第17話 無口とこっそり
「よし! マーガレットのために、護衛を一人つけてやろう! 今すぐ連れてくるから待ってろ!」
イリスさんはそう言い放つと、待つ間も無く扉を開け、勢いよく部屋の外に飛び出してしまった。
そして、しばらくすると部屋の外からドタドタと誰かが走って来る音が聞こえてきた。
扉がバン!と大きな音を立てて開き、イリスさんが戻ってきた。
「こいつはなぁ、腕は確かだぞ! ここでも五本の指に入る!」
イリスさんの背後に立っていたのは、シシィさんと同じくらいの高身長で、見るからに重そうな大きな鎧をまとった人だった。
ボサボサの髪に端正な顔立ちだが、顔には無数の傷跡があり、どことなく野性的な雰囲気が漂わせていた。
それなのに、その瞳はなんだかとても眠そうなのが印象的だった。
「こいつの名前はトランだ! すっげぇ無口だけど、こいつがお前たちの店の護衛をやるからな!」
私とメグはソファから立ち上がり、挨拶をした。
「トランさん、よろしくお願いいたします。エリザと申します」
「マーガレットです! よろしくおねがいします!」
トランさんは私たちの挨拶に、静かにぺこりと会釈を返してくれた。本当に無口な方のようだった。
「助かったわ、イリス。ありがとうね」
シシィさんがそう言って、イリスさんの肩にポンと軽く手を置いた。
その瞬間だった。
「……っ!? 触んじゃねえぇえぇ!!」
突然、イリスさんがシシィさんの腕を掴むや否や、信じられないほどの力で投げ飛ばしてしまった。
シシィさんは悲鳴を上げる暇もなく、私とメグの頭上を通過していく。
そして、部屋の壁にシシィさんが激突すると、そのまま力なく床にズルズルと崩れ落ちた。
「シ、シシィさん!?」
私とメグは慌てて、シシィさんに駆け寄った。
「大丈夫ですか!?」
「うっ……だ、だいじょうぶよ……私とした事が、忘れていたわ……イリスに触れると、こうなることを……」
私たちは力を合わせて倒れているシシィさんを、なんとか起こした。
「ったく! バカがよぉ!」
振り返ると、イリスさんは今も荒々しく肩で息をしていた。どうやら、誰かに触れられるのが、よほど嫌なことのようだった。
だけど、さっき私もメグも、イリスさんに触れたような気がする。
◇◆◇◇◇◇
騒ぎが収まるまで、果物ポーションの販売は一時的に見合わせることにした。
その代わり、私は普通のポーションを作ることにしていた。
そして、そこで私は驚くべき事実を発見したのだ。
それは果物ポーションを作るより、圧倒的に簡単だということを。
いや、ポーションを作るのは簡単だとは事前にフェルさんに言われていたけども……
果物ポーションを一つ作るのに対して、普通のポーションであれば八個程度は作れてしまう。
慣れれば、もっとたくさん作れると思う。
今後しばらくの間、果物ポーションの販売は抑え、変な噂が無くなるまで普通のポーションを販売する予定だ。
ある程度、普通のポーションを作り溜めると、メグと一緒にお店まで運んだ。
お店の看板には『果物ポーションは売り切れです』と書いたが、それでもお客さんの列は長蛇のままだった。
今日は私もメグと一緒に店番をしている。
お客さんの様子や新しく護衛についてくれたトランさんの働きが見たかったからだ。
トランさんは店の椅子に座って居たり、時々外に出て待機列を行ったり来たりと監視してくれている。
トランさんが護衛に来てくれてからというもの、列に並んでいるお客さんたちの言い争いは発生しなかった。
長身で重装備の鎧を着こみ、それだけで圧倒的な圧力となっていた。
特に、その眠たそうな目が、かえって強い眼光となって人を睨みつけているように見え、凄まじい威圧感を生んでいた。
柄の悪そうなお客さんに限って、トランさんから目をそらしている。やはり、なにか良からぬことを考えていたのだろうか。
お客さん同士の言い争いも発生せず、私たちは問題無くポーションの販売が出来ていた。
そんな中、物腰の柔らかそうな一人の老婦人が、そっと私に声を掛けてきた。
「ねえお嬢さん、果物ポーションはもう無くなってしまったのかしら?」
「ええ、一時的にですが、今は販売を見合わせています……」
「あら、そうなの。それは本当に残念だわ。あの果物ポーションのおかげで、薬嫌いの孫が、やっと薬を飲んでくれるようになったのよ」
「そう、だったんですか……」
その言葉を聞いた瞬間、胸に熱いものが込み上げた。
私が果物ポーションを作った、本当の意味を知った気がする。
薬が苦手な子どもでも、果物入りであれば飲んでくれるんだ。
まさに、そういった人たちにこそ、果物ポーションを飲んでほしいと思った。
私は周囲に悟られないよう、老婦人にだけ、小声で返事をした。
「あの、内緒ですけど、実はまだ少しだけ手元にあるんです。こっそりとお譲りしますね」
「あら本当に? ありがたいわ、なんてお礼を言っていいか」
「いえ、いいんです。私の方こそ、お役に立てて嬉しいです」
私は果物ポーションを、外から見えないように丁寧に袋に包んで老婦人に手渡した。
そして、老婦人から代金を受け取った。
老婦人は、少し悲しそうな顔で、さらに話してくれた。
「……孫はね、難病にかかって、もう歩けなくなってしまったの。治療方がないのは分かってるんだけど、それでも、なんとかしてやりたくてね」
「……そうだったんですか」
このポーションに足を治すような、そんな力は無い。
だけど、少しでも誰かの力になれるのであれば、今後も作っていきたいと思った。
「お孫さんが、少しでも早く元気になれるように、私も心からお祈りさせていただきます。今後も細々とはなりますが、果物ポーションは作りますので、もし必要になったらいつでも私にお声がけくださいね」
「ありがとう。お嬢さん、私の方こそ今度お礼をさせて頂きますね」
老婦人は穏やかに微笑み、店を後にした。
だけど、私のこの行動によって、すぐに問題が起こしてしまった。
「なあ、今、売り切れって書いてあった果物ポーション、売ってたよな?」
お店の中にいた柄の悪そうなお兄さんに、見られてしまっていた。
「えと、あの……」
「俺にも、あれを売ってくれよ。欲しいんだけど」
「すみません、販売はしてなくて……」
「はぁ!? さっき、売ってただろ! てめぇ、ふざけやがって!」
男性は突然、怒鳴りつけるように大声を上げ、私に向かって腕を伸ばしてきた。
私は恐怖で身がすくみ、咄嗟にぎゅっと目を瞑ってしまった。
だけど、その腕は私を掴むことは無かった。
トランさんが、いつの間にか私の前に立っていて、その男性の腕を無言で強く掴み、制止していた。
「なんだてめぇ!? っうげ!?」
トランさんは躊躇なく、その男性を思い切り殴り飛ばしていた。
驚くほどの速さで吹き飛ぶ男性。
お店の扉は開いたままだったので、扉から通りの向こう側の壁まで飛んで激突していた。
しかし、トランさんはそれだけで止まらなかった。
トランさんは痛みにうめいている男性の前まで静かに歩み寄り、その襟首を掴んで宙に持ち上げたのだ。
宙吊りになった男性と、何も言わないトランさん。怖すぎる。
「ひ、ひええ。ご、ごめんなさい! もう二度としませんから! どうか、どうかご容赦くださいぃぃ!!」
泣き叫ぶ男性。
トランさんはその言葉を聞くと、パッと手を放し、男性は地面に落下した。
男性は四つん這いのまま、一目散に逃げ去っていった。
その一部始終を見て、騒がしくなっていた待機列のお客さんたちを、トランさんはキッと一瞥した。
すると、あれほどざわついていたお客さんたちは一瞬で静まり返り、バラバラになっていた列は、まるで測ったかのように綺麗な一列になった。
その様子を見てから、トランさんは店内に戻り、何事もなかったかのように静かに椅子に座り直した。
呆然としていたメグが、ぽつりとつぶやいた。
「トランさん……か、かっこいい……!」
メグの瞳は、うっとりとして輝いていた。




