第20話 招待状と挨拶の仕方
「エリザお嬢様、先ほど品物の補充を終えました。数日分は、このまま販売は続けられます」
「分かったわ、ありがとう。ロイド。……それと、もう貴族でも無いんだし、その『お嬢様』って言うのは……」
「いえいえ、私たちにとってエリザ様は、いつまでもお嬢様ですから」
ロイドはそう言って、いつものように、にこっと笑う。
周りの元使用人のみんなも、穏やかな笑みをこぼしていた。
「そうそう! エリザ様は、みーんなのお嬢様なんだから!」
「メグ! いつも『様』なんてつけてないじゃん! もう!」
「んふふ!」
メグが楽しそうに、そう言ってからかってくる。
そんなメグに、ロイドが話しかけた。
「マーガレット様、いつもエリザ様を大切にしてくださり、心より感謝申し上げます」
「んえっ!? いや、あたしにはさすがに『様』は付けないでほしく……」
「あら、いいんじゃない? マーガレット様!」
私もメグをからかうと、メグが追いかけてきた。
そんなバタバタと賑やかにしつつも、今ではすっかり私たちの日常になっていた。
メグもメグで、村に帰らないでも大丈夫なのかと尋ねると、「お父さんに手紙を送ったから大丈夫!」と、いつもの調子で一言で片づけられてしまった。
本当に大丈夫なのだろうか……でも、メグのお父さんの事だから、本当に大丈夫と言いそうな気がする。
私はポーションを販売した利益から、みんなのお給料、材料の原価、店を維持費、食費、その他生活に必要な雑費まで、細かく計算できるようになった。
と言っても、それはロイドたちの大きな助力があってこそだった。私一人では、到底無理だっただろう。
それから、メグのお父さんに借りたお金も、少しばかり多めに添えて返済することができた。
ロイドにメグのお父さんまで運んでもらったけど、やはりメグのお父さんは受け取りを拒否したらしい。
なので、メグのお父さんに手紙を書いて同封した。
手紙には、心からの感謝の言葉、メグにお世話になっている事、そして今メグのお父さんたちのおかげで生活できていること。
これからも大変な時は助けてください。そして、何かあった時、今度は私が必ずお助けします、という言葉を添えて、ようやくお金を受け取ってもらうことができた。
そして、食事の時は、ジーンと一緒に台所に立つことも増えた。
貴族だった頃は料理を作った事がなかったけれど、今ではみんなに教えてもらいながら、なんとか包丁を握っている。
「では、この野菜を細かく切るのをお願いできますか」
「うん、わかった」
「わかりました!」
ジーンに優しく手ほどきを受けながら、なんとか形にしているところだ。
みんなの分を作るとなると、使う食材も大量になる。
店の奥にある台所は、大勢の料理を作るには少し手狭だ。
そこをメグも一緒に手伝ってくれるのだけど、メグは私よりもずっと手際よく料理を進めている。
五人くらいの人数で、狭いキッチンわいわいと動き回る。でも、その忙しさが、なんだかとっても楽しかった。
こんなにも心穏やかで、楽しい生活があるなんて、以前の私には想像もできないことだった。
なんとか料理を作り終え、私やメグ、ロイドやジーンさんたち従業員のみんな、それに護衛のトランさん、みんなで賑やかに食べ始めたころだった。
昼食の時間にあわせて店を閉めているため、コンコンとお店のドアがノックされた。
私はお店のカーテンを少し開けて見ると、店の前にフェルさんが立っていた。
「フェルさん、こんにちは。どうかなさいました?」
「やあ、エリザ。こんにちは。今日は商会の連絡で来たんだ」
「商会から、ですか? 立ち話もなんですか、どうぞ中へお入りください」
フェルさんを招き入れると、フェルさんはすぐに店内に漂う香りに気が付いたようだった。
「もしかして、お昼を邪魔しちゃったかな。また、出直すよ」
「いえ、とんでもない! 大丈夫ですから!……あの、フェルさん、もうお昼はもうお済ですか?」
「いや、まだだけど……」
「っ!! でしたら、ぜひ!」
ほとんど強引だったかもしれないけど、私はフェルさんを昼食に誘った。
自分の作った料理を食べて貰いたかったからだ。
「皆様、はじめまして。フェルと申します」
フェルさんはロイドやジーンたち一人ひとりに丁寧に挨拶をした。
ロイドたちもまた、丁寧にフェルさんに挨拶を返した。
お友達が来たからと気を遣って、ロイドたちが席を外そうとしたけど、それは困る、と私が引き留めた。
そして、私とメグとフェルさんが、台所ではなく、お店のカウンターで食べることにした。
少し狭いけど、三人で食べるには充分だ。
「すまないね、お昼までをごちそうになっちゃって」
「いえ、気にしないでください!」
「これね! エリザと私たちが作ったんだよ!」
メグが誇らしげにそう言うと、フェルさんは昼食をじっと見つめていた。
「そうなのか……! すごいな……ありがたく頂くよ」
そして私たちは昼食を終え、食後の紅茶を飲んでいた時だった。
フェルさんが、私に向かって言った。
「昼食、本当に美味しかったよ、ありがとう。また、食べたいくらいだよ」
「ぜひ、またいらしてください。いつでも作りますので」
「……本当に?」
フェルさんが少し身を乗り出して、私の顔を覗きこんだ。
『本当に?』とは、一体どういう意味だろうか……私は思わず言葉に詰まった。
「え、ええと……はい……まあ、その…… あ! フェルさん、今日は商会のご連絡でいらして頂いたんですよね?」
「ん? ああ、そうだった。エリザとメグ、二人宛に連絡があってね」
「あたしにもですか?」
フェルさんが、ごそごそと懐から取り出したのは、丸められた紙に上品なリボンが巻かれたものだった。
「これを渡しに来たんだ」
私はフェルさんからそれを受け取ると、リボンをほどいて紙を開いた。
そこに書かれた内容は、『王族が主催する、貴族や商会の社交界の招待状』だった。
「え……? これはどういうことでしょうか?」
「招待状に書いてある通りだよ。二人とも、参加するかい?」
社交界…… かつてシュターテットの領主の娘だった頃は、出た事がある。
だけど今や、私は貴族でも何でもない。
「あんまり、こういうのはいいかなって……」
「そうかい? だが、商会を代表する者は出た方がいいかもしれないよ。もはや、君たちは従業員代表でもあるのだから、顔を出すのも重要なことだと思ってね」
――そうか。フェルさんの言う通りだ。
この商会の経営は、今はもう私だけの話ではない。
働いてくれている皆の生活を支えるのも、私の重要な仕事でもあるのだ。
「あの、私……参加します!」
「うん、わかった。メグはどうする?」
フェルさんがメグの方を向くと、メグは肩をビクっと震わせ、少し気まずそうな顔で答えた。
「ん~。あたしは遠慮しとこうかなぁ。だって、そもそも何していいのか分からないし、エリザと違って、そういうの出たことないもん。挨拶の仕方だって知らないんだよ?」
「社交界には、すごく豪華な食事も用意されているみたいだよ」
「エリザ。挨拶の仕方、教えてくれる?」
メグの突然のやる気。一人では不安だったので、メグが一緒に来てくれることになって、心からホッとした。
「ところで、フェルさんも出席されるんですか?」
「ああ、僕は出ないといけな……いや、残念ながら僕は用事があるから出ないよ。ごめんね」
「え……そう、なんですか……」
フェルさんは出ないのか。少しだけ心細くなる。
そういえば、フェルさんって一体どんなお仕事をされているんだろう。
商業ギルドで働いているという認識で合っているのかな?
「着ていくドレスも、シシィが手配してくれる手はずになっている。早めにシシィと話しておくといい」
フェルさんからそう伝えられ、フェルさんはすぐに帰ってしまった。
◇◇◆◇◇◇
その日の夜の出来事だった。
寝る前の自由時間。
私はメグに、社交界での挨拶の仕方を伝授することになった。
「まず、両手でスカートの両脇を軽くつまんで、スカートを少し持ち上げながら、優雅に腰を落とすの」
「こう?」
メグは自分のスカートを掴んで、勢いよく両手を振り上げた。
「あのね、メグ……スカート、上げ過ぎだから! 下着、見えてるから!」
「ありゃ? これは失敬!」
メグは悪びれる様子もなく、おどけた表情を見せていた。




