第14話 宣伝と誤解
あれから、私はせっせと果物ポーションを作り溜め、私とメグは商業ギルドに商会設立の申請をした。
そして本日、ついに『シュターテット商会』が晴れて開業の運びとなった。
「ててーーん! エリザ、がんばろうね!」
「うん! なんだかわくわくするね!」
お店の棚やショウウィンドウには色とりどりのポーションを並べ、お手製の看板『シュターテット商会』を誇らしげに掲げた。
……しかし、現実はとても厳しかった。
人通りがある通りとはいえ、誰一人お客さんは来ない。
そりゃそうか。考えてみれば当然かもしれない。
飲むお薬なんて、いきなり需要があるものでもないのだろう。必要に応じて買うのだから。
それに美味しい飲み物が欲しければ、普通にジュースを買った方が安いし美味しい。
自分のあまりにも甘い考えと商才の無さに、私は思わずに頬に一滴の涙がこぼれるのを感じた。
「お店ってさ、そんなもんだよー。あたしが店番やってるときだって、誰も来ない日なんてしょっちゅうだったし」
「そう、なんだ……お店を経営するのって、こんなにも難しいんだね」
ただお店に立っているだけでは、そわそわして、居ても立ってもいられない。
誰もお客さんが来なくて、このままおばあちゃんになっちゃったらどうしよう。
「ねえメグ。何かできることってないかな? 立ってるだけじゃ落ち着かなくて」
「ん~? まあ、人の居る所へ宣伝しに行くとかかなぁ?」
「宣伝? そうか……宣伝か!」
そしては私は店番をメグに任せて、三本の果物ポーションを手に広場へと向かった。
果物ポーションは、赤と水色と紫色の三色にした。
広場に着くと、たくさんの人が行き交い、活気に満ちていた。
屋台も並び、噴水前の椅子には座って休憩している人もいる。
これだけたくさんの人がいれば、きっと良い宣伝になるに違いない。
私は意を決して、声を出して宣伝することにした。
「果物ポーションいりませんか~? 美味しいポーションはいかがですか~?」
……見向きもされない。
時折、ちらっと私の方を見る人はいるけれど、すぐに視線を外してしまう。
いや、これでは駄目だ。もっとちゃんと売る努力をしないと!
「ポーションいりませんか! 美味しいポーションはいかがですか!」
声を張り上げ、遠くの人にも聞こえるようにする。
だが、やはり足を止める人はいない。
今頃、もしかしたらお店の――メグの方にお客さんは来てたりするだろうか。
もう引き返してもよいだろうか。
……いや、そんな弱気な事を考えてはだめだ。
私は声が枯れるほど、大きな声を出し宣伝を続けた。
だけど……
「……やっぱり、だめかぁ」
誰にも見向きもされないのは、とても心が折れる。
だけど、どうしても売りたい。
頑張って作ったポーションに、頑張って作ったお店なのだ。
……いや、お店は貰いものだけど。
しかし、もっと効果のある宣伝方法はないものだろうか。
そんな事を考えながら、噴水の前の椅子で休憩していると、一人の男性が声を掛けてきた。
「なぁ、あんた。ポーション売ってるんだよな?」
ついに、お客さん!? 私は反射的に立ち上がった。
「はい! 苦みを抑えた、甘くて美味しいポーションを売っています!」
「まぁ、味はどうでもいいんだけど、さっき街の入り口で怪我をした冒険者たちがいてな。もしかしたら、あいつらならポーションが必要なんじゃないか?」
怪我人? 怪我をした人にポーションってどのくらい役に立つんだろうか? 学院長が、ポーションでは劇的な回復はしないって言ってたけど。
それでも、怪我で困っている人に、私が作ったポーションを役立ててもらえるなら、それはそれで嬉しいことだ。
「ありがとうございます! すぐに行ってみますね!」
私は男性にお礼を伝え、街の入り口を駆けだした。すると、すぐに人だかりが見えた。
人だかりから、何やら大きな声が聞こえてくる。
「ボス! おい! しっかりしてくれ!」
見ると、三人の男性がいて、皆怪我をしていた。
そのうちの一人の男性が地面に倒れている。
お腹の辺りには大きな切り傷があり、そこから大量に出血していた。
布で止血をしているようだったけど、すぐに血に染まっていく。誰が見ても分かる。……重傷だ。
正直、私が作ったポーションではどうにもならないと思う。
あんなに怪我で困っている人たちに、役に立たないポーションを売りつける勇気も、そんな傲慢さも、私には無い。
申し訳なさを覚えつつ、私は静かにその場を去ろうとした、その時。
「なぁ、あんた! それ、ポーションだよな!?」
背後から、大きな声で呼び止められた。
振り向くと、先ほどの三人のうちの一人が、焦った顔で私に声を掛けたのだ。
「それを譲ってくれないか!?」
「え、えと……その……」
「なぁ、頼む! 今、手持ちのポーションを切らしてるんだ!」
周りの人たちも、私の方を見ている。『なんで売ってやらないんだ?』という、責めるような目線に私は動揺した。
いやでも、これを飲んだ所で、そんな怪我が治るわけがない。
でも、もしこれで譲らなかったら、私は怪我人を見捨てた悪人の様にも思われてしまう。
「あの……お譲りするのは構わないのですが……そんなに役に立たないと思いますけど……」
「ああ、分かってる。だけど、今はもうどうしようもないんだ。頼む!」
「じゃあ、あの、どうぞ……」
私はおずおずと、震える手で三本のポーションを差し出した。
冒険者の一人が受け取ると、そのうちの一本のポーションを倒れている重傷の人の口に急いで流し込んでいた。
息も絶え絶えで、なんとか飲めているようだけど、果たしてどのくらいの効果があるのだろうか。
そして、残り二本のポーションは、二人の怪我をした人たちがそれぞれ飲んでいた。
「……なんだこれ? 甘いな。ポーションなのか?」
「はい。果物で甘味を付けたポーションになります。……効果は普通のポーションと変わらないと思いますが」
二人も充分に傷だらけだ。だけど、やはりポーションによって回復している素振りは全然無い。
その時だった。
「うっ! ゲホゲホっ! なんだこれ!? めちゃくちゃまずいな!!」
倒れていた、一番重傷だった男性がいきなり大声を上げた。
「おい! 大丈夫か!? ……って、お前、それ、どうしたんだ……?」
「ん……? なんだ、これは……」
一番重傷だった人が、むくりと上半身を起こし、自分の身体を凝視していた。
血だらけの服をめくると、先ほどまであったはずの大きな傷口が、どこにも見当たらずキレイさっぱりと無くなっていた。
三人の冒険者、それを囲んで見ていた人たち、そして私。
このあまりにも非現実的な状況に、その場にいる全員が静寂に包みこまれた。
そして、突然、爆発的な歓声が上がった。
「すごいな姉ちゃん!」
「なんだ!? 奇跡でも起こしたのか!?」
「お前ら、このお嬢ちゃんに感謝しないとな!」
いきなり私の肩をバシバシと叩くおじさん。
頭をグシグシと撫でてくるお兄さん。
私の手を握ってきて、涙ぐむおばちゃん。
何が起こったのか全く理解できず、私はただおたおたするばかりだった。
いや、ありえない。これはもしかして……
シシィさんが何か仕組んだのでは? なんとなく、シシィさんならやりかねない、とふと思った。
きょろきょろと周りを見渡すが、シシィさんの姿は見当たらない。
すると、三人の冒険者の人たちが声を掛けてきた。
「お嬢ちゃん、本当に助かったよ。とんでもないポーションだな!」
「あれ? でも俺らの傷は治ってねえな?」
「ボスが治ったんだから、いいじゃねえか!」
凄く喜んでくれている冒険者さんたちに、私は何て返答すればいいのか分からないくらい混乱していた。
「いや、あの……あはは……あの、その……失礼します!」
いたたまれなくなって、私はその場から逃げ出してしまった。
だって、どう見ても私のポーションの恩恵ではないのだ。
それをさも、私が治しました。なんて厚かましい顔は、私には到底できなかった。
◇◇◆◇◇◇
「はぁはぁはぁ……」
「あれ? エリザ、おかえり~。宣伝はどうだった? お店にはお客さん、だれも来てないよー」
つい、お店まで走って帰ってきてしまった。
「あ……お代、もらってなかった……」
三本のポーション。値段としては三万。
なんてことだ……私は宣伝や販売さえ、まともにできないのか。
……いや、だめだ。こんなことで、くよくよなんてしていられない。
これも練習と思って、また気持ちを切り替えて頑張らないと。
「エリザ、どうしたの? 顔色悪いよ。大丈夫?」
「う、うん。走って帰ってきたから、ちょっと疲れちゃったみたい。少し休憩するね」
そうして、私はカウンターにある椅子に座った。
メグも隣の椅子に座り、二人でぼーっと店の扉の方を見ていた。
お店のガラス越しに、通りを歩いている人が見える。
時折、ちらりと店のショウウィンドウに並んだ色とりどりのポーションを見る人はいるけど、足を止めたりはしない。
だけど、ついに店の扉を開いて、入店するお客さんが来た。
そのお客さんは……なんと、さっきの三人の冒険者たちだった。
「よう! お嬢ちゃん、さっきは本当にありがとよ。店を探すのに苦労したぜ」
「あっ……い、いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませ!」
全く予想していなかった来客だった。
本来であれば嬉しいはずの初来店のお客さんだけど、さきほどの混乱が再び私の頭の中を支配する。
「さっきの代金を払ってなかったからな。いくらだい?」
「えと、一本一万になります……」
「そんなもんなのか? 随分と安いな。じゃあ三つで三万だな。あと、ここのポーションをさらに三本欲しい。全部で六万でいいかな?」
「は、はい! ありがとうございます」
ついにポーションが売れた。
だけど、その前にちゃんと説明しないと。
「あ、あの、さきほどのポーションの効果なんですけど、あれはポーションの効果じゃないと思います。だから、その、ここのポーション、そんなに凄いものではないんですけど……」
私の必死な説明に、冒険者たちはキョトンとした顔で聞いていた。
「あっはっは! そりゃ、俺たちだって分かってるさ! ポーションにあんな効果は無い、だけど回復はした。俺の普段の行ないが良いのか、それともお嬢ちゃんが幸運の女神だったのか、どちらか分からんが命は助かったんだ。どちらにせよ、礼くらいはさせてほしい」
それを聞いて、私は少し安心した。
ポーションを買ったのに、全然回復しないじゃないか!なんて言われた日には、どうしていいのか分からないし。
「しかし、こんな所にポーション屋があったなんてな」
「あの、今日開業したばかりなんです」
「そうなのか、じゃあ仲間にも宣伝しておくよ。とんでもないすげぇ店があって、かわいいお嬢ちゃん二人が経営してる、ってな」
「あ、あの……はは……」
冒険者たちは、そう言い残して店を後にした。
私はなんだか、どっと疲れた。
そして昼頃、お昼ご飯のため、看板を一度片付け、ドアに鍵をしてカーテンを閉めた。
先ほどポーションが売れたお金で、メグが屋台のご飯を買ってきてくれたので、それをメグと一緒に食べていた。
「エリザ、さっきのお客さん。なにがあったの?」
「うんとね……」
私は、街の入り口であった出来事をメグに説明した。
怪我をした冒険者たち。私が持っていたポーション。そして、信じられないことに重傷が治った人。お代も貰わずに逃げるように帰ってきた私……
「あー、なるほどね。でもさ、ポーションで治ったんじゃなくても、結果的に治ったんだから、それで良くない?」
「そういうもんかな?」
「そういうもんだよ」
メグが屈託のない笑顔でそう言ってくれると、理屈抜きに納得できた。メグの言葉は、なんだか私の心を安心させてくれる。
お昼ご飯を食べた後に、私の心も落ち着いたところで、お店の再開の準備のため、店のカーテンを開けた。
……すると店の前に、わんさかと大勢のお客さんたちが並んでいた。
慌てて、メグと一緒に店の外に出て、並んでいる人に尋ねた。
「あの、みなさん、どうしたんですか?!」
並んでいる男性が、私の問いには応えずに言葉を返した。
「ここって、あの噂になってるポーション屋だよな?」
「噂……ですか?」
なんの噂だろう。やはり、あの街の入口で起こした一件のことだろうか。
「ああ。めちゃくちゃ不味いけど、とんでもなく回復するポーション屋、だろ?」
……いや、逆なんですけど。
ここは美味しいけど、そんなに回復しないポーション屋なんですけど……!




