第16話 募集と冒険者ギルド
「それと、商会の従業員も増やしたらどうかしら? たくさんのお客さんをさばくのであれば、さすがにマーガレットちゃん一人では無理よ? それに、エリザちゃん一人で、これからもポーションを店に運ぶつもりかしら?」
シシィさんの指摘は、まさにその通りだった。
私はここ数ヶ月、ひたすらポーションを作っては店に運んでいた。
最初の方こそは大変だったけど、慣れれば平気……と自分に言い聞かせていたものの、やはり大変なのは変わらなかった。
時折、フェルさんが手伝ってくれるとはいえ、ポーションを作れるのは私だけだし。
ポーションを運搬してくれる人を雇えるなら、とても助かる。
「確かに手伝ってくれる人がいたら助かるかもしれないねぇ」
横でメグが頭に手を当てて、考える様に言った。
メグもそう思っているなら、ぜひ雇いたいなと思う。
「従業員を雇うとしたら、どうしたらいいのでしょうか?」
「募集をするしかないわね。でもね、雇うとしたら信頼できる人にした方がいいわよ。お嬢ちゃんたちみたいな、若い子が経営者なら特にね」
「信頼、ですか……」
うむむ……いきなり難題だ。私は王都に来て間もないし、知り合いなんてシシィさんとフェルさんくらいしかいないのだ。
「とりあえず、従業員の募集は商業ギルドの一階に募集一覧を掲載しているの。そこで掲載してみたら? 雇う、雇わないはその後に決められるんだし」
「はい。じゃあ、そうしてみます」
「給料などの待遇は、募集した人と相談するのよ。出来る事や出来ない事を、一つ一つ確認してね」
うむむむむ……またも難題だ。いったいどうやって他人の待遇を決めたらよいのだろうか。
メグの方をちらっと見て「どうしようか」という助けを求める表情を送ってみたが、メグはニカっと眩しい笑顔を返してきた。
「それで、護衛の方だけど、私に心当たりがあるんだけど、どうかしら? エリザちゃんにマーガレットちゃん、冒険者ギルドって知ってる?」
「冒険者ギルド、ですか? すみません、存じ上げません」
「知らないです!」
すると隣のフェルさんが、一瞬、ピクッと身体を強張らせたように見えた。そしてフェルさんが静かに口を開いた。
「冒険者ギルドへ行くのか? ……そうだ、僕は用事を思い出した。エリザ、メグ。では、また」
フェルさんはそう言うと、私たちが言葉を返す間もなく去っていってしまった。
急に思い出した用事……? 急用だったのだろうか。
「あら。じゃあこれから冒険者ギルドへ行くけど、お二人は良いかしら?」
「はい。ぜひお願いします!」
「はい!」
それから、商業ギルドを出て、シシィさんの案内の元、冒険者ギルドという場所に向かった。
シシィさんの説明によると、商業ギルドと同じくらい大きな組織で、護衛や危険な生き物の退治など、戦う事を生業とした人たちが働いているところらしい。
そして、冒険者ギルドのギルドマスターとシシィさんは知り合いだそうだ。
「腐れ縁なのよ」と苦笑していたけれど、その横顔はなんだか嬉しそうな顔だった。
「冒険者ギルドは、ちょっと癖のある人たちばかりだけどね。だからって、脅える必要はないわよ?」
シシィさんがそう言っていた。
シシィさん自身もかなり癖にある人なのに、それを言うのかと思ったけど口には出さないでおいた。
「ほら、ここよ。ここが冒険者ギルド」
「ここが……?」
「お~……?」
商業ギルドと同じくらいの大きな組織と聞いて、私はなんとなく商業ギルドと同じような立派な建物を想像していた。
しかし、目の前にあるのは大きな木造の建物で、ここで激しい戦闘があったのかと思うほど、あちこちが傷だらけだった。
簡単に言うと……なんか汚い。
「じゃ、入るわよ。……離れないようにね?」
「え……離れないように、ですか?」
シシィさんがボロボロの扉を躊躇なく開け、中へと入っていく。
その言葉に不安を覚えつつも、私たちはその後を追って入った。
中に入ると、外と同じように傷だらけの床に壁が広がっていた。
そしてテーブルと椅子やらが雑多に置いてあり、そこにはお酒を飲んでいる人たちが騒いでいた。
時折、私たちのような場違いな人間をギロリと見ているような気がして、あわてて視線を逸らす。
受付に着くと、シシィさんが要件を伝えていた。
「ギルドマスターはいるかしら?」
「はい、二階におります」
「わかったわ、ありがとね」
シシィさんはそう言うと、奥の階段を上がっていき、一番奥まで進むと、ひときわ大きな扉の前で立ち止まった。
扉をノックするシシィさん、確認するように声を上げた。
「いるの? 入るわよ?」
そして扉をガチャリと開けたけれど、中には誰もいなかった。
部屋は、書類や空き瓶が散乱し、ひどい有様だった。
さらに、部屋の中には薬品のような、ツンとした匂いが充満していた。
「う、うぅ……」
部屋の隅から、か細いうめき声が聞こえてきた。
視線を向けると、誰かがうずくまっているのが見えた。
「だ、大丈夫ですか!?」
駆け寄り、その人の上半身を起こす。とても美しい顔をした女性だった。
「うぅ……あれを、持ってきてくれ……」
「あれ? あれとはなんですか!?」
女性が指を差していた所にあったのは瓶。何やら液体が入っている。
その瓶をよく見ると……お酒だ。
「は、はやく……!」
「え? あ、はい!」
強い気迫に押され、反射的にお酒の瓶を渡してしまった。
そして、女性はお酒の瓶の蓋を取ると……
「うぐ……うぐ……うぐ……っぷはー! 生き返ったぜぇ!」
「あんたねぇ、いい加減にお酒、止めなさいよ。こんな昼間っから飲んで。ギルドの仕事はどうなってるのよ」
驚く私をよそに、シシィさんが女性の手からお酒を取り上げた。
「あー! 取るんじゃねえ! って、バサ……シシィじゃねえか。なんだよ、説教しにきたのか?」
「違うわ。今回は頼み事があってきたのよ」
「頼み事? お前がか? 珍しいな。なんだ?」
シシィさんは、ボロボロのソファに上に散乱している書類や空き瓶の山をどかして、優雅に座った。
私とメグもソファに座る様に催促されたので、シシィさんの対面に座った。イリスさんは床に座ったままだった。
「エリザちゃん、マーガレットちゃん。そこにいる女が、ここの冒険者ギルドのギルドマスターのイリスよ。イリス、このお嬢さんがたの仕事を頼もうと思ってね」
「申し遅れました。はじめまして。エリザと申します」
「はじめまして! マーガレットです!」
イリスと呼ばれた女性、冒険者ギルドのギルドマスターは私たちをジロジロと観察していた。
「ふ~ん。あのなぁ、こんな細いやつ、頼まれたって冒険者にできんぞ」
「あほ! 冒険者になるわけじゃないわよ」
「じゃあ、なんだよ。おままごとでもすんのか?」
イリスさんが立ちあがり、ドカッと大きな音を立ててシシィさんの横に座った。
「この子たちのお店、今評判なんだけどね、ゴロツキも来ちゃうのよ。だから、その護衛を頼みたいの」
「冒険者が護衛だとぉ? なに言ってんだよ」
「あんたんところでも護衛は請け負っているでしょうが」
「今なー、人が足りねえんだよ。街の周辺でちょっと騒動があってな」
イリスさんの言葉を聞き、しばしシシィさんは考え込んでいた。
「だからかしら、エリザちゃんたちのお店、回復のお薬を売ってるんだけど、お客さんの数が凄いのよ」
「回復薬? あー、今流行ってる店のやつか?」
「だから、そう言ってるじゃない。これってば冒険者たちのためにもなるわよね? あんただって、他人事じゃないのよ」
「ふーん。でもなあ、今残ってるのは一線級のやつしかいないぞ。そんな奴をほいほい貸し出すわけにはいかんのでな」
イリスさんは大きなあくびをして、伸びをしながらそう言った。
そして、眠たそうな目を細めながら、再び私たちを眺めていた。
すると、突然……
「って、おい! お前まさか!?」
いきなりイリスさんがソファから勢いよく立ち上がり、大きな声を出した。
イリスさんの視線の先は……メグだ。
「へ……? あたし?」
まるで獲物を見つけたかのようなイリスさん、メグはそのイリスさんの鋭い眼差しに圧倒されているのが分かった。
「お前、もしかして……同志か!?」
「ど、どうし?」
「こ、これは……最新のやつじゃねえか!?」
イリスさんはそう言うと、メグの手を取った。
……いや、メグの持っていた本に手を伸ばしていた。
その本は『グレイス・シュワラーの恋物語』。
メグのお気に入りの恋愛小説だ。
それからというのも、先ほどまでの重苦しい雰囲気などどこへやら、メグとイリスさんは会話に花が咲いていた。
「イリスさん! これ、これどうです?」
メグがイリスさんの顎に手を掛けた。
そして、その手をクイっと上げるメグ。
「くわー! これな! くる!」
イリスさんはとても楽しそうに反応している。
どうやら、恋愛小説の一場面を、熱心に実演しているようだった。
「なあマーガレット。ちょっとそこの壁に立てよ」
「え? ここ?」
「ああ、そこでいい」
イリスさんが、壁にもたれ掛けているメグの後ろの壁にドンっと手をついた。
「ひえええー! く、くる……!」
メグも何やら嬉しそうにしている。
そして、それを唖然と見ているシシィさんと私。
「まさか、元気娘と荒くれ女が恋愛小説で意気投合するとはねぇ……」
「あはは。二人が仲良くなったのなら、嬉しいですね」
「まったくよ。二人で恋愛小説の内容を真似っこしているんでしょう? いま」
「おそらく、そうみたいですね」
メグとイリスさんの会話と実演劇を、シシィさんは優し気な視線で見守っていた。
「しかし不思議よねぇ」
「不思議、ですか?」
「ええ……あの二人、恋愛劇やってるのに、なぜか漫才に見えるのよね」
シシィさんが辛辣な事を言っていた。……いや、私もそう思っていたけども。




