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くよくよしない錬金術師、エリザ・シュターテット。  作者: 水乃ろか


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第4話 王子と賢者

 私とメグは言われた通りにソファへ腰を下ろし、商業ギルドマスターが用意してくれた温かい紅茶をいただいていた。


「よく来てくれたわね。私は商業ギルドマスターのシシィよ。よろしく、ね!」


 シシィさんはそう言って、私たちに優雅な投げキッスを贈ってきた。

 突然の奔放な挨拶に、私とメグは困惑の苦笑いを浮かべることしかできなかった。


「私はエリザと申します。この度は事前の連絡もなく急な訪問となり、大変失礼いたしました」

「あ、あたしはマーガレットと申します!」


「うんうん、エリザちゃんにマーガレットちゃんね! そんなに肩肘張らないで、ゆっくりくつろいでちょうだい!」


 シシィさんは、親しみを込めた笑顔でそう応じた。


「それで、可愛らしいお嬢さん方。今日はどのような御用でここへ来てくださったのかしら?」

「えっ!? えっと……」


 商業ギルド自体に明確な用事があったわけではない。

 不意に核心を突かれ、私は言葉に詰まり混乱してしまった。


「えと、あの……実は昨日この街に引っ越してきたばかりで、その……錬金術を習って、お店を開きたいと考えているんです……」


 まだ何も決まっていないのに、手紙に書かれていたり昨日考えていた事を、私はつい口走ってしまっていた。


「あら、お店を? いいわね! 商業ギルドとしても、できる限りの支援はさせてもらうわ。それに錬金術を学ぼうという志も素晴らしい。でも、店舗を構えるにはある程度の初期資金が必要よ?」

「えと、そのお店なのですが、実はもう用意できていまして……住居と店舗が一緒になっているんです」

「あら、それは随分と準備がいいのね」


 シシィさんは驚いたような表情を浮かべた。確かにその通りだ。

 まだ何の売り物もないのに、いきなり店舗を持っているなど、違和感しかないだろうと私も思う。


「じゃあ、もうある程度は錬金術ができるの? お若いのに、錬金術を扱えるなんて本当に凄いことなのよ」

「いえ、実は錬金術を学ぶの、これからでして……」

「え? これから? つまり、まだ素人さんなの?」

「あ、あの……はい……」

 

 シシィさんは私の答えに、しばし思案する様子を見せた。

 そして、やがて私の方を向くと、再び優しく微笑んだ。


「うん、それなら錬金術の学校を紹介してあげる。まずはそこでしっかり学んでから、お店を開くのがいいわね。……ところで、あなた、その手で錬金術はできるかしら?」

 

 シシィさんの視線は、私の左手に向けられていた。銀色に輝く金属製の義手。

 私が返事をする間もなく、シシィさんは身を乗り出し、私の義手に顔を近づけて言った。


「綺麗ね。素晴らしい出来だわ。ちょっと見てもいいかしら?」


 その言葉に、私は一瞬、この義手を見せることに躊躇(ちゅうちょ)した。

 手袋でもしてくるべきだったかもしれないと後悔した。

 しかし、シシィさんは私の警戒心を察したのだろう。優しく諭すように言った。


「なーに、取って食ったりしないわ。これでも商業ギルドマスターよ。こういった変わった芸術品に強く惹かれるの。ほら、見ての通り、私ってば芸術家肌でしょう?」

「え……まあ、見るだけなら、構いませんが……」


 確かに、この義手については私自身も何も知らない。

 もしかしたらシシィさんなら何か知っているかもしれない。

 

 私は左手の義手をシシィさんに差し出した。

 シシィさんはすぐにポケットから白い薄手の手袋を取り出し、それを両手にはめると、私の左手をそっと丁寧に手に取った。


「では、失礼して」


 その瞬間、先ほどまでの奔放な微笑みは消え、シシィさんの瞳は真剣な探求の光を帯びて義手を確認し始めた。

 やがて、その視線が私へと向けられた。


「さっきまで、自然に指を動かしていたように見えたけれど、それはエリザちゃん自身の意思で動かしているのかしら?」

「はい。私の意思で動かしています」

「なるほど。では、少し動かしてもらえるかしら?」


 私はシシィさんの言われるままに、義手を動かしてみせた。

 拳を握ったり開いたり、指を動かしたり複雑な動きを試みる。

 

「なんて随分と細かく滑らかに動かせるのね。凄いわ……」


 シシィさんは驚愕の表情を浮かべ、息を呑んでいた。

 それから、義手を軽く叩いてみたり、手のひらを爪でカリカリと掻いていた。

 

 突然のことに手のひらを触られて、私は反射的に「ひゃッ!」と小さく声を上げてしまった。くすぐったかったのだ。


「あら、ごめんなさい! 私としたことが、デリカシーに欠けていたわね! でも、いったいどうやって動かしているの?」

「そう聞かれると、特に意識はしていなくて……普通の手を動かすのと同じ感覚なんです」

「……なるほどねー! あら? これは何かしら?」

 

 シシィさんは義手の手の甲にある、円形の花の様な装飾を指さしていた。


「ごめんなさいね。少し触らせてもらうわ」


 シシィさんは、その円形の装飾を丹念に観察しながら、まるでパズルのように少しずつ動かし始めた。

 すると、突然カチリと音を立てて、円形の装飾がパカッと開いた。それは蓋になっていた。


 蓋の中には、赤く輝く、妖しい光を放つ小さな石が収められていた。


「……っ!? ……あら、キレイね! こんな隠し装飾をするなんて、なんてオシャレなのかしら!」


 シシィさんはそう言って、ゆっくりと義手の蓋を閉じた。

 しかし、シシィさんの顔に、一瞬だけ凄い表情が浮かんだ気がしたけれど、気のせいだろうか。


「ところでエリザちゃん。お店はどこらへんに構えたの? 確か、昨日引っ越してきたばかりと言っていたわよね?」

「はい。スウェン通りの三丁目、十八番になります。住居と店舗は兼ねています」

「あら、あそこらへん、ちょっと治安悪いけど平気かしら?」

「確かに、そうですね……」

 

 やはり、気のせいではなかったのだ。

 人通りが少なく、他の通りに比べて道も埃っぽい気がして、気になっていたことが的中してしまい不安が募った。

 

 そして、ふと私はシシィさんに聞くべきことを思い出した。

 

「あの、この義手を付けて頂いたお医者さまの事、なにかご存じだったりするでしょうか? 紹介状を頂いたのです。私、お礼をさせて頂きたくて」


 私の問いにシシィさんはうーんと考えていた。


「おそらく知り合いの様なものではあるけど、残念だけど会う事はできないわ。私自身もね。それに名前も何もかも知らないの」

「え……? そうなんですか……?」


 会えないし、何もかも知らない? そんな事があるのだろうか。

 しかし、命まで救ってもらった恩人に、私はお礼を伝えることもできないのかと思うと、申し訳ない気持ちになった。


「ところでエリザちゃんにマーガレットちゃん、明日のお昼頃の予定は空いてる? 差し支えなければ、お店の方へ伺ってもいいかしら?」

「は、はい! むしろ、こちらこそありがたいです。まだこの街のことも知らないことだらけで不安でしたので。メグは大丈夫?」

「あたし? うん、あたしは暇だから全然大丈夫だよ!」


 私たちの返事を聞いて、シシィさんは満足そうににっこりと微笑んだ。


「じゃあ明日のお昼頃、楽しみに伺わせてもらうわね! ……それと、この紹介状は私たちだけの秘密よ?」


 シシィさんはそう言って、艶のある長いまつげをパチンと弾くようにウィンクした。

 

 ◆◇◇◇◇◇

 

 王都の中心にそびえ立つ王城。

 その広大な内部の一室、第二王子の執務室の扉が、控えめにノックされた。


 入室した従者は、室内で書類を広げる第二王子フェリクスに取次ぎを願った。

 窓から差し込む午後の陽光が、第二王子フェリクスのきらめく金色の髪を照らしていた。


「殿下。バサウェイン様より、急用につき至急面会をされたいとの申し出がございます」

「バサウェインが? すぐに通してくれ」


 第二王子のフェリクスは即座にそう答えた。

 賢者バサウェインが『急用』として面会を求める際は、事態が重大であることをフェリクスは経験上知っていたからだ。

 

 間もなく、バサウェインが執務室に姿を現した。

 バサウェインの銀色の長髪が、歩みに合わせて静かに揺れる。

 フェリクスの前に進み出ると、バサウェインは厳かに片膝をついた。


「殿下。急な上にも関わらず、お目通りを許可していただき感謝申し上げます」

「……シシィ。ここは僕と君だけだ。いつもの通りで構わないよ。ところで、どういった用件だい? 商業ギルドで何か問題でもあった?」


 賢者バサウェイン。彼こそ、商業ギルドマスターのシシィと名乗る人物である。

 第二王子フェリクスの勅命により、彼はその正体を秘匿しつつ、王都の商業ギルド運営を任されていた。


「すぐにご報告すべきことと判断いたしました。本日、商業ギルドを訪ねてきた人物について、お耳に入れとうございます」

「ほう。それは何事かな?」

「端的に申し上げますと――『賢者の石』を持ち込んできた者がおりました」

「……『賢者の石』? それは、ただのおとぎ話の中の存在ではないのかい?」


 『賢者の石』。

 それは、不老不死をもたらし、無限の魔力を宿し、あらゆる怪我や病を癒すとされる伝説の秘宝。

 伝承によって語られる内容は異なるが、人々にとって希望や奇跡の象徴たる石だ。


「ええ。昨日までは、おとぎ話の中のものでした。しかし、本日、この私の目でその存在を、かの赤い石を確認してしまったのです」

「……なぜ、それが『賢者の石』だと断定できる?」

「あの小さな石に宿る、無限とも思える魔力量。そして、圧倒的な密度で練り込まれた術式。これらは、私の知る限り前例がありません。『賢者の石』そのものでなくとも、それに極めて近い、桁外れな代物であることは間違いございません」

「ほう……それを持ち込んだのは、誰だい?」

「若い二人組の娘にございます」


 若い二人組の娘。フェリクスは、それが金目当ての商人や腕利きの冒険者の類ではないことに、言い知れぬ違和感を覚えた。

 近頃、世情がおかしい。数日前にも、商人でもない人間が、商業ギルドに奇妙な魔道具を持ち込んできたばかりだ。

 『賢者の石』も同じように、何かの目的で売り込んできたのだろうか。それとも、別の意図があるのか。


「その娘たちが要求してきたのは、何だ?」

「いえ、要求は何も。強いて言えば、錬金術を学び、店を開きたい、と」

「錬金術師だというのか?」

「いえ。それが、錬金術はこれから習う、と申しておりました」

「……要件が全く見えてこないな」


 『賢者の石』を作り出したのに、本人は錬金術師でもなく、何かを要求するわけでもない。

 正体が掴めない。魔女か、あるいはどこかの間者だろうか。


「殿下。それだけではございません。もう一つ、驚くべきことが。一人の娘の左手が義手でしたが、その義手がとんでもない代物だったのです」

「……というと?」


 フェリクスは正直なところ、バサウェイン――シシィの報告の続きを聞くのが恐ろしかった。

 まだ何か、常識を覆すようなことがあるのかと。しかし、報告を聞かないわけにはいかない。


「義手の彫刻の精度や、その機構は見たこともないほど高性能なものでした。そして、その素材は金と、おそらく――カミアデスでございます」

「カミアデスだと? あのカミアデスか?」

 

 カミアデス。

 それは鋼よりも遙かに硬く、銀のような光沢を放ちながら、羽のように軽いという伝説級の鉱物。

 魔力を帯びているとされ、その産地は不明、現存するものは極めて稀少とされている。


「その義手は、人間の手と遜色なく、まるで生きた手のように動いておりました。それどころか、義手であるにも関わらず、手の感覚があるようなのです」

「義手に感覚? なぜ、それが分かった?」

「調べることを快諾してくれたので、私が触れてみたところ、どうやら感覚がある様子でしたので、あえて手のひらをくすぐってみたのです。そうしましたら声を上げ、笑っておりましたので」

「……常識では信じられん報告だが、『賢者の石』とカミアデスという異常な情報が揃えば、それも信じざるを得ないな。それで、その二人はどこに?」

 

 シシィは跪座(きざ)から、ゆっくりと立ち上がった。


「住所を聞き出しました。明日の昼頃に訪問しても良いという許可も得ましたので、私が調査してまいります」

「そうか。頼む……いや、僕も行こう。この目で確かめたい」


 フェリクスはそう言うと、椅子から立ち上がり、机の引き出しから一つの指輪を取り出した。

 

「先日、商業ギルドに売り込まれた魔道具の『ガルウ』を、もう使うことになるとはな。これを使っている時は、僕は『フェル』と名乗るよ」


 フェリクスはその『ガルウ』と呼ばれた指輪を自らの左手に身に着けた。

 すると、フェリクスのきらめく金色の髪が、たちまち濃い黒色へと変化した。

 

 その指輪は『偽装の指輪』。

 身に着けた者の容姿を瞬時に変装させる特殊な魔道具である。

 

 フェリクスは、その高性能な義手にも、『賢者の石』にも、そしてその持ち主にも強い興味を抱いていた。

 なぜなら、フェリクスは類稀なる特殊な魔道具の収集していたからだ。

 

 そして、偽装の指輪の『ガルウ』という名は、フェリクスが名付けていた。

 フェリクスは魔道具に名前を付けるという変わった癖を持っていた。


「承知致しました。では、明日に」


 シシィは静かにそう答えた。


 シシィは紹介状の存在を、フェリクスには伝えなかった。


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