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くよくよしない錬金術師、エリザ・シュターテット。  作者: 水乃ろか


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第5話 偽装と調査

 商業ギルドマスターのシシィさんとの待ち合わせの約束通りのお昼ごろ、シシィさんは遅れずに訪れてくれた。

 私とメグは、お店の前でシシィさんを歓迎した。


「シシィさん、こんにちは。ご足労いただき、ありがとうございます」

「こんにちは!」

「ちゃお~! 昨日ぶり~、元気にしてたかしら?! 今日はね、お友達も連れて来たの! あとで紹介させてちょうだい!」

 

 シシィさんの後ろには、ボサボサした黒髪の青年が立っていた。

 年齢は私と同じくらいだろうか。

 彼は控えめにぺこりと会釈をしたので、私もそれにならって会釈をした。

 

 それから、シシィさんたちを店の中へと案内した。といっても、店に品物はないけれど。

 

「あらあら、本当にちゃんとお店があるのね~。凄いわ」

「すみません、何も歓迎の用意が出来ず。こちらへどうぞ」


 私たちはリビング兼ダイニングへ通し、食事用のテーブルを囲んで座った。

 先日の商業ギルドの様な豪華な内装ではないけれど、急に大丈夫だろうかと今さら心配になってきた。

 私にできることと言えば、精一杯の気持ちを込めて紅茶を入れることくらいだった。

 

「あら、わざわざありがとう。ん~、良い香り。これってば、ラサンフライね。随分と珍しい茶葉だわ」

「ええ、私が一番好きな茶葉です。……といっても、ここに置いてあったものなんですけど」


 そう、この茶葉は、この家に備えられていたものだ。封が切られていなかったので、今回使わせていただいた。

 昨日メグと一緒に飲んだ時も特に身体に害はなかったので、大丈夫だとは思う。

 

 紅茶を飲んでいると、シシィさんのお連れさんの視線が気になった。

 どう見ても、私の義手をじっと見つめている。珍しいのは分かるけれど、ずっと見られ続けると落ち着かない。

 

 私が義手を上にあげると、シシィさんのお連れさんの顔が上を向き、義手を下に下げると、顔が下を向いた。


 ……なんかちょっと面白いな。


 シシィさんがそれに気づいたのか、クスクスと笑いながら声をかけた。


「フェル? 大丈夫かしら?」


 シシィさんがお連れさんに声を掛けた。

 ハッと我に返るお連れさん。フェルさんと言うのだろうか。


「えっ!? ……ああ、大丈夫だ。しかし、その義手、すごいですね。あの、見せて頂いてもよろしいでしょうか?」

「フェルったら、急かしすぎじゃないかしら? そんなんじゃ、嫌われるわよ?」


 シシィさんの言葉は、フェルさんの耳に入っていないようだった。


「ええ、どうぞ。すみませんが取り外しができないので、このままでよろしければ」


 私は左手をフェルさんに差し出した。

 フェルさんはとても丁寧な手つきで義手に触れた。

 

 そしてフェルさんは義手を確認しつつ、私に尋ねてきた。


「名前は何というのですか?」


 あ、そういえばまだ自己紹介していなかった。


「エリザと申します」

「そうか、エリザか。美しい名だ。いや、名前だけではない。見目も美しい。見た事のない美しさだ。本当に素晴らしい」


 フェルさんの言葉は奇襲だった。

 いきなりそんなことを言われるとは思ってもいなかったので、自分の顔が熱くなるのが分かった。


 混乱してしまい、私は何も言う事ができなかった。都会は恐ろしい。

 

 すると、シシィさんがフェルさんの肩をトントンと叩いた。

 

「フェル? その義手じゃなくて、このお嬢さんの名前がエリザちゃんよ」


 フェルさんの視線が義手から私に移り、義手と私を交互に見ていた。


「も、申し訳ない!」


 フェルさんが慌てていた。どうやら私の名前ではなく、義手の名前を聞いていたらしい。


「わ、私の方こそ勘違いしてしまってすみません! そ、その義手の名前は、分かりません……」

「いいのよ、エリザちゃん。フェルってば、気に入った魔道具に名前をつける癖があるの。ごめんね。変な奴で。フェル、こちらのお嬢さんはマーガレットちゃんよ」

「マーガレットです! 年の近い友達はエリザしかいないので、気軽にメグって呼んでください!」

「よ、よろしく……僕はフェリク……じゃなくて、フェルと申します……」

 

 フェルさんは顔を赤くしていた。


「ほら、フェル。せっかくエリザちゃんに義手を見せて貰ってるんだから、ちゃんと見なさいね? 繊細なレディの手なんだから、気を付けるのよ」

「え? あ、ああ。そうだな……」


 再び、フェルさんが真剣な眼差しで義手を確認し始めた。

 先日のシシィさんが確認していた時よりも、ずっと細かく見ている。

 もしかしたら、この義手について何か分かるのかもしれないと感じた。

 

 フェルさんは義手を確認しながら、何やらぶつぶつと呟いていた。


「これは、どこの構造でこうなってるんだ……? 全体が魔力で覆われているようだな。魔動力で動かしているなら駆動しているのか……?」


 フェルさんは義手の手を広げて、手のひらに耳をくっつけていた。


「駆動音は……しないのか!? であれば、どうやって動かしているんだ……? しかも体温のようなものも感じる。もしや、カミアデスが関係しているのか……?」


 フェルさんはそう言うと、突然、義手の人差し指を軽くカジった。

 唇の感触と、軽く歯を立てられた感触が、私の身体全体に響くようだった。

 

 いきなりこんなことをされて、自分の頭が破裂するほど恥ずかしかったけれど、これは純粋な調査のためなのだろうと思って、できるだけ静かにしていた。

 

 だけど、顔が熱すぎてうつむくことしかできなかった。


「あのうフェル? 調査している所、わるいんだけど……」

「なんだ? シシィ」

「さっきも言ったと思うんだけど、その義手。レディの手なのよね」

「ああ、本当に凄い技術だ。緻密な操作も可能だし、一体どうやって作ったんだろうな」

「……その研究熱心な所もいいんだけど。手と変わらないのは動きだけじゃないのよ?」

「ん? ああ、そうだな。本当に凄いことだ」

「……フェル? あなた、さっきまで、その義手に何したか覚えてる?」


 フェルはシシィの尋ねた事を考えていた。


「ええっと、まず、義手全体の硬度を触って確かめた。それにカミアデスの硬度を確認するために、すこし指先をかじった。他に駆動音を確かめるために、耳をくっつけた時、体温のようなものを感じたな。本当に凄い。ん? 体温?」


 そこでフェルは初めてエリザが顔を真っ赤にしてうつむいているのを視認した。

 だが、まだ察していないフェルは「なんで真っ赤なんだ?」と思っていたが、自分の言った事を改めて認識した。


 フェルは、目の前の女性の手をベタベタと触り、手のひらに耳を当て、極めつけに指先をかじったのだ。しかも、生身の手と感覚が変わらないものを。


「もももももももも申し訳ない!」


 顔を真っ赤にしながら、頭を下げるフェル。


「わ、わた、私としたことが、何たる失態! なんとお詫びをしたらよいかっ……!」

「い、いえ全然平気ですので、あの驚いただけでして……」

 

 状況がよく分かっていないメグ。

 呆れているシシィ。

 そして、真っ赤な顔をしたエリザとフェル。


 沈黙を破ったのはエリザだった。

 

「その……義手について何か分かりましたか?」

「え……あ、ああ。うーん、もうちょっと調査を続けないと何とも言えませんね」

「そうなんですね……」

「これはどこで入手されたのですか?」


 フェルさんの質問に、私は簡単に経緯を説明した。

 怪我をして治療してもらった事。そして義手を付けていただいたこと。お医者さまが誰だか分からない事。


「この義手を付けて頂いたお医者さまの事、なにかご存じだったりするでしょうか?」


 私の質問にフェルさんはうーんと考えていた。


「こんな高度な物を作れる人間は聞いたことありませんね。というよりも王都、いや国中を探してもいないと断言できます」

「えぇっ!? そうなんですか……?」


 そんなに凄いものを、私なんかが使ってもいいのだろうか。

 

「ええ。とても貴重なものなので、大事にしてくださいね」

「あの……実は私、昨日お風呂に入ってしまったんですけど……できるだけ水につけない様には気を付けたんですが、まずかったでしょうか?」


 私の返答にフェルさんとシシィさんがポカンとしていた。


 するとフェルさんが応えてくれた。


「その構造や素材であれば、水どころか火などであっても問題ないですよ。義手全体が魔力で覆われていますので、日常生活で何をしても、ちょっとやそっとじゃ支障はきたしませんよ」

「あ、安心しました……」


 心底ほっとした。そんな貴重なものを壊したとしたら、どうしていいのか分からない。

 それに、もしお医者様と会うことができたら、返すことになるのかもしれないし。


「フェル? 今日の調査はこれくらいで大丈夫かしら?」

「ああ、そうだな。調査していたら、いつまで経っても時間は足らないが、今日のところは充分だ」


 今日のところは充分? これからも義手の調査というのは続くのだろうか。

 

 その時だった。


 ぐ~~~。 という、間延びした音が響いた。音の主を見ると、メグのお腹。

 メグはお腹をさすり、「えへへ」と照れていた。

 

 そういえば、お昼の来客だったので昼食を食べていなかったのだ。

 

「ねえ、エリザちゃんにマーガレットちゃん? よければ、今日のお礼に二人をランチにぜひ誘いたいんだけど、どうかしら? おすすめのお店があるのよ」


 シシィさんはそう言って、またもや艶のある長いまつげをパチンと弾くようにウィンクした。

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