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くよくよしない錬金術師、エリザ・シュターテット。  作者: 水乃ろか


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第18話 商会と従業員

 販売物を普通のポーションに切り替え、護衛としてトランさんに来てもらうようになってから、お店の経営は少しずつ軌道に乗り始めた気がする。


 とはいえ、練成して販売できるポーションの数には限りがあるし、運搬にもかなりの時間が掛かる。

 ポーションは瓶詰めなので、割れないように注意が必要な上、液体ではあるけれど一つ一つが結構な重さがある。


 それだけでかなりの重労働で、肝心のポーションを作る体力が削られてしまうのだ。


 そんな悩みを、学院で私の義手を見てくれているフェルさんに話していたところだった。


「大変そうだね。だけど、エリザが頑張っているのはよく分かっているよ。僕に何かできることがあったら、気軽に言ってほしい」


 涼しい顔で、まるで当然のようにそう告げるフェルさんに、つい私の胸はドキドキと高鳴ってしまう。


 フェルさんは私の義手を丹念に検査し、関節部や意匠の部分、そして全体の金属部分を磨いてくれる。

 

 いや、これはあくまで義手の整備なのだ。

 私の手をべたべたと触るフェルさんに意識してドキドキしてはいけない。


 フェルさんはあくまで義手として扱ってくれているけれど、私にとっては身体の一部、普通の手と変わらないのだ。

 以前、シシィさんがフェルさんに注意するように言ってくれたこともあったけど、フェルさんは義手を前にすると、まるでその忠告を忘れてしまうかのように夢中になってしまうらしい。


 フェルさんは、本当にこの義手が気に入ってるようだ。


「うん、じゃあ今日の検査はこれで終わりだよ。義手は特に問題無し。何かあったらいつでも言ってね」

「いつもありがとうございます、フェルさん」

「こちらこそ、ありがとう。エリザ」

「……はい……」


 いつも、この別れ際の言葉に窮してしまう。

 フェルさんの真っすぐな視線に、私はどう返していいのか混乱してしまうのだ。

 すると、いつものようにフェルさんが穏やかに声を掛けてくれた。


「エリザ、忙しそうだけど従業員は増えたの?」

「いえ、今もメグと二人でやっています」

「そうなんだ。商業ギルドで募集を掛けていたよね? 見に行った?」

「見に、ですか?」


 私がフェルさんの言葉にポカンとしていると、フェルさんが驚いたように教えてくれた。


「ああ、ギルドで募集をかけた場合、応募があったか見に行かないといけないんだよ」

「……あっ!? そうだったんですね……」


 言われてみれば、まったくその通りだ。

 私はあれから、シシィさんが教えてくれた通り、商業ギルドの掲示板に『シュターテット商会』の求人募集の紙に書いて貼った。

 だけど、募集の紙に住所を書いた覚えが無い。

 だとすると、商業ギルド宛に私たちの店への求人応募がきているということだろうか。


「今日、商業ギルドに寄ってみますね」

「うん、それがいいだろう。従業員を選ぶ際に困ったら、シシィに聞いてみるといい。もちろん、僕でも構わないけどね」

 

 フェルさんが優しく笑顔で応えてくれる。

 ぜひ相談に乗ってほしいけれど、そんなに甘えてもいいものなのだろうか。


 ◇◇◇◇◇◆

 

 その日の午後に、商業ギルドへ足を運んだ。

 メグが店番をしてくれるというので、今日は一人だ。


 商業ギルドに着くと、いつものようにたくさんの人でごった返していた。


 私は、その人混みをかき分けて前へ進む。そして、なんとか掲示板の前にたどり着いた。


 掲示板には、求人募集だけでなく個別の依頼書、売買要望、探している品物など、多岐に渡る掲示物がびっしりと張られている。

 このたくさんの掲示物の中から、私たちの求人を探してくれる人などいるのだろうかと、途方に暮れてしまう。


 ざっと見ただけでも数十枚の紙があり、掲示板も一つではない。全部で数百枚の掲示物はあるだろう。

 自分の貼った紙がどこにあるのか、それさえも分からない。


 いや、自分の求人票を探すより、応募が来ているのかどうかを受付に聞いた方が早いのだろうか。

 そう思い、私が商業ギルドの中で、これからどうすべきかを挙動不審になっていた、その時だった。


「エリザお嬢様……でしょうか?」


 私の背後から、聞き覚えのある声が聞こえた。

 反射的に振り返ると、そこには見知った顔が並んで立っていた。


 そこにいたのはロイド――シュターテット領のお父さんの代からの執事。そして、長い間、私のお世話をしてくれたメイドのジーン。

 他にも、かつてシュターテットの屋敷にいた使用人たちが、皆そこに立っていた。


「……ロイド? それに……ジーンも……みんな……どうして……?」


 あの日、屋敷の火事になって以降、使用人たちはみんな、居なくなってしまっていた。

 それから私は、皆がどこにいるのかさえ知らなかった。


 突然の再会に、あまりの驚きで、声が震えて言葉にならない。


「お嬢様、お待ちしておりました。長い間、ご助力できず、大変申し訳ございませんでした」

「え……? どういうこと、なの……?」


 私は、その懐かしい面々に、ふらふらと近づいた。

 驚き過ぎて足がもつれ、うまく歩くことができない。

 よろめく私を、皆が慌てて支えてくれた。

 

 そして、メイドのジーンがそっと言った。

 

「お嬢様、本当に申し訳ございませんでした。お嬢様が驚くのも無理はありません。私たちは、ずっと隠れて生活しておりましたので」


 隠れて生活……? ジーンの言っている言葉の意味も、私には良く理解できなかった。

 いったい、何があったのだろう。


「お嬢様、まずは椅子に座りましょう。説明させていただきますから」

「う、うん……」


 商業ギルドの隅にある椅子まで、ジーンの肩を借りて歩いた。

 私は思わず、ジーンの顔をじっと見つめてしまう。

 まるで幻を見ているのではないかと思って。

 

 ジーンが私の視線に気が付くと、優しく微笑んだ。

 ああ、この表情。この温かい笑顔。本物のジーンだ。幻などではない。


 椅子に着くと、私は座らせてもらった。

 まるで腰が抜けてしまったように、ちゃんと立つ事さえままならなかった。

 そして、執事のロイドが説明してくれた。

 

「私どもは、お嬢様が『シュターテット商会』の求人を募集されるまで、お嬢様を見守っているようにと指示されておりました。そのため、今日と言う日まで、ずっと王都にて隠れて暮らしていたのです」


 ロイドの説明の意味を頭の中で理解するまで、数秒掛かった。

 分からないことだらけだった。


「それは……誰に言われたの?」

「お嬢様を治療して頂いた、あの医師の方でございます。私たちはお嬢様が治療された後、医師からの要望を承っておりました」

「え……お医者様を知ってるの!?」


 その言葉の意味を、私はすぐに理解できなかった。あまりにも状況が掴めない。

 ロイドやジーンたち、お医者様、シュターテット商会、何が何だか分からなくて、頭の中がぐちゃぐちゃになる。

 混乱している私に、ロイドが一つ一つ細かく教えてくれた。


 私はお屋敷の爆発で、大怪我を負った。そこに医師が現れ、私を教会に運び治療してくれた。

 そして、ロイドたちは私の治療が終わるまで、教会の外で待っていたのだと言う。

 

 お医者様が外に出てきたので、私の容体を確認したらしい。

 大怪我を負ったが、無事に治療できたと聞き、皆は安堵した。

 しかし、その時にお医者さまから使用人全員に対して、一つの要望があったのだ。


 それは『エリザが王都でシュターテット商会を設立し求人を出すまで、それまでは目立たずエリザにも関わらないで見守るように。そして、シュターテット商会が求人を出したら、ぜひ協力して上げて欲しい』というものだった。

 さらに、お医者様は持っていた貴金属をロイドたちに渡し、『これを王都で売って生活費の足しにしてくれ』と言い残し、その場から去ってしまったらしい。

 

「私どもも大変、悩みました。その要望を鵜呑みにしていいものかどうか、と。しかし、お嬢様の命を救って頂いた上に、高価な貴金属まで譲渡され、お嬢様への協力をお願いするという内容に、勝手ながら、私どもは医師の要望通りに動いたわけでございます」

「あの……そのお医者様って、誰なの?」

「分かりません、私どもも初めてお会いしました。暗がりで、フードを深く被っており、口元にも布を巻いていたため、お顔も表情もわかりませんでした」

 

 フード……メグの言っていた学院のローブだろうか。

 それに、どうして『シュターテット商会』の名前を知っていたのだろうか?

 

 ……あれ? 待って……どう考えても、辻褄が合わない。

 だって、ロイドたちがお医者様と話したのは半年以上も前の事なのだ。

 

 それを、ほんの最近に私が悩んでつけた名前の商会を知っているなんて……いったいどういうこと……?

 

 私が混乱している様子を見て、みんなが不安そうな表情を浮かべていた。

 その不安な顔に、私は見覚えがある。

 私が叔父と叔母と食事をし、つらい思いをしていた時に、皆が密かにしていた表情だ。

 

 私はもう、みんなにそんな表情をさせたくなかった。


 私は、すっと椅子から立ち上がった。

 

「ねえみんな、あの……お願いがあるの。みんな、私たちと一緒に働いてくれない? 私、商会を作ったの。これからもっと頑張りたいって思っていて」

「無論でございます。お嬢様。私たちはそのつもりで参ったのですから」

「あ……ありがとう、本当に。いままで、ずっとずっと心配かけ……て……」


 喉の奥が詰まり、言葉が続かない。

 ただ、目に熱いものが溢れて、止まらなかった。

 みんなと再会できて、心の底から嬉しかった。

 それと同時に、今までずっと心配をかけてしまっていたという思いが、私を打ちのめした。

 

 そんな私に、みんなが優しく声を掛けてくれる。

 ジーンが私を抱きしめて、そっと耳元で囁いてくれた。


「お嬢様、大丈夫。私たちはずっと一緒ですよ」


 商業ギルドにたくさんの人がいるのも忘れて、私は大きな声で泣いてしまった。

 再会したみんなも、私と同じように涙を流していた。

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