第3話 自由と商業ギルド
「そういえば、床下に何かあるんだっけ?」
メグの言葉で、張り詰めていた空気が一気に緩んだ。
手紙に『床下のものも全部、きみのものだ』と書かれていたことを思い出した。
「そうだったね。でも床下って、どこのことだろう?」
「なんか目印があるのかなー」
メグは床に這いつくばって、熱心に探し始めた。
私もメグのお父さんも、床に怪しいものはないかと辺りを見回した。
「あれ? これかな?」
カウンターの裏からメグの声が響いた。
近づいてみると、メグが指さしている床には窪みのようなものがある。
一見しただけでは、何なのか判別できない。
「エリザ……開けてみる?」
「う……うん。ちょっと怖いけど、開けてみるね」
窪みに指をかけて引っ張ると、床が蓋になっていて開く構造になっていた。
パカッと床が開き、下には清潔感のある収納空間が見えた。
身体を小さくすれば大人一人がどうにか入れるほどの大きな空間だ。
しかし、その大きな空間に不釣り合いなほど小さな木の箱が一つだけ置いてある。
身を乗り出し、その箱を手に取った。両手に乗るくらいの箱だが、見た目以上に重い。
私は恐る恐るその箱を開けた。鍵はかかっておらず、すぐに中身が見えた。
……中には金貨や銀貨が詰められていた。
「これって……お金?」
「お金、だね」
「お金ですね……かなりの量だと思います……」
メグとメグのお父さんの言葉に、私はパタンと勢いよく箱を閉じた。
三人は同じ感想だった。
『こわいので、このお金は使ってはいけない』と。
◇◇◆◇◇◇
「夕食は何食べようかーっ!」
メグの大きな声が通りに響く。
床下の件の後、生活のための日用品がないことに気がついたメグとメグのお父さんが、色々と必要なものを買い揃えてくれた。
雑貨屋の娘と父親だけあって、「あれが必要、これが必要」と見たこともない道具を選んでいく姿には感心するばかりだった。
代金はメグのお父さんが全て払ってしまい、私は文無しという自分の非力さを痛感していた。
「いえいえ、お代なんていいですから!」とメグのお父さんは言っていたが、私の気持ちを察したのか「……では、お返し頂くのはお嬢様の余裕ができた時でいいので」と言ってくれた。
そして、さらにお金まで貸してくれる始末だった。
その後、メグのお父さんは「妻に言わずに出て来てしまったので、私はこれで失礼します! マーガレット、お嬢様をよろしく頼む!」と言い残し、夕方にもかかわらず風のような速さで村へ帰っていってしまった。
メグは都会の社会見学ということで、私と一緒に過ごしてくれるらしい。どう見ても私のための付き添いであり、本当に感謝しかなかった。
日が落ち始めた頃、「お腹空かない?」というメグの一言で、私たちは大通りに出てきてみた。
夕食時とあって、食堂や酒場、屋台などが人々の賑わいで溢れている。
「たくさんあるね。さすが都会って感じ。エリザは何か食べたいものある?」
「えっ?! ……私?」
メグの問いに、私は困ってしまった。
「んん~……実はよく分からないんだよね。私、こういう所で食べた事が無くて」
「ああ~、確かにそうだよねぇ。んふふ、お嬢様~?」
「もう! からかわないでよ~……だからさ、メグが好きなの食べたいな」
「え、あたし?」
メグは腕を組み、むむむと考えながら周囲を見渡していた。
次の瞬間、ひらめいたように目を見開き、私の腕を引っ張った。
「こっちこっち! あれに決定!」
「えぇ!? なになに~?!」
メグが私を引っ張って止まったのは、パンに切れ込みを入れ、野菜やお肉が挟まれた食べ物を売っている屋台の前だった。
「おじさん、ハンバーガーふたつください!」
「あいよ!」
メグがその食べ物をふたつ買うと、私たちは近くの噴水前のベンチに腰を下ろした。
日が落ちても街灯で明るい街は、大勢の人で賑わい、まるでお祭りのようだった。
メグは、買ってきたパンをひとつを私にくれた。
「はい、どうぞ。お腹すいたねー」
「ありがとう、メグ。すごく美味しそう」
メグは大きな口でハンバーガーにガブリとかぶりつき、モシャモシャと心地よい音を響かせた。
しかし、私は食べ物をかぶりついて食べた経験がなかった。
叔父と叔母が作法に厳しく、いつも難癖をつけられていたため、パンにかぶりついて食べていいものか躊躇いがあった。
「あれぇ? 食べないの? おいしいよ、このハンバーガー」
メグが、また大きな口で美味しそうにガブリと食べた。
そして、私を見てニヒヒと笑った。
その笑顔に、私もメグみたいに笑いたいと思って決心がついた。
私は大きな口でハンバーガーにがぶりと噛みついた。
モシャモシャモシャ…… これ……美味しいっ!
食べていたので声は出せなかったが、美味しさに驚き丸くなった私の目をメグが見ていた。
するとメグは「んふふ」と笑った。
それを見て、私も「んふふふ」と笑ってしまった。
更にメグは「んふふふふ!」と笑い返してきたので、なんだがおかしくなって二人で笑い続けた。
ハンバーガーは、自由の味がした。
◇◇◇◇◇◆
それから私たちは、新たな住居に戻った。
ここにはお風呂まで付いていたため、今日一日の汗を流し、寝間着に着替える。
義手が濡れないよう、気を付けて入るのは大変だった。
二階には寝室が二つあったので、私とメグはそれぞれの部屋に入った。
ベッドに入ると疲れがどっと出たが、色々なことが起こりすぎてなかなか寝付けない。
明日からどうしよう、ひとまず手紙にあった通り商業ギルドに行くべきだろうか、それにこれから私は自分で稼がなければならない。
ここはお店になっているし、何か商売を始めたりしなければならないだろうか。色々と考えてしまう。
そして、ふと思った。
……本当にここで寝ても大丈夫なのだろうか? 朝起きたら、野原に寝ていたとか、怖い人たちが来るとかないだろうか? と不安になった。
その時、ドアがトントンとノックされた音がした。
「ねえ、エリザ。まだ起きてる?」
メグの声だ。
私はベッドから起き上がりドアを開けた。
「メグ、どうしたの?」
「あ、あのさー…… 一緒に寝てもいいかな? なんか知らないところで寝るの不安でさ……」
「……うん! わかる、わかるよ! 私も不安だったし、一緒に寝よう!」
それからはメグと一緒に同じベッドで寝た。
メグの寝息が私の不安をかき消してくれた。
◇◇◇◆◇◇
次の日の朝、私とメグは商業ギルドへ向かってみた。
手紙に会った『最初は商業ギルドに行って、ギルドマスターのシシィを訪ねて色々聞くといい。』という言葉の通りにしてみることにしたのだ。
もしかすると、ギルドマスターのシシィさんという方が、お医者さまの事を知ってるのかもしれない。
場所が分からなかったので、道行く人に尋ねると「あそこだよ」と指さされたのは、遠くからでもわかる大きな石造りの建物だった。
商業ギルドの前につくと、たくさんの人が出入りしていた。
私たちは見上げるくらい大きなドアをくぐるのを一瞬躊躇してしまう。
「大きな建物だねぇ……」
「そうだね、メグ……よし、入ってみようか」
自分の服の裾を強く握り、意を決して中へ入った。
商業ギルドの内部は、二階まで吹き抜けの大きな広間だった。
綺麗な大理石の床、何本も立つ大きな石の柱など、私が住んでいた屋敷よりも立派な内装だ。
中には大勢の人がいて、カウンターに並んでいる。
私たちもその列に並び、順番を待つ。
「次の方、どうぞ」と声を掛けられ、受付へ進んだ。
「本日はどのようなご用件でしょうか?」
受付のお姉さんが笑顔で応えてくれた。
「えっとあの、商業ギルドのギルドマスターさんに面会をさせて頂きたくて……」
「ギルドマスターですね。面会のご予約はあるでしょうか?」
「よ、予約ですか……? ない、です……」
「なるほど、では面会の日程をご予約ください。と言いましても、紹介状が必要になりますが」
紹介状……そうだ、持ってきた! 私は手紙と一緒に置いてあった便箋を取り出す。
封がされ、宛名などはなく、殴り描いたような円の中にぐしゃぐしゃと線が描かれているだけだ。
「こ、これ、紹介状です!」
「確認させて頂きますね」
受付のお姉さんが、私の紹介状を見て、そのぐしゃぐしゃの絵を見るとギョっとした顔をしたが、すぐに笑顔に戻った。
「し、少々お待ちくださいっ!」
突然、受付のお姉さんが席を立ちあがり、ふらふらとした足取りでどこかに行ってしまった。
時折、壁や他の人たちにぶつかっていた。
待つのかと思ったけど、お姉さんはすぐに戻ってきた。
「お待たせいたしました。ギルドマスターの執務室までご案内いたします」
「え? は、はい……」
今日は会えないと思っていたのに、いきなり会えることになった。
しかも、応接室ではなく執務室というところに違和感があった。
私とメグは受付のお姉さんの後ろを歩き、階段を上がって二階の廊下を進み、大きな木の扉の前にたどり着いた。
お姉さんがドアをトントンと二回ノックし、「お連れ致しました」と声を掛けると、部屋の中から「入ってくれ」と声が返ってきた。
お姉さんがドアを開け、「どうぞ」と言われたので部屋へ中へと入った。
そこは大きな部屋で、壁には本棚が敷き詰められ、ソファや机、そして大きな執務用の机に長身の男性が一人腰を掛けていた。
その男性は銀色の長い髪を三つ編みで一つに束ね、鋭い目つきでこちらを見ていた。
白いシャツにベストを着た洗練された佇まいに、この人がギルドマスターなのだろうと感じた。
ギルドマスターというので年長者かと思っていたが、彼は若い。
二十代だろうか。そして、何よりも整った顔立ちと妖艶な美しさを纏っていた。
案内してくれたお姉さんが退室し、ドアがバタンと閉まる。
ギルドマスターはそれを見届けると、コホンと咳をし、私たちに声を掛けた。
「この手紙は、あなたが持ってきたというのに間違いないね?」
私が持ってきた紹介状の便箋が、封を切られた状態でギルドマスターの手にあった。
「はい、私が持ってまいりました」
そう答えると、ギルドマスターは硬い表情を崩し、にこりと微笑んで応えた。
「そう! 立ってるのもなんだから、ソファに座って頂戴! まあまあ、かわいいお嬢さんだこと~っ! いま、お紅茶を持ってくるわね!」
ギルドマスターはパチンとウィンクをし、クネクネと身体を動かしながら私たちに言った。




