってましたが、娘たちの生活費も無いという事を含めて面倒を見るおつもりでしょうか」
「無論だ。ただ、金が無いという事で、重要人物を逃がしてはならないだろう?」
フェルは、エリザを王都から離れさせることの危険性を理解していた。
あの義手や『賢者の石』、それを他国や犯罪集団にでも奪われたら甚大な損害を生む可能性がある。
「あと殿下。入学の事は、さすがにお父上……陛下にだけは連絡しておきますよ。私も学院長としての立場がありますので」
「ああ、構わない。……それからシシィ、頼みがある」
「なんでしょう?」
フェルはシシィの目を見て、伝えた。
「あの二人、本当に普通の娘であるならばこそ、危険だ。監視と護衛をたのむ」
「御意に。すぐに手配いたします」
シシィは深く一礼した。すると、フェルが立ち上がり言った。
「……護衛の者たちは、僕が場所を案内しよう」
「殿下、自らですか? さすがにそれは……」
「なに、目立たないようにするさ。今回は偽装の腕輪を着けないよ。城の者に、偽装した状態を露呈したくはないからね」
「……そんなに、あの義手が気になるのですか?」
フェルはシシィの言葉が聞こえていたが、返事はしなかった。
フェルは目立たぬよう、落ち着いた色の服に着替え、上から地味な外套を羽織った。
そして、シシィが手配した護衛の兵三名を引き連れ、エリザの家へ向かった。
遠くにエリザ邸が見えてきた時だ。
店の前に周りをきょろきょろと確認する、不審な行動をしている男が、エリザの店の中へ入っていくのが目に入った。
「……ッ!」
フェルは外套を放り捨て、一気に駆けだした。
慌てて護衛たちが、その背を追いかけた。
◇◇◇◇◇◆
帰宅した私とメグは、椅子に腰掛け、紅茶を飲みながら話していた。
「エリザ、明日からどうしようね?」
「そうだね……働く所を探してみようかな?」
都会に来たはいいけれど、生活のあてもない。心がざわつくばかりだ。
フェルさんが学園に入るための手続きをしてくれると言っていたけど、それがいつ頃になるか分からない。
それまでの間、生活費を稼がなくては。
私は今、完全に文無しなのだ。
働き口のことも、シシィさんに相談しても良いのだろうか。でもそれだと、頼りっぱなしな気がして気が引けてしまう。
すると、店のドアがガチャリと勢いよく開いた音がした。
紅茶の湯気が揺れ、胸が跳ね上がる。
慌てて店の方に行くと、見知らぬ汚れた格好の目つきの悪い男性が一人、無遠慮に店に入って来ていた。
……お客さんだろうか? いや、カーテンは開けているけど、店内に商品なんて何も無いのは外からでも分かるはずだ。
間違って店に入ってきてしまったのだろうか。
「あ、あの。お店はやっていなくて……」
「おう、じゃあ店を開く予定なんだな?」
「え? あ、はい……そう、です、けど……」
その男性は私とメグを頭の先から爪先まで、値踏みするような視線でジロジロと見ていた。
その視線に、背筋が凍るような、ぞっとする恐怖を覚えた。
「じゃあ、みかじめ料、もらわねぇとなあ」
「え、ミカジメリョウ?」
「四十万。今すぐに出せ。あと、毎週四十万ずつ用意しろ」
ミカジメリョウ? 四十万? 何の話?
理解が追いつかない私に代わり、メグが青ざめながら叫んだ。
「そ、そんな大金、無理ですよ!」
「だったら……何でもして用意しろや!!」
突然、男性が凄まじい大きな声を出し、すぐそばの壁をドン!と強く叩いた。
その衝撃音が、部屋中に鈍く、そして暴力的に響き渡った。
私は急な事に、思考が一瞬で吹き飛んでしまった。
足の力が抜け、息が止まる。メグも驚愕し、二人とも声を失った。
メグは、小刻みに身体が震えていた。
私は反射的に、メグの身体を強く抱きしめた。
「メグ、大丈夫。私の方を見て」
もちろん策なんてない。それでも――
メグが怯えているのだけは我慢できなかった。
メグの顔が青ざめている。
メグをこんな目に逢わせる人間が許せないという思いが、私の心の中を支配した。
その男性の方を、キッと睨んだ、その瞬間。
店のドアがノックされ、扉が開いた。
一人の男性が、店に入ってきた。




