第19話 執務室と二人言
王城内の、第二王子フェリクスの執務室。
室内には、山積みの書類に目を通すフェル――フェリクスと、その向かいのソファに腰掛けたシシィ――バサウェインがいた。
バサウェインは困り果てた表情を隠さず、フェリクスに苦言を呈した。
「殿下。最近の行動は、いささか奔放すぎるのではないでしょうか?」
「何を言っている。ちゃんと公務はこなしているだろう」
「こなしているといっても、最低限ですけどね」
フェリクスの返答に、やれやれとため息をついてバサウェインが首を振った。
「公務といえば、近々、貴族や商会を集めた社交界が催されますね」
「ああ、あの面倒なやつだろう。考えるだけで、どうにも気が重いよ」
フェリクスは深いため息をつきながら応えた。
「……陛下も、今年は社交界でダンスをするんですか?」
「まさか。僕が誰かとしたら、余計な騒ぎになるだけだろ」
「ふふ、殿下の兄君も既婚でいらっしゃいますからね。殿下には、貴族や商会の令嬢たちから、多くのダンスの申し入れがあるでしょうね」
「だから面倒だと言ってるんだ。誰か一人と踊れば、次は自分だと、皆が我先にと押し寄せてくる。僕は挨拶を終え次第、早々に退席させてもらうつもりだ」
貴族や商会にとって、この社交界は自らの地位を高めるための政略的な場だ。
貴族や商会らは、王族という高い身分に娘を嫁がせることで、自家の反映を図る。
そして、令嬢たちもまた、自らの価値を高めるために進んでフェリクスに近寄ってくる。
フェリクスは、その熱意を全て笑顔で、しかし丁寧に断り続けなければならない。
「さすがに公務の途中で帰れるわけありませんよ。王族主催の催しなのですから。それにエリザやマーガレットも出席されるはずです」
「ん? ああ、確かにそうだな。彼女たちの商会は、今やもう中規模の域に入っているからな」
エリザとメグが立ち上げた『シュターテット商会』は、従業員が増えたことで、人数的には中規模商会の中では少ないほうだが、既に王都では無視できない存在感を放ち始めていた。
「しかし、なんであんなにも急に従業員が増員されたんだ?」
「ええ。聞くところによれば、シュターテット領の元使用人たちだとか」
「随分と都合が良い話しだな。……全員が間者、という可能性は?」
フェリクスの抱く疑念。それはバサウェインも同じだった。
元々、バサウェインが従業員の募集を提案したにも関わらず、集まってきたのは全てエリザの知人だったからだ。
あまりにも出来過ぎた巡り合わせに、バサウェイン自身、何者かの策略と疑うほどだった。
だが、バサウェインはあの時の光景を、自身の目で確かに見ていた。
「エリザが商業ギルドで、元使用人たちと再会した瞬間を、私はたまたま二階からその様子を見ておりました。エリザの驚き様や混乱している様子、そしてとめどなく涙を流す姿が演技だとしたら、それはたいしたものです」
「……理解に苦しむな。誰も見ていないかもしれない場所で、そこまで演技をする必要があるのか」
フェリクスもバサウェインも、ただ疑問符を浮かべるばかりだった。
怪しいのは間違いないが、真意も全く掴めない。
それどころか、エリザという人物自身が、一切の怪しさをを感じさせないのだ。
「そういえばシシィ。あの義手の制作者、医者と呼ばれている人物については何か分かったか?」
「いえ、依然として手掛かりは皆無です。学院の関係者ではない事は確かですので、何かしらの理由で学院のローブを所持していただけ、という可能性が高いかと」
「そうか……」
バサウェインの返答を聞き、フェリクスはわずかながら落胆した。
そもそも簡単に見つかるものとは思っていなかったが、これで捜索は完全に振り出しに戻ってしまった。
「ところで、エリザの身元調査はどうなった?」
「エリザの方は、シュターテット領の元令嬢で間違いない様です。それとマーガレットについても、シュターテット領……現アンハワー領の出身で、両親も健在であり、不審な点は見当たりませんでした」
「……そうか。では、間違いでは無かったのだな」
フェリクスの返答に何か深く確かめるような響きがあり、バサウェインは疑問を覚えた。
「殿下、何かあったのですか?」
「……ああ。あったよ」
「……いったい、何があったのです?」
すぐに口を開かないフェリクス。
バサウェインは、フェリクスの返答を静かに待った。
「エリザは、幼少の頃に両親を亡くしたと聞いた。その後、叔父に引き取られ、虐待を受けて育ったのだ、と」
「……ありえない話ではありませんね。貴族が治める全ての領地を、王族が完全に管理することは不可能ですから」
「その理屈は重々承知しているよ。だが、だからといって我らは、それを諦めてはならないんだ」
「……ええ、おっしゃる通りです」
バサウェインは、フェリクスの言う事に素直に同意した。
全領地を掌握するのは不可能と思えるほど困難だが、それを諦めてはいけない。
バサウェインは、その強い使命感こそが統治する者にとって重要な素養だと、フェリクスに改めて感心した。
「……エリザたちは順調にやっているだろうか?」
「それは、殿下も直接接しているのでご存知だと思っておりましたが、いつも通りですよ。ポーションを練成しては店頭で売る、その繰り返しのようですね」
「そうか。他に変わった事は?」
「特にこれといって何もありませんね。店舗の経営は、至って平和そのものの様です。護衛も雇っていますし、監視の兵も顔が割れるのを避けるため、すでに下げております」
バサウェインの報告を受け、フェリクスは手にしていた書類を机に戻し、静かに安堵の息を漏らした。
かつて非道な扱いを受けていたエリザが、今、ここ王都で安寧な日々を過ごしていることに。
そして何よりも、エリザが笑顔で過ごしてくれている事に。
「殿下、義手の方は何か新たな発見はありましたか?」
「ん? ああ、あれは実に驚異的な技術だ。だが、それくらいしか今のところは全くもって分からないよ」
「『賢者の石』はご覧になりましたか?」
『賢者の石』。
それは、エリザの義手の甲の部分に埋め込まれた赤い石。未知の鉱物。
「ああ、見たさ。あんなにも小さいのに、計り知れないほどの術式が編み込みれている。一体、あれはなんなんだろうな。いつまでも眺めていたい気分だよ」
フェリクスは、思わずうっとりとした表情を浮かべた。
だが、すぐにその瞳は厳しい光を帯びた。
「それに、あのような至宝を学院の部屋で、無防備に私に見せている行為も気になる。エリザという人物が、ひどく無害な人間にしか思えなくなってしまう」
「それは……確かにそうですね」
バサウェインは、フェリクスとエリザを二人きりにすること自体に懸念を抱いていたが、学院内であればすぐに対処可能だった。
なぜなら、学院全体が、そもそもバサウェインの視界の内、監視下に置かれているのだから。
学院内であればフェリクスに何かあっても、すぐにバサウェインが遠隔ですぐに救出が出来る。
「あの義手に、『賢者の石』。全く持って、興味は尽きないよ」
「殿下は、あの義手が本当にお気に入りのようですね」
「当然だろう。あんなにも超常的な代物を目にしたら、誰だってそうなるだろう?」
誰だってそうなる、そう言い切るフェリクスに、バサウェインは一抹の不安を覚えていた。
魔道具に関することとなると、フェリクスは周囲が見えなくなるというか、常軌を逸した熱中ぶりを見せるからだ。
フェリクスの魔道具に対しての並々ならぬ関心を、バサウェインは知っている。
そして、その理由も知っているが故に、強く咎めることができなかった。
「そうですね……では、エリザごと取り込みますか?」
『取り込む』という言葉は、決して簡単な意味ではない。
エリザという人物の全容が明らかになっていない以上、穏便な手段は少ない。
それは、強引な理由をつけて軟禁をしたり、幽閉する事を意味していた。
「取り込む、か。僕が、あんな無垢なエリザにそんなことをすると思うか?」
「……そうですね。では、いっそのこと、エリザの『義手』と婚約されてはいかがです?」
「婚約? ……なるほど、その手もあるな」
バサウェインは、あくまで皮肉として言ったつもりだった。
だが、フェリクスには『義手』という単語は聞こえていない様だった。
「婚約……か……」
フェリクスがただ、そう呟く。
「殿下? ……フェル? おーい!」
バサウェインの声は、フェリクスに届いていないようだった。
「まったく……」
呆けているフェリクスを前に、バサウェインはあきれながらも、すこし微笑みながら執務室を後にした。




