第2話 王都と謎の店
左手の義手。謎めいた手紙。王都の鍵。
そして、全身に傷を負ったはずが突然治った怪我。
幾つもの不可解な事柄が頭の中で渦を巻く。
その状況を呑み込めずにいた私とメグの沈黙を破ったのは、唐突なドアのノックの音だった。
一瞬、またジョッシュが来たのかと身構えたが、あの男はノックなどせず、一方的に踏み込んできた。
そう思い直した矢先、ドアの向こうから、野太く朗らかな声が響いた。
「マーガレット、今、何か大きな声が聞こえたが、大丈夫か?」
その声は、メグの父親のものだった。
マーガレット。それはメグの本名――マーガレットの愛称がメグなのだ。
「あ、お父さん! ちょっと待って!」
メグはそう叫ぶと、慌てて私の服や髪を整え始めた。
「あはは、メグ。大丈夫だって」
「え、でも……」
「もう私、貴族でもなんでも無いんだからさ」
「うぅ……エリザは貴族でなくても、私の大切な友達だから。ちゃんとしてあげたくて」
メグは本当に優しい。その心遣いに、思わず涙が溢れそうになる。少しだけ、こぼれてしまったかもしれない。
「ありがとうメグ。ほら、お父さん待たせたら悪いし」
「うん……分かった」
メグがそう言ってドアを開けると、そこにはドアの枠さえ小さく見えるほど体格の良い、メグの父親が立っていた。
「おお! お嬢様、お目覚めになられたんですね!?」
「おかげさまで。色々とご尽力いただいたとメグから聞きました。ありがとうございます」
「いやはや、一時はどうなるかと……」
私はメグのお父さんに、改めて今までの経緯を説明した。
傷が完治したこと。そして、シュターテット領が婚約破棄と共にアンハワー領になってしまったこと。
「そ、そんな……このシュターテット領が、ですか? 私たちはお嬢様のお父上に大変お世話になりました。その名が消えてしまうとは……」
「申し訳ありません。私の力不足で、領地の名を守りきれませんでした……」
「お嬢様は全然、これっぽっちも悪くなんてありませんよ! あの……お嬢様は、これからどうされるんですか?」
メグのお父さんからの問いに、私は少し迷ったが、意を決して答えた。
「私は……王都へ向かってみようと思っています」
「王都に、ですか? お知り合いがいらっしゃるので? ……お嬢様さえもしよろしければ、私たちの家をいくらでも使ってください。遠慮はいりませんから」
メグのお父さんも、メグと同じ内容を提案してくれた。この一家の温かさが身に染みる。
メグ一家は凄く優しい。きっとメグの母親に会っても、同じことを言われるに違いない。
「あの、実はですね……」
私は医者から託された鍵と、王都に住居が用意されているらしいという手紙の内容を説明した。
「……それ、本当に大丈夫なんでしょうか?」
メグのお父さんの疑問はもっともだ。見知らぬ人に、家を用意したのでどうぞ、と言われて普通は信じてはいけないと思う。
だけど、今の私はこれにすがるしかなかった。他に頼れる場所も行く当てもない。
それに、全身の怪我を治し、この精巧な義手まで与えてくれた人の好意だ。悪意があるようには思えなかった。
だが、本当に大丈夫か言われると、騙されているような気もする。
「まぁ、行ってみるだけ、行ってみようかと」
「ふむ……なるほど。分かりました。では、私もお供いたします! 何かあっても、この私がお嬢様をお守りいたしますので!」
メグのお父さんは、そう言って自分の胸をドンと叩き、鼻をフンっと鳴らした。
「あっ! お父さんずるい! 私もエリザに付いてくから!」
「こらメグ! お嬢様と呼びなさいと、いつも言ってるだろ!」
「あの、私はもう貴族ではありませんので……」
メグとメグのお父さんが賑やかに口論を始めた。
もし私の父が生きていたら、こんな感じだったのだろうか。そんなことを思い、少しメグが羨ましかった。
王都。何度か訪れたことがあるが、随分と昔のことだ。
「あの、ここから王都まで、どれくらいかかるものでしょうか?」
私の言葉にメグ親子の動きが止まり、メグの父親が腕を組み、えーっとと考え始めた。
「そうですね……馬車なら昼に出て、夕方前には着くでしょう。歩きですと、人によりますが、遅くとも朝に出たら夕方すぎには着くかと思います」
「なるほど……馬車、ですか……」
馬車は貴族であれば手配できたが、今の私には簡単に用意できるものではない。
「あの、荷馬車でよければ、うちのを出しますよ。力自慢の馬もおりますし!」
「ありがとうございます。でも……」
もう私は貴族でも何でもない。縛られるものも無い。
私は一呼吸おいて、メグのお父さんに伝えた。
「自分の足で、歩いて行きたいと思います」
メグとメグのお父さんは、私の言葉を聞いて、にっこりと優しく微笑んだ。
◇◇◇◇◆◇
「ぜぇ、ぜぇっ! はぁ、はぁっ!」
息が上がり、目が回りそうになるほど苦しい。やっと王都に着いた。
自分の足で歩いて行きたいとは言ったものの、あまりの体力の無さに、すぐに後悔した。
「大丈夫? エリザはもっと体力をつけないとね~。ちょっと細すぎると思うよ?」
メグはなんともない様子だ。メグの身体は、両親の手伝いで雑貨屋や畑仕事などをこなしているだけあって、がっしりとしている。日常的に身体を使っている結果だろう。
それに引き換え、私の身体はメグの言う通り細い。肌も青白く、陽光に照らされると、かえってその青さが際立っていた。
叔母に食事を制限され、『細い身体こそが貴族には必要だ』と強要された結果がこれだった。
メグのお父さんにいたっては、私たちの荷物を持ってもらっているのに、涼しい顔で歩いている。驚くばかりだ。私も体力をつけなければ。
王都へ入ると、道沿いに並ぶ建物は、飾り立てられているわけではないが、整然とした並びがそれだけで美しかった。
足元の石畳は一つ一つがしっかりと地面に固定され、手入れが行き届いている。一歩踏み出すたびに、この道こそが王都の豊かさの証だと感じられた。
「王都ってすごいねー!」
メグが興奮した大きな声を上げて驚いている。私も心の中ではメグと同じくらい感嘆していた。
「凄いよね。さすが王都って感じがする」
「うんうん! 都会だねー! あたし、来るの初めてだからさ」
私たち三人は、驚きを噛み締めながら、手紙に書かれた住所を目指して歩いた。
「これってどこなんだろ?」
街の通りを行ったり来たりし、ようやく手紙にあった『スウェン通り』を見つけた。
そこは通りとしては大きいが、王都に入ってきた時の明るい印象とは異なり、人通りも少なく、道も汚れていて裏町のような暗い雰囲気が漂っていた。
その雰囲気に呑まれ、私とメグは思わず息を呑んだ。
「大丈夫ですよ、お嬢様。この私が付いています」
メグのお父さんが私たちの不安を察して、声を掛けてくれた。
たしかに、メグのお父さんほどの巨体の人を襲おうとする人はいないだろう。その安心感にホッと息を吐く。
そして、スウェン通りの三丁目十八番目の建物の前に辿り着いた。
「ここ、だね」
そこは小さいが、店舗のような造りの建物だった。中央のドアの両脇にはショウウィンドウがあり、厚いカーテンが閉められている。
ドアノブを回してみたが、やはり回らない。鍵が閉まっていた。
私はメグと顔を見合わせ、手紙に同封されていた鍵を取り出した。
ふぅーっと深呼吸し、ゆっくりと鍵穴に差し込み、回してみる。
ガチャッ。
乾いた音を立てて、鍵が開いた。
「開いた、ね」
「うん……入ってみる?」
「う、うん。そうだね。入ってみよう」
ドアノブを回し、蝶番が軋むギィィという音とともにドアを開ける。店の中は暗く、奥まではよく見えない。
「すみませーん……」
恐る恐る声を掛けてみたが、返事はない。ただの無人の店のようだ。
「お嬢様、失礼いたします」
メグのお父さんが一番に店の中へ入っていった。
私とメグは、彼の大きな背中に隠れるようにして店内へ。
中にはカウンターや棚があったが、商品は何も陳列されていない。
だが、埃ひとつなく、汚れも見当たらない。まるで今まで誰かがいたかのように清潔に保たれていた。
メグのお父さんがショウウィンドウのカーテンを開け、日の光が店内に差し込み、明るく照らす。
「念のため、建物の奥を確認してきますね」
メグのお父さんが警戒しつつ、奥の部屋や二階を念入りに確認していた。
「ねえエリザ。あれ、何かな?」
メグがカウンターを指さしていた。
そこには、折りたたまれた一枚の紙と、封をされた便箋がひとつ、そして大きな一枚の紙があった。
私がその折りたたまれた紙を手に取って、開いた。
そこには急いで書かれたような筆跡で、こう綴られていた。
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ここはエリザのものだ。好きに使ってほしい。
床下のものも全部、きみのものだ。
エリザに会うことはないから、気にすることは無い。
最初は商業ギルドに行って、ギルドマスターのシシィを訪ねて色々聞くといい。
親切にしてくれる人がたくさんいるだろう。
同封の便箋は開けずに、商業ギルドのシシィに渡してほしい。紹介状だ。
錬金術を習うと良い。エリザの役に立つだろう。
メグにもよろしく。
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「ん? んんん? んん~~~???」
私の名前がある。それにメグの名前まで。
しかもメグは本名のマーガレットではなく、『メグ』呼びだ。
私以外に、彼女をメグと呼ぶ人はいないはずなのに。
「え、何これ。こわい……」
隣で手紙を覗き込んでいたメグが、小声でそう言った。
確かに、すごく怖い。普通じゃない。
私たちの個人的な事を知っているのに、私たちは相手を全く知らないのだ。
「メグ、お医者様と以前に顔を合わせたことがあるの? それとも、名前を名乗ったりした?」
「ううん。前にも会ったことはないと思う。それに、あたしは名乗ってもいないし、名乗ったとしてもマーガレットって言うと思うけど……」
それから、メグと無言で目を合わせていた。
怪談話のように、背中に冷たいものが走る。
すると、メグの父親が確認から戻ってきた。
「見て来ましたが、誰もいないようです。奥には部屋と台所、二階には寝室がありました。ベッドなどはありましたが、どれも新品に見えますね」
私たちは、その手紙をメグの父親にも見てもらった。
「ねえ、お父さん、これどう思う? 変だよね? 普通じゃないよね?」
「そうだな……マーガレットの名前まであるのか。あのお医者様、一体誰だったんだ? 俺も見た事の無い人だったしな。あのローブと深く被ったフードで顔は分からなかったが、声も聞き覚えのない人だった。村の人間では無いことは確かだ」
うーん、と三人でしばらく考えた。
そして、目に着いた、残された最後の大きな紙。
私がそれを手に取り、読んでみた。
「え~っと……スウェン通り三丁目十八番の権利書? 権利者エリザ・シュターテット……え、私?」
後ろを振り返ると、メグもメグの父親も絶句しているのが分かった。
自分で買ったものでもないのに、この土地と建物の権利書が、私の名義で存在している。
「……どうしたら、いいでしょうか。これ」




