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くよくよしない錬金術師、エリザ・シュターテット。  作者: 水乃ろか


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第15話 噂と護衛

 お店の看板には『美味しいけど、そんなに回復しない果物ポーション屋』と書き加えた。

 自分で書いていてなんだけど、意味が分からない気がする……


 それでも、どこかで噂を聞きつけたのか、お客さんが毎日ひっきりなしにやってくる。

 嬉しい悲鳴と言えば聞こえは良いけれど、私はどこか素直に喜べなかった。

 

 お客さんの目当ては、やはり『すごく回復するポーション』らしい。

 だけど、実際には回復しない事が分かっていて買っていくみたいで、正直どうして買うのか、私にはよく分からない。


 そして当然、すぐに果物ポーションは足りなくなる。

 一人でたくさん買っていく人も多いので、心苦しいけれど、『お一人様一本まで』という購入制限を設けることになった。

 

 足りなくなる果物ポーションを前に、私はポーションを作るために定期的に学院へ行かなければならなかった。

 

「メグ、一人でお店を任せても大丈夫かな?」

「まかせんしゃい!」


 メグは力強くそう言って、自分の胸をドンと叩いていた。


 それからは、私がポーションを練成し、メグが店で販売するという日が長く続いた。

 練成が間に合わない時は店を休業し、メグも学院まで来て私たちは無銭飲食――じゃなくて、食堂で栄養補給し一緒に様々な手伝いをしてくれた。

 逆に、私の魔力が尽きて練成できない時は、店内の片付けや掃除をしたりと、毎日やる事が山積みで忙しい日々を過ごしていた。

 

 時折、フェルさんが果物ポーションの練成や、店まで運搬を手伝ってくれた。

 そのお礼として、フェルさんの研究対象である私の義手の調査をさせてあげていたのだけれど……これが本当にお礼になっているのだろうか。私は少し疑問だった。


 そしてある日、練成した果物ポーションをフェルさんと一緒にお店に運んでいる時のことだった。


 何やら店の前で騒ぎが聞こえる。


 どうやら並ぶ順番で揉めているのか、お客さん同士で激しい言い争いになっているようだった。

 私は慌てて、言い争いをしている二人の男性に声を掛けた。

 

「あの、どうされたのでしょうか!?」


「あぁ? こいつが順番を守らねえんだよ!」

「俺はずっと並んでいたはずだ! てめぇこそ、勝手に横から入って来て難癖つけやがって! 転売野郎が!」

「なんだと!? てめぇだってどうせ転売だろうが!」


 へ……? 転売って、一体なんのことだろう?


「おい、お前たち。あれを見ろ」


 フェルさんが言い争っている二人を制止し、ある一点を指差した。

 メグが店の前の看板に『本日、売り切れ!』と書き終えたところだった。

 それを目にした並んでいた人たちが、すごすごと諦めて帰っていく。


「げっ! ……くそ!」

「んだよ!」


 言い争っていた二人の男性も、そのままどこかに言ってしまった。


「フェルさん、すみません。ありがとうございます」

「いや、僕は何もしていないよ。それより、転売って何の事だろうね。エリザは何か知ってるかい?」

「いえ、私もまったく意味が分からなくて……」


 その日は果物ポーションを補充したけれど、お店は再開しなかった。

 あの転売という言葉や、お客さん同士の言い争いに対しての対策を考えることが必要だと思ったからだ。








「へぇ、そんなことがあったんだ」


 メグが紅茶を一口飲みながら答えた。

 私は先ほどの待機列の言い争いの事をメグに説明していた。


「うん。だから、お店の中でまで騒動が無くて良かったよ」

「店の中は平気だと思うけど、外にたくさん並んでいるとなると厄介だね」


 フェルさんも、紅茶を傾けながらそう答えた。

 ……店の中は平気なのだろうか? まるで、何か知っている様な、含みのある言葉に聞こえた。

 だけど、その店の中で、前の嫌な記憶がある。


「前にお金を要求されたこともあるし、怖いよねー」

「うん。私、メグに何かあったら絶対に嫌だよ。それにまた何かあったとしても、あの時現れた、凛々しい方が来てくれるとは限らないし」

「ブッ! ゲホっゲホっ!」

 

 紅茶を飲んでいたフェルさんが、突然むせてしまった。


「フェルさん、大丈夫ですか!?」


 苦しそうに咳き込むフェルさんの背中を、私は思わずさすった。


「ゴホッゴホッ……だ、だいじょうぶ。心配させてすまない。何でもない」

「なら良いんですけど……」

 

 フェルさんの目には、うっすらと涙が浮かんでいた。気のせいかもしれないけれど、少し目が泳いでいるようにも見えた。


「しかし、こんなにたくさんのお客さんが毎日来るとなると、エリザとメグの二人で対応するのは、そろそろ限界かもしれないね」

「そうですね。確かにここ数日、あまりにも忙しすぎて、まともな生活も送れていない気がします」

「この忙しいのがずっと続くのは、さすがに嫌だねぇ」


 三人で何か良い対策はないかと話し合っていた時、フェルさんが一つの案を出してくれた。


「一度、シシィのところに行って相談してみようか。こういう場合、どうすべきかシシィなら知っているだろうし」

「なるほど……確かにそうですね!」


 そうと決まればと、私たち三人は商業ギルドまで向かった。

 

 受付の待機列には、多くの人が並んでいた。

 私はきょろきょろと周りを観察し、フェルさんは落ち着いた様子で待っていた。

 メグは家から持ってきたのか、あの恋愛小説を読んでいる。


 受付の人に「次の方、どうぞ」と声を掛けられ、受付へ進む。


「本日はどのようなご用件でしょうか?」

 

 フェルさんが私たちの代表として、受付の人に応対してくれた。


「商業ギルドのギルドマスター、シシィに面会を願いたい」

「ギルドマスターですね。面会のご予約はあるでしょうか?」

「フェルが来たと伝えてほしい」

「フェル様ですね。紹介状はお持ちですか?」


 フェルさんは、コホンと一つ咳払いをすると、静かに受付の女性に片手を差し出した。


「し、失礼致しました! すぐに確認をしてまいります!」


 突然、受付のお姉さんが慌てたように席を立ちあがり、ふらふらとした足取りで奥へ行ってしまった。

 歩きながら、時折、壁や他の人たちにぶつかっている。フェルさんはいったい何をしたのだろう……?


 そして、お姉さんはすぐに戻ってきた。

 

「お待たせいたしました。ギルドマスターの執務室までご案内いたします」

 

 何か似たような記憶があるけれど、私たちはシシィさんの執務室まで通された。

 部屋の前に着くと、フェルさんが受付のお姉さんに優しく声を掛けた。


「ありがとう。もう大丈夫だよ。ここからは僕がやるので」

「は、はい! それでは、失礼いたします」


 受付のお姉さん、そう言うとふらふらとした足取りで去っていってしまった。

 そしてフェルさんは、一応ノックをしたものの、すぐにドアノブを回して部屋に入ってしまった。

 私とメグも、フェルさんの背中を慌てて追った。

 

「あのねぇ、フェル。もうちょっと礼儀ってものを覚えた方がいいんじゃないかしら」


 部屋の中にいたシシィさんが、呆れたようにため息をつきながらフェルさんに言った。

 

「ああ、ちょっと急いでいたのでね。それよりも相談があるんだ」

「ふ~ん? まあいいわ。それよりも、エリザちゃんにマーガレットちゃん、お店の開業おめでとう!」


 シシィさんはそう言って、私たちにパチンとウィンクを飛ばした。


「ありがとうございます」

「ありがとうございます!」

 

 シシィさんにソファへと案内され、私たちはおずおずと腰を下ろした。


「で、相談って何かしら? あなたたちの噂のポーションのこと?」

「え……? 知ってらしたんですか?」

「そりゃ、商業ギルドに努めてるんだから、噂の一つや二つ、知っているに決まっているじゃない」


 シシィさんが、逆に不思議だと言わんばかりの表情をしていた。


「あの、噂って具体的にどのような内容なのでしょうか? 私たち、詳しくは知らなくって……」

「ああ、『不味いけど、凄い回復力』だなんて噂が広まってるのよね。でも実際は、甘い普通のポーションなのはみんな知ってる。でも、その先の噂は知ってる?」

「その先の噂、ですか?」


 シシィさんはふふっと悪戯っぽい笑みを浮かべ、私たちに教えてくれた。


「噂の内容は『凄い回復するポーション』なんだけど、そんなものは無くて、実際は『甘い普通のポーション』。だけど、その中で時々、本当に『不味いけど、凄い回復力のポーション』が混ざってるって噂よ」

「……なんだか、最初の話に戻ってませんか?」

「だからこそ、面白い噂なんじゃないかしら? その情報を知ってしまうと、不思議とそのごく稀に存在する『本物』を手に入れたい、って思う子がたくさんいるみたいだし」


 う~ん……結局、みんな噂に振り回されてるだけなのだろうか。

 だけど、そんな間違った噂でポーションが売れているというのも、作った身としては複雑な気持ちだった。

 

「シシィさん、あの……さっきお客さんが言ってた『転売』って何でしょうか? ポーションを買おうと並んでいた人たちが、言い争いの中で言ってたんです」

「転売? ああ、買った品物を高値で別の人に売る行為のことよ。たしかに『不味いけど、凄い回復力のポーション』がもし存在すれば、それは転売の恰好の標的でしょうね」

 

 売るために買う? う~ん……私にはよく分からないけど、なんだか健全な商売のやり方じゃない気がする。

 私はただ、純粋にこのお薬が欲しい人に買ってもらって、少しでも喜んでほしいなぁ。


「転売対策なら、一度その『果物ポーション』の販売を休止して、『普通のポーション』を販売するのをお勧めするわ。そして転売が収束したら、再び果物ポーションを販売するの。噂なんて、すぐに廃れるものよ?」

「な、なるほど! 確かにそれは有効かもしれません。考えてみます!」


 せっかく一生懸命作った果物ポーションを販売できないのは、正直とても悔しい。

 だけど、こうなってしまった以上、他に良い手が思い浮かばないなら仕方がないのかもしれない。

 

 そういえば、普通のポーションって作ったことないな。一度、作ってみようかな?

 

「それで、フェル。どんな御用なのかしら?」

「ああ、変な輩が『シュターテット商会』の外の待機列に並んでいてね。()()()()()()()()()()()()()()()と思うが、外に並んでいる大量の人間の整理となると、どうしたものかと思ってね」

「……なるほどね。で、あれば対抗措置としては簡単よ。護衛を雇ったらどうかしら?」


 護衛? なんだか急に大掛かりな話しになってきた気がする。

 でも、メグを危険な目にあわせるわけには絶対にいかない。

 

 一度、怖い目にもあってるし、できれば腕の立つ人が見張っていてくれると、とても心強い。


「ねぇメグ。私、護衛を雇いたいと思うんだけど、メグはどう思う?」

「あたし? う~ん、よく分かんないけど、それで楽になるなら良いかなって思うよ」

「そっか。じゃあ雇うってことで進めていいかな? 私、メグにもう絶対に危険な目にあって欲しくないから」


 私がそう言うと、メグの身体がピタリと止まった。メグは、じっと私の目を見つめている。

 そして、しばらくしてメグがゆっくりと口を開いた。


「エリザは良い子だよ、ほんとに。あたしゃ、涙が出ちゃうね」

「え、メグ、ちょっと……ほんとに泣いてるの? ほら、大丈夫?」


 メグが腕で涙を拭いている様子を見て、最初は冗談だと思っていたけれど、どうやら本当に涙ぐんでいたようだった。

 

 私にとって、メグこそが本当に良い子だ。


 メグの涙に、私の方こそ泣けてきた。


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